最強の襲撃者
九人目、十人目、十一人目。残りの三人がやられているところは、もはや見届けることすらできなかった。
外套を脱ぎ捨て、壮年の分隊長は腰の剣を引き抜いた。
こんな形で、勇者と向き合うことになった騎士は、後にも先にも自分一人だけだろう。
ベテランの騎士は笑う。
不謹慎な話であることを自覚しながらも、そんな機会を得ることができた事実に、分厚い鎧の胸の内は、自然と高揚していた。
「手合わせ願いたい」
「……どうぞ」
その構えだけで最後の相手が手練れだと見抜いてもなお、勇者は鞘から剣を引き抜かなかった。
一撃、二撃。連続して、風を切る打ち込みが唸る。遂に勇者と騎士の打ち合いが成立し、同時にはじめて、勇者が守勢に回る。
騎士は前に出る。勇者は退がる。傍目にもどちらが押しているか、明らかな攻防。
いけるか?
壮年の騎士の脳裏に、そんな思考が掠めた時点で、勝敗はもう決していた。
「コール」
「っ!?」
大きく開いて、一歩。
僅か一歩分で、剣の間合いから拳の間合いに距離を詰めた勇者の手が、騎士の右腕を掴み取る。
「ベリオット・シセロ。『
魔法戦の鉄則は、相手に触れられないこと。
自分自身と触れたものに影響を与えるのが魔法である以上、魔法使いに接触を許してしまうことは、イコールで敗北に直結する。
現在の勇者に、魔法はない。
そう信じ込まされていた時点で、対峙した瞬間から騎士の敗北は確定していたのだ。
「すいません。あなたが一番強そうだったので、確実に嵌めるために使わせてもらいました」
勇者の姿が、かき消える。
騎士の視界に、花畑が広がっていく。
幻惑の類いであることは理解できた。理解できても、抜け出す術はない。
「しばらく、眠っていてください」
勇者のそんな言葉を最後に、騎士の意識は幻想の中に囚われた。
最後の一人の意識を奪ったのを確認して、おれは深く息を吐いた。
「ゆ、勇者さん?」
「はあぁぁぁぁ……」
ふと、我に返ったというべきか。
あるいは、いつも通りに戻ったというべきか。
おれは息を吐きながら、がっくりと膝をついた。
「や、やっちまった……いや、仕方ないとはいえ、や、やっちまった」
倒れ伏したままぴくりとも動かない騎士のみなさんを見回して、頭を抱える。
くそ……どうしてこんなことに。
「ゆ、勇者さま。わたくしを助けるために、そこまで……! わたくし、わたくし……感動いたしましたっ!」
決まっている。あきらかにこの女のせいである。
「黙れ殺すぞ」
目をうるうると潤ませながら感動を伝える死霊術師さんに対して、おれは低い声で答えた。
びくっと。赤髪ちゃんの肩が怯えたように震える。
いかんいかん。赤髪ちゃんを怖がらせてはいけない。
「ですが、勇者さま。わたくし、本当に大人しく捕まるつもりでしたのに……」
「……それはだめだよ。秘書さんの言動、明らかにおかしいでしょ。これは最初から、死霊術師さんを嵌めるための動きだ」
だから、一度連れて行かれたら終わりだ、と。そう判断した。
「それは、勇者さまの勘ですか?」
「うん。勘」
「そうですか。ならばここは大人しく、その勘に従って守っていただくことにしましょう」
悠々とそんなことを言う死霊術師さんの頭を軽くしばきたかったが、それは後で良い。
おれは、部屋の奥にぽつんと佇んでいる秘書さんに目を向ける。
ぱちぱちぱち、と。
無感動な、乾いた拍手の音が鳴った。
「さすがは勇者様です。現役の騎士たちを相手に、これだけの多勢に無勢だったというのに、一瞬で制圧されてしまうとは。感服いたしました」
「白々しい褒め言葉は結構です」
疑問があった。
とても根本的な、一つの疑問が。
「秘書さん。どうして、おれがいるタイミングで死霊術師さんの確保を強行したんですか?」
「……質問の意図が、分かりかねます」
「じゃあ、聞き方を変えましょうか。死霊術師さんと一緒に、おれを巻き込むのがあなたの目的ですか?」
死霊術師さんを捕まえるだけなら、おれという厄介な存在がいないタイミングで仕掛けた方がいいに決まっている。その方が、圧倒的に楽だからだ。
形の良い唇が、三日月に歪む。
「そこまで、大層な理由はありませんよ。ですが、そうですね。強いて言うなら……」
一個分隊、十二人のフル装備の騎士たち。
彼らを打ち倒して、油断していなかったといえば、嘘になる。
切り裂かれ、真っ二つに割れる扉を見て、おれは己の迂闊さを呪った。
「勇者がいてもいなくても、最初からこちらには関係ないからです」
そう。おれたちが今、敵に回しているのは『第三騎士団』だ。
切り裂いた扉を蹴り上げて。
見知った顔が、現れる。
おれも、死霊術師さんも、赤髪ちゃんも。全員が、よく知る人物。
「あらあらあら……じゃなくて、おいおいおいおい。これはこれは。また、派手にやってくれちゃったねえ、後輩くん。まさかまさか、女を庇って騎士団相手に大立ち回りとは、ね」
騎士団長の地位を示すマントを揺らして。
軽装の鎧の音を、かちゃりかちゃりと鳴らしながら。
「公務執行妨害で、逮捕しちゃうぞ?」
先輩は、笑っていた。
しかし、片方だけのその目は、ちっとも笑っていなかった。
「死霊術師さん」
「はい」
「悪いんだけどさ」
「はい」
「守りきれないかもしれないわ」
冷や汗を流しながら、おれは極めて情けない自己申告を、死霊術師さんに向けて告げた。
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