世界を救った死霊術師の死
「大好きなんですね。死霊術師さんのことが」
世界を救った勇者に、そう言われて。
ギルデンスターン運送社長秘書、ルナローゼ・グランツは薄く微笑んだ。
「はい。心よりお慕い申し上げております」
ルナローゼは、照れることなく即答する。
思っていた反応とは少し違っていたようで、青年の顔がうっすらと赤くなった。わかりやすくて、笑ってしまいそうになる。
良い男だな、と思う。自分の上司が、惚れているのも納得だ。
リリアミラ・ギルデンスターンは、その根っこから商売人であるが故にコミュニケーション能力が高く、人当たりも良い。が、その実、本当の意味で心を許している人間は少ない。自分を含めて、そういう関係を築いている人間は数人しかいないだろう。
その数少ない一人が、彼のような青年であることを、ルナローゼは嬉しく感じていた。
「世界を救った勇者様も、そういうお顔をされるんですね。なんだか少し、安心しました」
「……まいったな」
苦笑いする青年のその反応は、やはり人の良さが隠しきれていなかった。
「勇者さん! お待たせしました!」
「お。赤髪ちゃん、終わった?」
「はい! たくさん撮ってもらっちゃいました!」
勇者と話し込んでいる内に、どうやら撮影も済んだらしい。
モデルである赤髪の少女に引っ付いては嫌がられているリリアミラに、ルナローゼは語りかける。
「撮影は済んだようですね。社長も、ご満足いただけましたか?」
「ええ、ええ! とっても良い写真が撮れました! この写真が紙面を彩るのが今から楽しみですわ〜!」
「それはなによりです」
勇者との語らいは、ルナローゼにとっても楽しい時間だった。
だからこそ、本当に心の底から、残念に思う。
「では、社長。これで、あなたのこの会社での業務は、完全に終了となります」
こんな形で、仲間を貶める場面に、彼を立ち会わせてしまうことに。
「……何を言っているのですか?」
「そのままの意味です」
パチン、と。
ルナローゼは、指を鳴らした。
それが合図だった。撮影会場の雰囲気に似つかわしくない、武装した騎士の一団が扉を蹴破って踏み込んでくる。
さすがに、勇者の反応は素早かった。リリアミラと、赤髪の少女を庇うようにして、一瞬で前に立つ。荒事に慣れきった人間特有の、思考よりも反射に先立つ行動。
対象的に、騎士たちに囲まれる形になったルナローゼに、勇者は一転して厳しい視線を向けた。
「……どういうことです。秘書さん」
「申し訳ありません、勇者様。本当に……あなたを巻き込みたくはなかったのですが、こればかりはタイミングが悪かった、と。そう言う他にありません」
リリアミラが、勇者の背後から一歩、前に出てその隣に並ぶ。
「冗談には見えませんね? ローゼ。随分物々しいお客さまを招いているようですが。説明はあるのですか?」
「どういうことも何も……ご覧の通りです、社長」
愛称を呼んで問いかけたリリアミラに対して、ルナローゼはあくまでも淡々と、言葉を紡ぐ。
「本日を以て、我が社における貴方の権限は、すべて剥奪されました。貴方には、我が社の資産であるドラゴンと貨物船の私的利用。そして、なによりも悪魔と取り引きを行った容疑が掛かっています」
「……わたくしに、弓を引くつもりですか? ローゼ」
弓を引く。
反抗、謀反、裏切り。
どんな表現でも構わないが、よりにもやって魔王を裏切った経験のある元四天王にそんな言葉を投げかけられて、ルナローゼは鼻で笑った。
「社長。あなたの目的は……死ぬことでしたね?」
愛とは、共に生きること。
生命の営みを、共にすること。
だが、リリアミラ・ギルデンスターンは、己の愛の在り方を、生命を奪うものとして定義している。
殺すことが、愛なのであれば。
恨み、憎しみ、憑き殺す……そんな復讐もまた、愛の形の一つであるはずだ。
祖父の会社を潰して己のものとした女に復讐できるこの日を、ルナローゼは待っていた。
眼鏡を外して、握り潰す。
レンズ越しにではなく、直接己の瞳で、その美貌を、ルナローゼは目に焼き付ける。
「ずっとずっと……ずっと、あなたを殺したかった。私の望みが、今日ようやく叶います」
世界最悪の死霊術師は、決して死ぬことはない。
世界を救った勇者であっても、命を奪うことは遂に叶わなかった。
けれど、死の定義とは、決して一つではない。
心臓を止めなくても、頭を潰さなくても、腹に穴を空けずとも。
時に人は、血の一滴すら流すことなく、人を殺すことができる。
ルナローゼ・グランツは、リリアミラ・ギルデンスターンに向けて、告げる。
「この私が、あなたを殺して差し上げます。この社会から、居場所を奪うという形で、ね」
──この日、世界を救った死霊術師は、死んだ。
平和になった世界で築き上げてきた立場を、すべて失うという形で。
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