勇者と死霊術師さんの秘書さん

「ところで、勇者様はどうして社長のことをお好きになったのですか?」

「ごふっ……!?」


 壁際に陣取り、出されたコーヒーを啜りながら撮影を眺めていたおれは、秘書子さんから投げかけられたそんな一言に咽て、思わず飲んでいたものを吐き出しそうになった。

 あくまでもクールな表情のまま、秘書子さんはシワひとつないハンカチを渡してくる。


「失礼しました。質問が少々唐突に過ぎたようです。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 渡された気遣いに甘えて口元を拭きながら、おれは気を取り直して問い返した。


「でも、どうしてそんなことを?」

「純粋な興味です」

「純粋な興味ですか……」

「はい。私は社長から勇者様とのご関係について、大まかにその顛末を聞き及んでおります。そして、その内容には、一般に明かされていない事実も含まれています」


 大まかな顛末、と秘書子さんは言った。


「えーっと。それはつまり……洗脳云々が嘘だったこととかも含めて?」

「はい。我が社の馬鹿社長が、極めて正気のまま魔王の下で、本気で世界を滅ぼそうとしていたことも、もちろん存じ上げております」


 本当にすごいところまで存じあげられている! 

 しかもさらっと馬鹿社長とか言ってる! 多分事実だけど! 

 しかしある意味、秘書子さんは死霊術師さんにすごく信頼されているんだなぁ、と。おれは少し感心した。


「だからこそ、疑問なのです。勇者様と社長は、明確な敵と敵。いわば、不倶戴天の仇同士だったわけでしょう? それが現在の関係に至り、仲間になったということは、よほどの好意に繋がるきっかけがあったのではありませんか?」

「好意のきっかけ、ですか……」


 難しい質問だった。

 白ワンピに着替えて撮影を続けている赤髪ちゃんのスカートの中を覗こうとして、頭を思い切り蹴り飛ばされている死霊術師さんを見る。なにやってんだあの人。

 おれは腕を組み、頭の中で言葉を選んだ。


「たしかに……敵だった頃の死霊術師さんとは、色々ありましたよ。殺し殺されの関係だったし、互いに捕まえたり捕まったりもしたし……」


 言いながら昔のことを思い返し、考える。

 秘書子さんの言う通り、死霊術師さんはおれの敵だった。しかも、どいつもこいつも化物揃いだった四天王の中で、最も厄介な仇だった。

 何度も戦った。

 何度も殺した。

 けれど、何度でも蘇って、立ちはだかってきた。

 それがどうして、味方になったのかといえば。



 ◆



「お前さえ、殺せれば……お前さえ、おれの味方だったら、みんなは、死なずに済んだのに……!」

「味方になって、差し上げましょうか?」 

「条件は、何だ?」

「簡単ですわ。いつか、わたくしを殺してください」





「……おれが、その約束を守れば──」





《b》「──お前の魔法で、二人を……生き返らせてくれるのか?」《/b》

《b》「──ええ。必ず」《/b》



 ◆



「アレですね。一言で言ってしまえば、利害の一致ってやつです」


 ざっくばらんに言い切った。

 秘書子さんのメガネの奥の目が、きょとんと丸くなる。


「それはなんというか……思っていたよりも、ビジネスライクな理由ですね」

「その方が、らしいでしょう?」


 敵にしておくよりも、味方にした方が利があると判断した。

 なによりも、喉から手が出るほど魅力的な提案をされた。

 敵意が裏返るきっかけなんて、そんなものだ。


「しかし魔王軍の四天王を仲間にする、というのは……勇者様にとっても、随分とリスキーな決断だったのではありませんか?」

「おれは多分、をしていたんですよね」

「賭け、ですか」

「そう。賭けです。あの頃のおれは結局、最後まで死霊術師さんを殺すことができなかった。なので、殺す以外の方法で、無力化する必要がありました」

「その回答が、仲間にする……という選択だったと?」

「そうなりますね」


 おれは世界を救う過程で、世界を救うために必要な仲間を集めてきた。

 騎士ちゃんと出会い、賢者ちゃんを助け、聖職者さんに助力を乞い、師匠に修行をつけられ、そして最後に、死霊術師さんを仲間にして、魔王を倒すことができた。

 死霊術師さんの存在が、間違いなく世界を救うための最後のピースだった。


「裏切られるとは、思わなかったのですか?」

「思いましたよ」


 ていうか、事実ついこの間、裏切られたばっかりだしなぁ……。もちろん、秘書子さんは知らないだろうけど。

 まあ、あれは半分くらいおれも悪いので言いっこなしなのだけれど。


「だから、本当に賭けだったんですよ。死霊術師さんが裏切ったら、世界は救えない。裏切らずに、最後までついてきてくれれば、世界を救える」

「そして、勇者様はその賭けに見事に勝った……失礼かもしれませんが、お会いする前と随分印象が変わりました。勇者様は、なかなかのギャンブラーだったようですね」

「人生を賭けた大博打くらい打たないと、世界は救えませんからね」


 言いながら肩を竦めてみせると、秘書子さんはくすりと笑った。こちらこそ、秘書子さんの印象が最初から変わった、初対面のイメージよりも、話してみるとそれなりに笑顔を見せてくれる人らしい。

 少し仲良くなってきたところで、今度はこちらから口を開く。


「おれの方からも、質問してもいいですか?」

「もちろんです。私にお答えできることであれば」

「じゃあ、せっかくなので聞きたいんですけど。秘書さんは、どうして死霊術師さんの仕事を手伝うことになったんですか?」

「ああ……社長からお聞きになっていないのですね。実は、私の祖父も運送会社を経営していたのです」

「秘書さんのおじいさんが?」

「はい。もっとも、今のこの会社とは比較にならない、馬車が数台しかないような小さな会社でしたが……」


 小さく補足して、秘書子さんは言葉を続ける。


「祖父が亡くなって潰れてしまった会社の設備や人員を引き取り、立て直してくださったのが、社長なのです。同時に、社名を改めながらも、前社長の孫娘だった私のことを、秘書としてひろってくださいました。今はこうして、社長のお側で様々な経験を積ませていただいております」

「へえ……そんな事情があったんですね」


 意外と知らない情報がぽんぽんと出てきて、おれは唸った。

 なんだか知らない内に、いつの間にかデカい会社の社長の椅子に収まっていたので、疑問に思う機会すらなかったが……こうして経緯を聞いてみると納得できる。本当に何もない状態で一から会社を起こすよりも、元になった会社があった方がたしかに自然だ。

 もしかしたら死霊術師さんは、秘書子さんのおじいさんから、運送関連の仕事について学んでいたのかもしれない。


「社長には、とても感謝しております。いつか必ず、この恩義を返したいと思っています」


 少し遠くを見ながらそう語る秘書子さんを、思わずからかいたくなって。

 おれは、ちょっとだけ意地悪な聞き方をしてみた。


「大好きなんですね。死霊術師さんのことが」

「はい。心よりお慕い申し上げております」

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