勇者と赤髪ちゃんの楽しい写真撮影
軽い観光の後、本来の目的を果たすために死霊術師さんの会社の撮影スタジオにやってきた。
「勇者さま。彼女は、わたくしが会社を起ち上げた時からサポートをしてくれている、秘書ですわ。とてもよく気が利くので、一部の業務も委ねております」
「はじめまして、勇者様。お会いできて光栄です」
「どうもどうも」
死霊術師さんに紹介してもらった秘書さんは、メガネをかけた如何にも理知的な女性といった外見の人だった。黒髪のショートカットがよく似合っている。
たしかに、見るからにしっかりしているし、仕事も早そうだ。
「社長から、お噂は兼ね兼ね伺っております」
「いやぁ、照れますね」
「なんでも、社長を殺すのが目標だとか」
「ちょっと死霊術師さん?」
「おほほ……」
問い詰めるようなおれの視線に、死霊術師さんはさっと目を逸らした。会社を起ち上げた時から、と言っていたので、死霊術師さんと秘書さんはそこそこ長い付き合いになるのだろう。どうやら、おれたちの関係についても、それなりに深い部分まで把握しているらしい。
それにしても、初対面でわりとデリケートな部分にまで踏み込んでくるあたり、この秘書さん、なかなか良い性格をしている。
「応援しております。何分、社長は殺しても死なない方ですので、かなり骨が折れると思いますが」
「あはは……」
「あらあら。それではまるで、わたくしが死ぬのを望んでいるようではありませんか。なんだか、悲しくなってしまいますわね……」
「はい。正直、一ヶ月も業務を放り出した上に、輸送船一隻とドラゴン一頭を潰して帰ってきた時は、私が殺してやろうと思いました」
「お、おほほ……」
問い詰めるような秘書さんの視線に、死霊術師さんはさらにささっと目を逸らした。全て事実なので、弁解のしようもないのだろう。どうやら、死霊術師さんがいない間も会社が上手く回っていたのは、この秘書さんのおかげらしい。
「いや、アレはなんというかその……緊急事態でしたし」
「突発的なトラブルに巻き込まれるのは致し方ないでしょう。社長には勇者さまのパーティーメンバーとして、世界を救った一員としてのお立場があることも理解できます。しかし、それが会社を放り出してもいい理由になりますか?」
「なりません。はい、すいません……」
しおしおと、死霊術師さんが小さくなる。
すごいな……いつもは師匠にお説教されても右から左に受け流して結局拳で吹っ飛ばされてる死霊術師さんが、ちゃんとお説教を聞くなんて……。この秘書さん、只者ではない気配を感じる。
五分ほどお説教が続いたところで、少し小さくなった死霊術師さんは次の人物の紹介に移ってくれた。
「ふぅ……気を取り直しまして、勇者さま。こちらが本日の撮影を担当する転写魔術士の方です」
「ヤダぁ〜! ナマのモノホンの勇者サマにお会いできるなんて、この仕事受けてよかったわぁ〜!」
「癖強いなおい」
死霊術師さんに紹介してもらった転写魔術士さんは、明らかにおれよりも背丈が高い色黒の大男だった。しかし口調はオネエだった。なんか前もこんなことがあった気がする。おれはオカマに縁があるのだろうか?
苦笑いしながら握手を交わしたおれは、しかしその手のひらの固さに、笑顔を取り下げた。普通の手ではない。これは、鍛え抜かれた身体の手だ。
「……失礼ですが、前のお仕事は何を?」
「あらァ……さすがは勇者サマ。手を握っただけで通じ合ってしまうモノね。ウフフ、昔はちょっとトクベツな偵察部隊にいたのよ。でもご覧の通り、アタシってばか弱い魔術士だったから、引退しちゃったってわけ」
「はっはっは。それだけ鍛えてるのに何を仰る」
転写魔術は写真の撮影以外にも、戦場における敵陣営の戦力配置の確認や、スパイ、諜報活動にも重用される。トクベツな偵察部隊、と言ってはいるが、このお兄さん……もとい、お姉さんがいたのは、十中八九王国お抱えの特殊部隊。ゴリゴリに魔術を『戦う道具』として使ってきた手練れに違いない。
「フフ、でも勘違いしないでね。今のアタシは愛の戦士……女性たちにお洒落という名の希望を届ける、美の伝道師よ」
「なるほど……」
「ところで勇者サマ」
「なんです?」
「アナタはアタシの手を握っただけで、アタシの身体の秘密を掴んだようだけど……アタシにもわかるわ。アナタのその、尋常ではない鍛え抜かれた肉体の美しさ! どう? アタシの前に、すべてを曝け出してみない? モチロン、恥ずかしいなら断ってくれても構わないけど」
「……ふっ」
わかりやすい挑発だ。乗る必要はない。
「舐めないでもらいたいな。おれの身体に……恥ずかしい場所は一つもない」
おれは服を脱いだ。
もちろん、上半身だけ。
オカマさんの目が、くわっと見開かれる。
「あぁ〜! 良いッ! 良いわッッ! これが……これこそが、世界を救ったカラダなのね! 社長! 本来の予定にはないけど、いいわよね!?」
「もちろんです。存分に撮ってください。撮りまくってください。それはもう舐めるように全身撮影してください」
「社長。鼻血出てます、鼻血」
鼻から血を流している死霊術師さんに、秘書さんが淡々とハンカチをあてる。しかし、死霊術師さんはとても楽しそうだった。普段自分はあれだけ全裸になっているくせに、おれの上裸には興奮するらしい。まったく、おかしな人だ。
というか、これはおれも写真を撮られる流れなのだろうか。上裸で。
「イイっ! イイわよ勇者ちゃ〜ん! 目線はこっちに頂戴! 可能ならポーズも少し変えてくれると、捗っちゃうわ〜!」
「仕方ないですね。サービスしときますよ」
「はぁー! 昂ぶる! 昂ぶるわーっ!」
「社長。如何でしょうか? この際、勇者様にも紙面を飾っていただくというのは。場合によっては別冊で写真集にしてしまっても良いかもしれません」
「それ採用ですわ」
うーん。おれの目の届く範囲で、おれの筋肉が売り物にされようとしている……。でもまぁ、お金貰えるならいいか。
そんなこんなで撮影しながら時間を潰している間に、赤髪ちゃんのメイクと着替えが完了したらしい。控えめなノックの音が響いた。
「えと……準備が終わったんですが、どうでしょうか?」
「んっ……がわいいっーっ!」
死霊術師さんが絶叫した。
それはもう、絶叫した。
「社長! しっかりしてくたさい! 社長!」
赤髪ちゃんのドレス姿を見て、元四天王第二位は絶叫しながら倒れ伏した。鼻からは、どくどくと赤い血が漏れ出している。このままだと、出血多量で死にそうだ。この人殺しても死なないけど。
息も絶え絶えに、死霊術師さんはなんとか体を起こしながら、しかし口だけは高速回転させて、捲し立てる。
「ご覧にっ……ご覧になりましたか!? 勇者さま!? ややあどけない幼さの残る魔王さまに、あえて大人の女性に寄せたアダルトでシックなコーディネートをする……これがその答えなのです!」
「ふん……たしかに悪くない」
「あ、ありがとうございます……」
おれたちの惜しみない称賛に、赤髪ちゃんが頬を赤らめながらひらりと裾を翻す。ツーサイドアップの形に丁寧に結われた赤髪が、その動きに合わせて左右に揺れた。
赤髪ちゃんのドレスは、胸元が大きく開いている、わりと攻めたデザインだった。その幼さとは対称的に……大きいなぁ、と感じることもある部分が、比較的目立つようなつくりになっている。差し色の赤も、また髪色によく合っていて、まるで最初から赤髪ちゃんのために仕立てたようである。
「で、でもなんというかこのドレス……デザインはすごく可愛くて好きなんですが……その、ちょっと透けてる部分が多いと言いますか、すーすーして、気になると言いますか……」
「んんっ……恥じらいは可愛さの最高のスパイスですわね……」
「ふん……わかる」
「今さらですけど勇者さんはなんで上半身裸なんですか?」
赤髪ちゃんのじっとりした視線が、おれの腹筋に突き刺さった。
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