勇者と死霊術師は解釈が違う

 思い返してみれば、勇者と死霊術師は、最初はそりが合わなかった。

 世界を救う者と、世界を滅ぼす者。敵同士だったのだから、当然と言えばそれまでだが、水と油のような関係であったことを否定はできない。


 昔の話である。


 殺意とは、熱だ。

 火花が散るような、鋭く弾ける眼光が、裸体に響いて心地良い。

 リリアミラ・ギルデンスターンは、勇者の少年にそう思った。


「はぁ、はぁ……ふーっ」


 武器を構え、息を整える少年の顔から、汗が滴り落ちる。

 あれを舐め取ってやったら、良い塩気がのっているのだろうか、などと。馬鹿な思考が、リリアミラの頭を過る。

 しかし、敵としての立場を忘れて、そのように労ってやりたくなる程度には、勇者を名乗る少年は、リリアミラをよく殺していた。


「……いやになるな、まったく」


 殺せない相手に対して、決して戦意を捨てず。殺意を保ったまま、少年は吐き捨てる。


「殺しても、殺せない……しかも噂通りときたか」

「あら、ご存知でしたの。そんなに見せてはいない、奥の手なのですが」

「おれに剣術と戦い方を叩き込んでくれたのは、騎士団長のグレアム・スターフォードだ。知ってるだろ?」

「……なるほど。ええ、ええ。よく覚えております。あの方も、わたくしのことをたくさん殺してくれたので。しかし、あの方の教え子だというのなら、納得よりも失望が上回ります」

「……なに?」


 はじめての勇者との遭遇。

 黒の魔法との、はじめての直接戦闘。

 それらに対する、リリアミラの率直な感想は。


「期待外れ、と言っているのですよ。坊や」


 単純な失望である。


「っ!」


 斬撃が、一閃。大型の戦斧が、撫でるようにリリアミラの首を刈り取る。

 しかしその瞬間、リリアミラの腹部に刻まれた、白い肌に映える炎熱系の暴走魔導陣が、起動。そして、起爆。

 勇者は、手近な板切れを魔法によって硬化させ、盾代わりにして爆風をなんとかやり過ごした。

 結果は変わらない。先ほどから、ずっとこの繰り返しだ。

 きっかり四秒で身体の再生を終えたリリアミラは、大きく欠伸を漏らして、少年に問い掛ける。


「何を狙っているのかは知りませんが……同じことを繰り返して飽きませんか?」

「……生憎、我慢強いのが自分の長所だと思ってるんでね」

「ああ。そこはたしかに、魔王さまもお褒めになっていましたよ。自分を少年が勇者として名を挙げはじめた、と。それはそれは嬉しそうに語っておられました」

「……お前らの主様にちゃんと覚えてもらっているとは、光栄だ」


 皮肉めいた物言いに、リリアミラは歯軋りする。

 勇者といっても、所詮はこの程度。光るものはあっても、四天王が圧倒されるような実力を備えているわけではない。自分を殺せない程度の存在でしかないのだ。

 にも関わらず、リリアミラの主である魔王は、一人で護衛も付けずに街に降り、正体を隠して勇者の少年と語らう機会を設けたという。そして、最後に正体を明かし、自分を殺しにくることを彼に約束させた。


 そう。のだ。


 ──そうすれば……あなたは、わたくしを殺してくださるのですか? 

 ──ええ、殺してあげるわ。


 勇者と魔王の関係は、奇しくもリリアミラと魔王の関係に、あまりにも似通っていた。

 だから嫉妬する。

 だから忌々しく思う。

 主にとってこの少年がそれほどまでに特別だということを、リリアミラは認めたくない。

 リリアミラと魔王だけのものだった、特別な関係に無遠慮に立ち入ってきた、無粋な男が許せない。


「……気に入らない物言いですわね」


 ぎりり、と。リリアミラは重ねて歯軋りをする。

 特別だったのに。それは、自分と主を繋ぐ、何よりも美しい、唯一無二の愛の形だったはずなのに。

 だから、リリアミラ・ギルデンスターンは、目の前の少年がきらいだった。


「お前らが、主のことをどう思ってるのかは知らないが……」

「あなた如きに、わたくしたちの主への忠誠心は図れないでしょうが」


 会話とは、互いの言葉を受け取り、投げ返す過程があって、はじめて成立するものだ。


「あの子は──」

「あの方は──」


 だからこそ、二人のやりとりは、そもそも会話の形を成しておらず、互いの主張を押し通すためのもので。


「なんてことない、普通の女の子だったよ」

「すべての常識を覆す、完璧な王です」


 一拍。沈黙があって。

 勇者と四天王は、いつでも相手を殺せる距離感を保ったまま、相手の顔をまじまじと見詰めた。


「あ?」

「は?」


 勇者は思った。

 死霊術師は思った。

 魔王という人物への感情。それについて、どこまでも平行線で対立する二人の思いは、しかしこの瞬間だけは、たしかに一致した。


 ────なんだコイツ。ぶっ殺してやる。

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