勇者と死霊術師・初戦闘
「お」
リリアミラを見て、呑気な声が漏れる。
想像よりも、遥かに若い。本当に、まだ年若い少年であった。
「うーん……? シャナ! シャナ!」
「はい」
少年の上から、さらに若い銀髪の少女たちが降りてくる。
そう。少女たち、である。
まったく同じ顔、同じ表情の少女たちが複数人。付き従うようにして、少年の後ろに立った。
「アレがそうか?」
「そうですね。聞き及んでいる外見の特徴や、背格好も一致します。ほぼ間違いないかと」
「そうか。わかった」
「いいんですか? アリアおねえちゃんとランジェさんを置いてきて。あとで怒られますよ?」
「うーん。でも、もう目標見つけちゃったからなぁ。仲間が揃ってないから待ってください、とか言える雰囲気でもないし」
リリアミラと相対した人間の反応は、大まかに二択だ。
泣き喚きながら、逃げ出すか。
泣き叫びながら、頭を垂れて命乞いをするか。
しかし、少年の反応はそのどちらでもなかった。
にっ、と。
口元を歪めて、心の底から、嬉しそうに。
これから喰らい尽くす獲物を見る瞳で、少年は獰猛に微笑んだ。
「魔王軍四天王、第二位……リリアミラ・ギルデンスターンだな?」
「無粋な坊やですわね。初対面の相手には自己紹介をしなくてはいけないと教わらなかったのですか?」
「そいつは失礼」
肩に背負うようにして持っていた戦斧を地面に突き刺し、指を真っ直ぐに突きつけて。
少年は、宣言する。
「勇者だ。あんたを殺しに来た」
対して、リリアミラは笑った。
その傲慢極まる宣言を、鼻で嗤う。
「おかわいいこと。よくもまぁ、できもしないことを自信満々に言えたものです」
「どうかな。やってみなくちゃわからない」
宣言を事実に変えるための、行動があった。
シャナ、と呼ばれた魔導師たちが、杖を構える。同時に、炎熱系の魔導陣が折り重なるように展開される。そして、少女の小さな手が魔導陣に触れた瞬間に、変化は起きた。
(触れて、魔導陣を増やした……?)
疑問に対する答えが提示される前に。
無数の炎の矢が、魔物と悪魔たちに向けて降り注ぐ。
大広間は一瞬で炎に呑まれ、悲鳴が響き渡る地獄絵図と化した。
「……あのさぁ、シャナ。前にも言ったでしょ。こういう時、火はやめなさいって。燃え広がったら、あとで面倒になる」
「いいですよ。私があとで消しますから」
「でもほら、燃えたら困るものがあったりするかもしれないし」
それに、と。
少年は言葉を繋げて、炎の熱さにのたうち回る魔物たちを見る。
「こういう攻撃は雑魚には効いても、親玉には効力が薄い」
立ち塞ぐ煙の中から、リリアミラ・ギルデンスターンは勇者の少年と、魔導師の少女を睨み据える。
リリアミラの胸元で輝く魔石が、薄い青色の障壁を展開し、周囲の炎を完全に断ち切っていた。
「……魔力障壁。流石は、四天王の幹部ですね」
「お褒めに預かり、光栄です。それにしても、舐められたものです。そんな低級の魔術で、わたくしに傷をつけられるとでも?」
低級の魔術、と言われて、フードに隠れた少女の顔があからさまに歪む。
しかし、少年の方は特にその指摘を否定するわけでもなく、また朗らかに笑った。
「いいや、思ってないよ」
リリアミラは、目を見張った。
少年が、片手で槍の切っ先をリリアミラに向ける。そして、隣に立つ少女の手が、長槍に触れる。
たったそれだけで、まるで幻想のように、数十本にも増えた長槍が、リリアミラの視界を埋め尽くした。
(……っ!? やはり増えている? ですが……)
いくら槍を増やしたところで、それを操る持ち主がいないのであれば、なんの意味もない。見かけだけなら大した手品だが、長槍は重力に引かれて地面に落ちるだけだ。
そんな四天王の慢心を、
「──
勇者は、たった一言で塗り替える。
「は?」
火炎で形作られた、実体のない矢ではない。希少な素材によって作られ、鍛え抜かれた名槍が、まるで使い捨ての矢のように、圧倒的な物理攻撃として、掃射される。
十数秒にも渡る、刃の刺突による蹂躙。
それらは寸分違わず、リリアミラ・ギルデンスターンの魔力障壁を砕き貫き、彼女の体を、周囲の魔物たちごと、細切れの肉片に変えた。
自らの破壊の痕を満足そうに眺めて、少年は呟く。
「さて、と……」
一秒。呻く魔物の頭を、少年は戦斧で粉々に砕いた。
「噂、本当だと思う?」
二秒。少女が、こてんと首を傾げた。
「さあ? どうでしょう」
三秒。槍の矢で穿たれた柱が倒壊し、天井が崩落した。
「まったく……生き返らせたばかりだというのに。一瞬で全滅だなんて。本当に、困ってしまいますわね」
そして、四秒。瓦礫の下から、一人の女が這い出て、笑った。
「コートも帽子も、アクセサリも。どれもお気に入りでしたのに。弁償はしてくださるのかしら?」
「……驚いたな。噂通りだ。本当に生き返るのか。まさか、素っ裸になるとは思わなかったけど」
「これは失礼いたしました。生きていないものは、戻せないのです。こんな姿を晒してしまって、お恥ずかしいですわ」
「べつに恥じる必要はないだろ。あんた、きれいだし」
「あら? お世辞ですか? 有り難く受け取ってはおきますが、重ねて申し訳ありません。まだ年端もいかない勇者殿には、些かばかり刺激が強かったかもしれませんわね」
己の裸体を腕で抱いて、リリアミラは蠱惑的に微笑んだ。
「問題ないさ」
再び両手に武器を構え直し。
裸体のリリアミラを、油断なく見詰めて。
その少年、否、その勇者は宣言する。
「むしろ、最初から裸で出てきてもらっても構わない。どんなに着飾ったところで……どうせズタズタにしてやるんだからな」
「そのわりにはあなた、鼻血出てますけど」
「え」
勇者は、否、その少年は間抜けな声を漏らし。
裸体のリリアミラから、さっと目を逸らして。
両手の武器を取り落として、自分の鼻先を拭った。
「……シャナ! シャナ!」
「…………なんです?」
「ハンカチある?」
「自分の袖で拭けばいいんじゃないですか?」
「シャナぁ!」
リリアミラは、沈黙する。
妙な間があった。
「……ふぅ」
ごしごし、と。
鼻血を拭って、微妙にリリアミラの裸体を直視しないように目線を調整しながら、少年は告げる。
「……おれはそんな誘惑には屈しない」
「いや、勝手に鼻血出したの、あなたですが……」
くすり、と。
リリアミラは、今までとは違う種類の笑みを浮かべた。
有り体に言ってしまえば、今まで毛ほども興味がなかった少年に、ほんの少しだけ興味が湧いてきた。
とはいえ、それは興味だ。籠の中に入れた虫を観察するような、純粋な興味。決して、好意ではない。
リリアミラの好意を独占しているのは、今はもう一人の少女だけだ。
あくまでも、敵として。
まだ年若い、いたいけな少年を見下ろして、リリアミラは告げる。
「少し、遊んで差し上げましょう」
「……ああ、望むところだ」
空気が、切り替わる。
呆れた目で少年を見ていた魔導師の少女が、全身を強張らせる。
それは、殺気だ。
絶対に殺せないはずの四天王を……絶対に殺してやるという、どす黒い意志の発露。
決して、劇的ではない。
決して、きらびやかではない。
「いくぞ、クソババア。ぶっ殺してやる」
「やれるものならやってみなさい。クソガキ」
勇者と死霊術師の出会いは、純粋な敵として。
血生臭い戦場から、はじまった
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