世界を救っても酒にはのまれる

「なんだこれは……」


 お手洗いから戻ってきたおれは、絶句した。

 扉を開けた瞬間に、言葉を失って静止した。

 本当に、お花を摘みに行っている間に何があったのかと問い質したくなる、ひどい有様だった。

 こちらに気づいた死霊術師さんが、ワインのグラスを置いて微笑む。


「あら、勇者さま。お帰りなさいませ」

「死霊術師さん。これは、一体」

「うふふ」

「うふふじゃねえんだよ」


 笑えば何でも誤魔化せると思っているのだろうか。顔が良いからといって調子にのらないでほしい。

 まず、テーブルが真っ二つに裂けていた。何を言っているかわからないと思うが、中央から真っ二つに裂けていた。本当になんで? と思うが、こんなことができる魔法の持ち主は一人しか思い当たらないので、不思議ではない。

 その魔法の持ち主である先輩は、半壊したテーブルに突っ伏してケツを突き出したままピクリとも動かない状態だった。懐かしい。最初に会った時も、壁にケツをめり込ませて、パンツが丸出しだったのを思い出す。相変わらずいいケツしてると思うけどあまりにもあんまりな有様過ぎてこれっぽちもエロさを感じない。


「もしかして、先輩に飲ませた?」

「誓って飲ませてはおりません。わたくし、お酒の楽しい飲み方は心得ているつもりです。飲酒の強要は飲みの席では御法度。決して許されるものではありませんから」

「つまり?」

「先輩さまが勝手にぐびぐびと飲んだだけです」


 止めてほしかったなぁ。

 それを、止めてほしかったなぁ。


「で、まずテーブルが割れまして。ほら、この方の魔法、切断とかそういう類のものでしょう? こうなってしまっては全身刃物のようなもので、こわくて近づけないではありませんか」


 厳密に言えば先輩の魔法は切断ではないのだが、その認識でおおよそ間違っていないし、危ないから触りたくないという死霊術師さんの意見も理解できる。


「でも死霊術師さん、切り刻まれても大丈夫じゃん」

「わたくしにこの方を止めるために切り刻まれろと?」


 そうだよ。


「いやまぁ。先輩が潰れてるのはまだわかるんだよ。ほんとお酒弱いし、歩くだけで転ぶ人だし」


 率直に言ってしまえば、先輩が飲んで潰れるところまでは、この合コンにおいて最初から想定内だ。

 そして、ウワバミの中のウワバミである死霊術師さんの心配は、最初からしていない。

 つまるところ、問題は残りの二人である。

 おれは床で猫のように丸くなっている賢者ちゃんと、かろうじて椅子に引っかかっている騎士ちゃんに目をやった。


「騎士ちゃんと賢者ちゃんも潰れてるのは、なんで?」

「話せば長くなるのですが」

「うん」

「お酒をお召しになった先輩さまが、騎士さまと賢者さまを煽りまくりまして」

「なにやってんの?」

「そのまま飲み比べがはじまり、こうなりました」

「止めなかったの?」

「良い酒の肴でした」

「止めなさいよ」


 だから死霊術師さんは、信用できないんだよ。おもしろいものがあったら、それは罠でも喜んで踏みに行く精神性してるもん。


「でも、騎士ちゃんがこんな簡単に潰れることある?」

「さすがは勇者さま。鋭いですわね。実はこちらに、騎士さまが苦手な度数の高いお酒がありまして。先輩さまと飲み比べの条件を対等にするために」

「わかった。もういい」


 どうやら騎士ちゃんも完全に自爆しているようだった。

 先輩に何かむかつくことでも言われたのだろうか? 

 誰から介抱していくか迷ったが、とりあえずおれは賢者ちゃんの肩に触れた。騎士ちゃんはともかく、賢者ちゃんが酒を入れて行動不能になっているのは少々まずい。酔って魔法を暴発させるだけで、大変なことになるからだ。

 軽く肩を揺すって、声をかける。


「おーい。賢者ちゃん」

「……ん」


 しばらく揺さぶって、ようやく賢者ちゃんが顔を上げた。

 いつもきりっとしている目が、とろんとしている。

 いつもむすっと引き結ばれている口も、半開きでぽわんとしている。

 要するに、いつもの賢者ちゃんなら絶対に拝めない表情がそこにあった。


「大丈夫? おれのことわかる?」

「……勇者さん」

「はいはい。勇者さんですよー。お水飲める?」

「んぅ……」


 返事をしながら、賢者ちゃんはまた床にぐでっとしなだれかかかる。水を飲んでほしいのだが、肝心の顔がこっちを向かない。


「おーい。賢者ちゃん?」

「……テーブルが、割れています」

「あ、うん。テーブルは割れてるけど」

「私に、まかせてください」


 あ、ヤバいと思った時には既に遅かった。

 次の瞬間、半分に割れたテーブルがそのままそっくりと。音もなく出現して、部屋の一角を押し潰した。


「ぐぁああああああ!?」


 どんがらがっしゃん、と。

 良い位置に立っていたメガネさんが、増えたテーブルの波に押し潰された。

 そして、メガネが砕ける音がした。

 くそっ……なんてこった、メガネさんのメガネが!


「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です! ちょっとテーブルが半分に割れてから増えてメガネが割れただけです!」

「それは本当に大丈夫なんですか!?」


 凄まじい物音に駆けつけてきたメイドさんに、問題ないことを伝える。

 まあ、普段から賢者ちゃんに踏まれているわけだし、テーブルの下敷きになった程度ではメガネさんも死なないだろう。

 おれは賢者ちゃんの頭を、ぺしぺしと叩いた。


「賢者ちゃん! テーブルは増やさなくていい! 増やさなくていいから!」

「……勇者さん。私、えらいですか?」

「えらいえらい。賢者ちゃんはえらいから、魔法使わなくても大丈夫だよ」

「そうですか」


 こてん、と。

 小柄で華奢な身体が、こちらにしなだれかかる。


「勇者さん」

「なに?」

「だいす──」


 どこか熱に浮かされた目で、賢者ちゃんがそれを言い切る前に、部屋の扉がまた勢いよく開け放たれた。


「はいはいはいはい!」

「失礼しますよ!」


 ぞろぞろと揃って入室してきた二人の賢者ちゃんだった。こちらは着飾ったドレス姿ではなく、いつものローブ姿である。

 賢者ちゃんと賢者ちゃんは、ドレス姿の己の醜態を見て深い溜息を完璧なタイミングで揃って吐き出し、それから己の腕と脚をそれぞれ分担して持った。

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