勇者は賢者ちゃんのいいところをたくさん言える

 鋭い賢者ちゃんの追求を避ける。


「次だ次! 次のゲーム行くぞ!」


 おればっかりがこんな思いをするのは納得いかない。

 再び札を集めて、引き直す。

 運が向いてきたのか、おれの手元に来たのは、数字が書かれていない赤い札だった。


「よし。王様はおれだ」

「いいじゃないか、親友。それで、どんな命令をするつもりだい?」

「悪いが、おれ以外にも恥ずかしい思いをしてもらう。四番さんがその場で三回まわってワンと鳴き、三番さんにお手だ」


 すくっと。メガネさんが立ち上がった。

 札が提示される。四番だった。

 右足を軸に、その場で滑らかに三回転する。ブレがない。見事な体幹だ。


「わん」


 鳴き声も堂に入っている。


「……」


 無言のまま、賢者ちゃんが三番の札を上げる。

 つかつかと歩み寄り、メガネさんは右手を胸の前に掲げ、賢者ちゃんにお手した。

 深い碧色の瞳が、呆れたようにこちらを見る。


「……まったく、本当に勇者さんはダメダメですね。普段やっていることをあらためて命令しても、おもしろくもなんともないでしょう」


 これ、おれが悪いのか? 

 普段からこんなことをやっている関係性の二人がピンポイントに当たりくじを引いてることに問題があるんじゃないのか? 


「賢者殿の言うとおりだ。勇者殿、少しはこのレクリエーションの本質について考えてから、お題を出していただきい。私は既に賢者殿の犬になってお手をしているのだから、そんな命令を再び出しても場が盛り下がるのは自明の理だろう?」


 賢者ちゃんだけでなく、メガネさんにまで溜め息を吐かれながらダメ出しをされる始末である。どうでもいいけど、ついさっきまで三回回ってワンと泣いてお手をしてた人間に本当に呆れたみたいな雰囲気でダメ出しされるの、すごく腹立つな……。


「お、今度はおれが王様のようだな」


 三回目。先生が少し嬉しそうに、引き当てた赤い札を見せびらかした。


「くだらない命令しないでくださいよ」

「当たり前だ。俺をなんだと思ってるんだ」

「ウキウキで生徒と王様ゲームやるおじさんだと思ってますよ」

「では命令を出そう。二番が六番の最も好きなところを言う、だ」


 キスしてくるヒゲのおじさんにしては、まともなお題が飛び出してきた。キスやワンコごっこに比べれば、特に恥ずかしい命令ではないはずだが、騎士ちゃんや賢者ちゃんは顔を見合わせて、少し顔を赤くしている。


「六番はおれですね」


 おれが札を出すと、してやったり、という風な顔で先生が笑った。

 まあ、たしかに。好きなところを相手にはっきりと口に出して言われる、というのは少し恥ずかしいかもしれない。


「二番はわたくしですわ〜!」


 しゅばっ!と。

 死霊術師さんが引き当てた数字をとても嬉しそうに提示した。


「ああっ……みなさんの前で、勇者さまの一番好きなところを、口に出して言うなんて……恥ずかしい……恥ずかしいですが、王様の命令は絶対なのでしょう? それなら、皆様にきちんとお伝えするしかありませんわね」


 うねうねと体をくねらせながら、死霊術師さんはおれに熱い視線を向けて言った。


「わたくしの、勇者さまの、一番好きなところは……わたくしを殺してくれそうなところです」


 言っちゃった……みたいな感じで、死霊術師さんが顔を両手で覆う。言ってることはこれっぽっちも可愛くなかったが、その動作だけは可愛かった。

 賢者ちゃんと騎士ちゃんが、文字通り死んだ顔で死霊術師さんを見る。

 先輩は爆笑している。

 先生は「お前ほんとになんでこの人仲間にしてんの?」みたいな顔でこちらを見ていた。

 うん。はい、次。次行こう、次。


「あ。やった。あたしが王様だ」


 四回目。次に赤い札を引き当てたのは、騎士ちゃんだった。ぐびぐびとビールを飲みながら、今日に限っては結っていない金髪が思案するように左右に揺れる。


「うーん……じゃあね、一番さんが五番さんの好きなところを言う!」

「それさっきと同じじゃない?」

「ただし百個!」


 多いよ。重いよ。

 さては騎士ちゃん、ちょっと酔ってきてるな? 

 普通、人の好きなところを百個言うなんて無理なんだよな。ていうか、一番またおれだし……


「五番は誰?」

「あ、私です……」


 賢者ちゃんか。

 それならまぁ、なんとかなるか……。


「やさしい。魔術が上手い。頭が良い。字がきれい。勉強熱心。周りをよく見てる。お花が好き。あと、水やりとかのお世話がマメ。自分の考えをはっきりと言える。できないことをできるようにするために努力を惜しまない。一度見たもの、聞いたことを滅多に忘れない。銀髪がきれい。鉛筆を最後まで使う。肌がきれい。子どもの面倒見がすごく良い。知らないことを積極的に知ろうとする。口は悪いけど思い遣りがある。自分の考えを相手が理解できるように言語化できる。ねことすぐ仲良くなれる。杖とかの道具をとても大切にしてる。めちゃくちゃ読書家なところ。わからないことを、わからないままにしない。口では文句を言うけど、なんだかんだ頼めばやってくれる。背伸びしてるところ。素直じゃないところ。常に先を読んで行動してくれるところ。ローブがよく似合う……」

「勇者さん、勇者さん……」


 慌てて立ち上がった賢者ちゃんに肩を掴まれて、止められた。

 なんだろう。まだ二十九個くらいしか言えてないんだけど。


「も、もういいです……」

「え? でも……」

「もう大丈夫です」

「あ、はい」


 下を向いているので顔色は見えなかったが、よくよく見ると、いつもはフードと髪に隠れている尖った耳が、薄い朱色に染まっていた。


「いいなぁ……王様の好きなところを百個言え、っていう命令にしておけばよかった」

「ははっ。気持ちはわかるけど、それはダメだよ」


 騎士ちゃんとバカイケメンも、ニコニコと顔を伏せる賢者ちゃんを見ていた。


「では、次だ」


 なんだかんだと、楽しく進行していくゲーム。

 ここで止めておけば……と。そんな後悔を胸に抱く羽目になることを、この時のおれはまだ知る由もなかった。

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