合コンを見守る女王と元魔王

 おもしろい舞台が目の前にあれば、最初から最後まで余すところなく観賞したい。それは、人間として当たり前の思考である。

 ましてや、数合わせとして決して暇ではない騎士団長たちに声をかけ、世界を救ったパーティーメンバーの一人一人を誘い、王城の一室を貸し出し、最高級の食事と酒を手配し、自らレクリエーションに使う小道具を作成した一国の女王が、合コンを余すところなく監視して楽しみたいと考えるのは、至極当然であった。


「くっくっく……ぶっふふ……あっははは!」


 予め、シャナに設置させた遠見の魔術。それによって水晶に映し出される王様ゲームの様子を眺めながら、ユリン・メルーナ・ランガスタは人目を憚らず大笑いしていた。


「今の見たか!? お兄ちゃんが、お兄ちゃんがスターフォードにキスされたぞ! 傑作だなぁ! これは!」


 ユリンが同意を求めたのは、傍らで遠見の魔術を維持しているもう一人のシャナ……

 テーブルを挟んでもぐもぐと食事をしている、赤髪の少女の方だった。


「不満そうだな。魔王ちゃん」

「……魔王ちゃんはやめてください。陛下さん」


 決して機嫌が良いとは言えない少女を宥めるように、ユリンは言う。

 勇者には内緒で、こっそりと。合コンの日取りに合わせて、ユリンは少女を王宮に呼び寄せていた。


「お兄ちゃんが合コンに繰り出して拗ねる気持ちはよくわかるが」

「べつに拗ねてません」

「しかしこういった催しを余が開いたのには、きちんとした理由があるのだ」

「べつに説明を求めてもいません」

「食事のクオリティに関しては、あちらと遜色ないものを用意させたぞ」

「はい! とってもおいしいです!」


 ご飯に、嘘は吐けない。

 食い気味に笑顔で返答してしまったことに、自分で恥ずかしくなったのか。少女はスプーンを咥えながら、恥ずかし気に視線を落とした。


「というか。そもそも陛下さんは、なぜわたしとお食事を? 陛下さんも、あちらの合コンに混ざればよかったのでは?」

「いや、余まだ未成年だし。お酒とか飲んだらダメだろ」

「なんでそこだけはしっかりしてるんですか!?」

「余、国家元首ぞ? 王が法律を守らんでどうする?」

「いや、それはそうなんですけど」

「それにほら。酒が入る場に未成年で素面の年下の人間がいても、みんな遠慮するだろう?」

「だからどうしてそういう配慮だけは完璧なんですか!?」


 渾身のツッコミを受け流しつつ、ユリンはひとしきり笑って溢れてきた涙を手で拭った。


「まあ、しかし。お前を仲間外れにしてしまったのは、正直悪いと思っておる。すまなかったな」

「べ、べつにそんなことは。ご飯もおいしいですし」

「ああ、うん。食事を満喫しておるのは、見ればわかる」


 すでにうず高く積み上げられている皿がその証明である。


「お兄ちゃんはお前にべったりだし、お前も勇者にべったりだろう? こうでもしないと、二人きりできちんとゆっくり話す機会が中々設けられないと思ってな」

「やはり、魔王のわたしが信じられないと。そういう話ですか?」


 やや警戒の色を強くした語調。しかしそれに対して、ユリンはあっけらかんと首を振った。


「いや全然」

「え」

「ただ、余がお前とデートしたかっただけ」

「でっ!?」


 休みなく食事のために動いていた手がぴたりと止まって、赤髪の少女の顔が赤くなる。

 ああ、いいなぁ。からかいがあるなぁ、とユリンは内心で黒く笑った。

 正直に言えば、勇者の少女への扱いに嫉妬がないわけでもなかったが。こうしてからかって反応を楽しんでみると、勇者お兄ちゃんが過保護に可愛がるのも頷けるというものだ。


「余は現女王。お前は元魔王。似通うものがある同士、二人きりでデートしてもなんの不思議もなかろう?」

「不思議しかないですけど」

「あと余はかわいい女子に目がなくてな」

「わたしの方が歳上なんですが!?」

「歳下に責められるのも悪くなかろう? 余はかわいいしな」

「自分で言わないでくれますか!?」


 事実としてユリンの顔はとても良いので、赤髪の少女はますます赤面して顔を背けた。


「そもそも、そういう問答は前回しただろう? なんだ? わざわざもう一回追求してほしいのか?」

「いえ、べつに追求してほしいわけではありませんが……」


 軽く鼻を鳴らして、ユリンは立ち上がった。


「余が話したいのはな。お前自身のことだ」

「わたし自身の?」

「それなりに前の話になるが、お兄ちゃんがお前をひろったあと、アリアのところに向かっただろう? 悪魔の襲撃やら何やらで有耶無耶になってしまっていたが、あの時、お兄ちゃんはお前の身辺調査を依頼していてな」


 まず最初に、魔術の心得があるシャナの元で体に異常がないか、徹底的に調べ上げ。

 そして次に、領主であるアリアの元で、戸籍などの調査を行う。

 記憶喪失で身元のわからない少女に対して、勇者の行動は無駄のないものだった。


「アリアから事情を聞いて、余の方でも働きかけてみた。結論から言ってしまえば、こんな名前の人間は、ステラシルド王国の中には存在しなかった」

「それは……そうでしょうね」


 赤髪の少女は頷いた。

 自分の名前は、ジェミニが適当に名付けたものだ。そもそも記憶喪失という自己申告が嘘だった以上、名前を元にした調査は、最初から意味のないものだったことになる。


「ただし。それは、生きている人間の話だ」

「え?」

「報告が遅れたのは、そのせいだ。余が知らせを受けたのも、つい数日前のことになる。過去の故人まで徹底的に漁らせた結果……お前とまったくが、見つかった」


 テーブルの上を、紙が滑る。

 薄い一枚の用紙に書かれたその情報に、赤い瞳が大きく見開いた。


「……これって」

「それを悪魔の気まぐれと捉えるか。あるいは、ただの偶然と取るかは自由だ。しかし、運命のいたずらとして片付けるには、やや出来すぎのように、余は思える」

「……このことを、勇者さんは?」


 遠見の魔術の維持に徹していたシャナが、ようやく口を開いた。


「まだ知りませんよ。知っているのは、私と陛下とあなただけです」

「うむ。お兄ちゃんは心配性だからな」


 それはある意味、二人の気遣いだった。


「……ありがとうございます」

「構わぬ。良い女は、秘密の一つや二つ、持っているものだ」


 疑問があった。

 少女はかつて、魔王と呼ばれる存在だった。

 魔王の残滓は、勇者の中に呪いとして宿っていて。だからこそ、魔王の意識は不完全に、現在の少女の形を取った。


 しかし……それは、心の話だ。


 少女は、悪魔の言葉を思い出す。

 目覚めた時に、言われた言葉を、思い出す。


 ──借り物の器に、不完全な中身。何もかも足りないけど、何もかも足りないなら、これから満たしていけばいい。


 借り物の器、と。

 ジェミニはそう言っていた。

 スプーンを握る手。食事を楽しむ舌。相手を見る瞳。

 それらを、当たり前のように少女は自分自身の肉体として認識してきたが。

 けれども自分は、、何も知らないのだ。


「一つ。考えられる可能性がある」


 腕を組み、ユリンは少女を真っ直ぐに見据えて、告げる。


「もしかしたら、お前の身体は……」


 だがそこで、若き女王はぴたりと言葉を止めて、水晶の中を凝視した。







「あ、ちょっとまて。ユリシーズがお兄ちゃん押し倒した」


 大事な話がすべて吹き飛んだ。

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