王様ゲームは終わらない
おれは、目前に迫るそれを、信じられない気持ちで見詰めていた。
呼吸が荒い。
胸が高鳴る。
唇が迫る。
あと、ヒゲ。
「うわぁあああああああああ!」
「おい、動くな。大人しくしろ」
一番が七番にキス。
それが、最初に王様になったバカイケメンの命令であった。
七番はおれ。一番は先生。
それが、現実であった。
死ぬ。死んでしまう。精神的に。
「来るなっ! 来るなぁ!?」
「暴れるな。安心しろ。すぐに終わる」
いかがわしいセリフを吐きながら、いかついおっさんの顔が近づいてくる。
いやだっ! いやだ!
おれは婚活に来たんだぞ!?
何が悲しくて、こんなヒゲ面のおっさんとキスしなきゃいけないんだ!
「すごい悲鳴だね勇者くん」
「こんなに絶叫する勇者さん、四天王の第三位に左腕をぶった切られた時以来ですね」
騎士ちゃんと賢者ちゃんがのほほんとそんなことを言う。完全に他人事である。
おれは必死で抵抗しながら、顔を近づけてくる先生に語りかけた。
「いいんですか先生!? おれは教え子ですよ!? 教え子に飲みの席でキスとかもう完全にアウトですよ! アウトだろ! 事案だ事案!」
「いいんじゃないか? 男同士だし」
「その開き直りをやめろ!」
「大体、こういう催しでトップバッターが恥ずかしがったら……ほら、場が盛り下がってしまうだろう?」
「いらないんだよそういうサービス精神は!」
そんなおれの絶叫すらも心地良い音楽だという風に、この状況の元凶であるバカイケメンが、ワインを掲げて微笑む。
「ふっ……王様の命令は絶対だよ。親友」
「てめえあとで覚えてろよ!」
同じように、ワインを掲げる死霊術師さんも微笑む。
「ふふっ……殿方同士で絡み合う、というのも中々」
おれを酒の肴にするな!
「へいへーい。キ〜ス、キ〜ス!」
先輩はジュース片手にもう酔っているのか、ガキみたいなコールをしながら手を叩いていた。あの残念美人、本当にこういう時は残念さが際立つ。
「大丈夫だ。やさしくするから」
「あーっ!」
魔力による筋力増加も入れて、わりとマジの本気で振り払おうとしているのだが、丸太のような先生の腕は、びくともしない。やはりこのヒゲ、基礎的なパワーがイカれている。もはやヒゲゴリラだ。
しかし、無抵抗なままではやられてしまう。こう、精神的に。
唇が頬に近付く。もう、振り解くのは絶対に間に合わない。かくなる上は……!
「コール……ベリオット・シセロ」
腕力がダメなら、頼れるのは魔法のみ。
おれは、極めて小さな小声で呟いた。
「
触れてさえいれば、どんな体勢、拘束状態からでも瞬時に発動できるのが魔法の優れた利点である。
まだ使いこなせている、とは言い難いが『
「ん? 今、何かしたか」
だめでした。
効いてない。全然効いてない。
昔もよくあることだった。貰い受けたばかりの魔法は、上手く扱えないことがあるのだ。特に魔法によってもたらされる効果が単純ではない場合……精神干渉などの複雑で繊細な変化を与える魔法……に、その傾向が強い。どうやら
おれ、こんなんじゃ、魔法を貰ったベリオットさんに顔向けできねえよ……。
くそっ……ならば、さらに、かくなる上は……!
「……ふぅ」
ぶちゅり。
頬に、口吻の感触があった。
騎士ちゃんと賢者ちゃんが「うわあ」という表情でこちらを見る。先輩は爆笑しながら手を叩いている。メガネさんは直視に耐えない、という様子で顔を背けていた。
しかし、周囲の反応とは対照的に、おれの精神にダメージはない。
おれは今、妙齢の美女に頬へキスをされたからだ。
「……なんか、もっと嫌がると思ったのに、最後はすんなり受け入れたな?」
「っ……はぁ、はぁ……」
魔法効果が切れて、不思議そうな先生の顔が間近に浮かぶ。
ぐわり、と視界が揺れる。
現実を認識して、全身からどっと汗が吹き出した。
「……? 勇者さん、今なんか魔法使いませんでした?」
「使ってないよ」
目敏い賢者ちゃんの追求を躱す。
一般的に、魔法によってもたらされる効果は、他人よりも自分の方がコントロールしやすい傾向にある。例えば、騎士ちゃんの『
おれの『
自分自身に幻覚をかける。これにより、先生を妙齢の美女だと思い込むことで、おっさんのキスによる精神ダメージを低減させることに、見事に成功した。
危ないところだった。なんとか精神崩壊は避けることができた。
ありがとう、ベリオットさん……!
おれは、心の中で感謝した。
「満足そうな顔してますけど、なんかすごく下らないことに魔法使ってません?」
「使ってないよ」
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