なぜか家にいる女王陛下
まあ、落ち着こう。
騎士ちゃんが「ここがあたしの家だよ?」みたいな顔で洗面所を使っていたことには、たしかに驚いた。ああ、びっくりしたとも。
いつも通りに当たり前の雑談をして、そこからワンクッション置いてようやく気づく程度には反応が遅れてしまったが、まあそれは置いておくとして。けれどもそもそも、洗面所に騎士ちゃんがいたとして、べつにそこまで驚くようなことではないのだ。年単位で一緒に冒険をしてきたのだから、寝起きの顔を互いに見て朝の準備をするのもいつものことである。そう、いつものことなのだ。
落ち着け。クールになれ、勇者。
おれは自分自身に言い聞かせながら、リビングのドアを開けた。
「おはよう。赤髪ちゃん」
「遅いぞ、お兄ちゃん。なにをしておった」
リビングには、まだ赤髪ちゃんはいなかった。
代わりに、当たり前のようにめっちゃかわいいフリフリのパジャマを着た女王陛下が、テーブルに座って足をぷらぷらさせていた。
おれは膝から崩れ落ちた。
「……おはようございます、陛下」
「ああ。おはよう」
「……なにをしておられるんですか?」
「もちろん、朝ごはんを食べに来た」
えっへん、と。発展途上の胸を貼って陛下はお答えくださった。
違う。聞きたいのはそうじゃない。
「いや、陛下。あのですね……国の王様が、そんなに気軽にウチみたいな汚いところにいらっしゃるのは、少し如何なものかと」
「そうか? 男の一人暮らしにしてはきれいだと思うぞ」
お褒めの言葉を賜ったが、それはそれ。これはこれである。
朝ごはんを四人分用意しなきゃいけない時点で、もう男の一人暮らしじゃないんだよな。
「陛下〜! 目玉焼きと卵焼きどっちがいいですか?」
「卵焼き」
「甘いやつですよね?」
「うむ。甘いやつだ!」
当たり前のようにキッチンに立っているエプロン姿の騎士ちゃんが、当たり前のように陛下に卵料理の二択を問い、手早く慣れた手付きで殻を割っていく。
「手伝うよ、騎士ちゃん」
「じゃあこっちやって」
「あいよ」
キッチンに並んで立つおれたちに、陛下のによによとした視線が突き刺さる。
「こうして並ぶと二人はお似合いだな」
「もー、陛下ったらそういうお世辞どこで覚えてくるんですか?」
「外交」
「返答重いな、おい」
堪らずツッコんでしまったが、騎士ちゃんは嬉しそうにニコニコしているから、良しとしよう。
余談ではあるが、賢者ちゃんと陛下が直属の部下と上司という良好な関係を築いているように、騎士ちゃんと陛下もそこそこ仲が良い。騎士ちゃんに現在の領地を預ける許可を出したのは他ならぬ陛下だし、それ以外にもいろいろと便宜を図ってくれているようだ。具体的には、騎士ちゃんのお国周りで。
「そういえば、この前お父上にお会いしたぞ」
「……ああ、どうでした?」
「どうもこうも、相も変わらず硬物よな。あそこまでいくと、逆に安心感を覚えるくらいだ」
「そうでしょうね〜。あのクソ親父は」
まったく変わらない笑顔のまま、騎士ちゃんの口からどす黒い感情が漏れ出す。戦闘中ならともかく、いつもの騎士ちゃんの口から賢者ちゃんのような毒舌が飛び出してくるのは、少々めずらしい。
「おやおや。みなさんお集まりのようですね」
当たり前のように、賢者ちゃんが欠伸を噛み殺しながら入ってくる。
「すいません! ちょっと寝坊しちゃいました!」
まだちょっと乱れている髪を整えながら、赤髪ちゃんが入ってくる。
「あれ!? 陛下さん、なんでここにいるんですか?」
「朝ごはんを食べに来たに決まっておるだろう」
「赤髪ちゃん、悪いけどみんなの分の食器運んでくれる?」
「はい! おまかせください!」
「……赤髪さん、陛下がいることにはびっくりしてるのに、騎士さんがいることには驚かないんですね」
「……? あ、あーっ!? 騎士さん、なんでいるんですか!?」
「朝ごはんを作りに来たに決まってるでしょ」
「な、なるほど?」
「納得しちゃだめですよ」
騎士ちゃんが作った朝メシを賢者ちゃんと赤髪ちゃんが運び、陛下が食べる。
すごい。我が家じゃないみたいだ。我が家だけど。
でも、我が家が朝からこういう風に賑やかなのは、はじめてのことなので。
それはちょっとうれしいな、と。おれは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます