勇者の合コン

「さて。お兄ちゃんにはをしてもらう」

「なんて?」


 むしゃむしゃと卵焼きを頬張る陛下に、おれは思わず聞き返した。


「合コンだ」

「いや、それは聞こえましたけれども」

「勇者さん、まさか合コンも知らないんですか? やれやれ、この人は本当に遅れてますね……」


 スープの中の人参を赤髪ちゃんの器に移しながら、賢者ちゃんはおれをバカにするように鼻を鳴らした。

 この野郎、人参食べれないくせにえらそうに。


「合コンとは、近頃王都で流行っている、配偶者を見つけるための会食イベントのことです。複数人の男女が集まって、軽い食事やゲームを楽しみながら気に入った相手を見つけ、オーケーが出れば交際関係に繋がる。魂を合わせる、と書いて合魂ごうこんと読みます」

「へえ……軽めの婚活パーティー、みたいな認識で合ってる?」

「そうですね。大まかに、そのような認識で問題ないと思いますよ」


 なるほどね。

 長らく隠居に近い生活を送ってきたので、恥ずかしながらそういった世間の流行りにはどうにも疎いのがおれである。


「うむ。一人ずつお見合いをセッティングしてやってもよかったのだが、それだと効率が悪いからな。かといって、貴族連中を集めた婚活パーティーを開いてやったとしても、お兄ちゃんは人に囲まれてろくに相手も選べないだろう?」

「はい。仰る通りです」


 ぐうの音も出ない正論である。

 強くなったな、陛下。このおれを正論でボコボコにするなんて……。


「なので、ここは最近の流行りを取り入れて、合コンをセッティングしてやった方がよかろう、という結論に至ったのだ! 堅苦しい場よりもそちらの方が盛り上がるだろうしな! もちろん、場所と衣装と内容と人選は、こちらで用意して済ませてある!」

「それ、おれが用意するもの残ってます?」

「結婚への前向きな姿勢」

「あ、はい」


 一言で釘を差された。ぐうの音も出ない。

 本当に何から何まで用意してもらって、陛下には頭が上がらない。まあ、元々上げることができる頭なんてないのだが……。


「よかったですね、勇者さん。一国の王に合コンをセッティングしてもらう人なんて、多分勇者さんがはじめてですよ」

「そうでしょうね……」

「この機会に気合い入れて良い人を見つけてきた方がいいよ、勇者くん」

「はい。がんばります……」


 てっきり賢者ちゃんと騎士ちゃんは微妙な反応をすると思っていたのだが、意外にもおれの背中を押してくれるスタンスのようだ。

 赤髪ちゃんだけは、相変わらず微妙な表情でパンをもぐもぐしている。


「で、その合コンとやらはいつやるんです?」

「今日やるぞ」

「え?」

「今日やるぞ」

「あの、おれの予定とかは?」

「黙れ。どうせ暇だろう?」

「あ、はい」


 本当の本当の本当に、やはりぐうの音も出ない正論であった。



 そんなわけで、合コン会場にやってきた。陛下は、王城の一室を会場として貸し切ってくれたらしい。室内には豪華なシャンデリアが釣り下がり、やわらかい照明が室内を照らしている。気楽な婚活パーティーとかいう、さっきの説明を返してほしい。

 昨日は鎧を着させられたが、今日は仕立ての良いスーツを着させられた。重っ苦しい鎧は嫌いだが、堅苦しいスーツも好きではない。もちろん陛下が用意してくれたものなので、着心地は抜群。サイズも恐ろしいほどのジャストフィットなのだが、それはそれ、これはこれ。そもそもきっちり礼服を着込まなければならないような場の雰囲気が、おれは少し苦手だ。そもそも、本当にこれからはじまるのは気楽な婚活パーティーなのだろうか? 

 コンコン、と。ノックの音がして、侍従のお姉さんに声をかけられる。


「勇者様。準備が整いましたので、控室へどうぞ」

「はい。わかりました」


 合コン、合コンねえ……。

 正直、あまり気乗りするわけではないが、せっかく陛下が用意してくれた場である。陛下曰く、近くの国のお姫様や、会社の経営をしているバリバリのキャリアウーマンの女性もいらっしゃるらしい。場を設けてくれた陛下のメンツを潰さないためにも、粗相がないように気をつけねばなるまい。

 問題は、男性側の面子だ。なんでも、合コンという催しは、基本的に同数の男女を集めて、対面で行う会食の形式を取るらしい。正直、おれは旧来の貴族派閥には嫌われている自覚しかないので、かなりギスギスとした雰囲気になりかねない。女性側に気を遣う前に、まずは男性陣としっかりコミュニケーションを取って仲良くなりたいところだ。和気藹々と食事を楽しめる環境作りは大切である。


「こちらでみなさんがお待ちです」


 侍従のお姉さんが扉を開ける。

 意を決して、おれは部屋の中に入った。


「どうも。はじめまして、勇者で────」

「やあ! 会いたかったよ! 親友!」

「ひさしぶりだな! 我が教え子よ!」


 見知った顔しかいなかった。

 おれは黙って、扉を締めた。

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