女王陛下と元魔王の少女
「と、まあそんな感じで。あやつがすごくがんばって王都にいた四天王の正体をなんやかんやで暴いて。それでも既存の権力に縋りつこうとしていた貴族連中を片っ端からしばき倒して。そうして玉座に返り咲いたのが、余ってわけ」
「な、なるほど?」
「理解できたか?」
大まかな事情を語り終え、ドヤ顔で王冠をもてあそぶ女王に向けて。
赤髪の少女は、抗議した。
それはもう、くわっ! と目を剥いて、抗議した。
「いや、後半の説明雑過ぎません!?」
勇者との出会いは、その場面が想起できるほどに懇切丁寧に語り尽くされていたのに対し。
その後の説明が、なんというかもう、あまりにもおざなりであった。具体的には数行くらいであった。
しかし、そんな抗議の声に対して、玉座の上の女王はふんぞりかえったまま、悠々と首を傾げてみせた。
「ぬぬ。わかりにくかったか?」
「いや、説明飛ばしすぎて逆にわかりやすかったくらいなんですけど……」
「しかし、余がどうやって王になったか、とか。そういうのは、歴史の教科書とか読めば大まかな流れは掴めるからな。べつにわざわざ説明する必要もなかろうよ」
「えぇ……?」
一国の女王と世界を救った勇者だけあって、無駄に話のスケールが大きかった。
「ちなみに余のオススメは、他国でもベストセラーとして大人気になったこの『勇者秘録』だ。これは騎士団長をやっておるリーオナインというやつが書いておってな。お硬い文章で事実を書き連ねるだけでなく、いろいろと脚色が加わっていて、とても愉快な読み物に仕上がっている。余も何回も読み返したものだ」
「あ、それはわたしもちょっと読みました」
「ほほう! どこまで読んだ?」
「勇者さんが裸になったあたりですね」
「……どの裸だ?」
「え? 裸になるシーン、何回もあるんですか?」
「わりとあるぞ」
わりとあるらしい。
そう言われると、俄然本の続きが気になってくるものである。
「わかりました。帰ったらすぐに続きを読みます!」
「ほほう。そんなに勇者が裸になるシーンが気になるのか?」
「い、いえ! べ、べつにそんなことはありませんが!」
「よいよい。お兄ちゃんは良い身体をしてるからな。余も昔はよく肩車をされたものよ」
「そ、それならわたしだってお姫様だっこしてもらいました!」
「もちろん余もされたことあるぞ?」
「むむ……」
「ふふ……」
不毛な争いである。しかし、女王はとても楽しげだった。
こういう時、主君を諌めるのが臣下の役目である。隣に控えているシャナが、やんわりと口を出した。
「陛下。赤髪さんをからかうのが楽しいのはとてもよくわかりますが、あまりやりすぎると勇者さんに怒られますよ」
「問題ないぞ。余、王だし」
「そういうところですよ陛下」
一定の敬意を払いつつも、わりと気安い言葉のやりとりをしている賢者と女王。そんな二人を見て、赤髪の少女は目を瞬かせた。
「なんというか……お二人は仲良いんですね?」
「うむ。グランプレを宮廷魔導師に引き上げたのは、他ならぬ余であるからな」
「そういうことです。正直、世界を救い終わったらそれはそれで、そのあとどうしよっかなーと考えていたので。いい感じに権力を握れる就職先が転がってきたのはありがたかったですね。本当に、持つべきものはコネ、というやつでしょうか」
「いや言い方……」
淡々とダブルピースしながらとんでもないことを口走る賢者に、赤髪の少女は表情を引き攣らせた。賢者と権力の癒着が垣間見えた瞬間であった。
「さて。では、あやつがいない間に、あらためて自己紹介をさせてもらおうか」
名前を認識できない勇者が、身支度のために退室したタイミングを見計らっていたのだろう。
玉座に座る幼い国王は、少女に向き直った。
「ステラシルド王国、現国王。ユリン・メルーナ・ランガスタである」
「あ、わたしは」
「名乗らなくてもよい。お前の素性については、そこの賢者から大体聞いている」
言葉を手で制して。
それまで常に笑みに近い種類の表情を常に保ってきた女王は、はじめて口元から明るさを消した。
切り揃えられた前髪の下から、値踏みをするように。アメジストの瞳が、赤髪の少女を鋭く見る。
「元魔王、であろう?」
ユリンは目を合わせて、はっきりとそう告げた。
赤髪の少女のパーソナルに触れる、デリケートな問いかけ。
シャナは目を細めてユリンを見たが、対する返答はしっかりとしていた。
「はい。そうです」
「ほう。否定はしないのだな?」
「しません。事実、ですから」
「なるほど。潔いな。その素直さはたしかに美徳だが、そこまで素直に認められるのも……困りものだ」
お前は魔王なのか、という問いに、イエスの答えがあった。
それを放置しておく危険性は、言うまでもなく。王であるユリンが、元魔王である少女を放置しておく理由もない。
「今後のことを考えるのであれば……お前の首は、今ここで落としておいた方がいいかもしれんな」
あっさりと、そんなことが言われた。
繰り返しになるが、ユリンはこの国の王である。
玉座に座っている限り、この国の中である程度の権力の行使を許される、強い決定権がある。そして、目の前に立つ少女にはいつか、魔王になるかもしれない可能性がある。いくらかの危険を孕んでいることは、疑いようのない事実だった。
極論ではあるが。ユリンが「この少女は危険だから殺せ」と命令してしまえば、少女の命はここで終わる。
弛緩した空気から、一転。ひりついたものが、無言の視線のやりとりに混じる。
だからこそ、
「大丈夫です。わたしは、魔王ではありませんから」
赤髪の少女は、にこりと微笑んだ。
ユリンが笑みを消したから、おべっかを使うように愛想笑いを浮かべたのか。
違う。
それは、命乞いの笑みではなかった。
会話の中で、人がゆったりと表情に浮かべる、自然体の笑みだった。
大した度胸だ。称賛に値する。ユリンはそう思った。ふわふわと浮ついているだけの、か弱い少女ではない。表情一つで、それがよくわかった。
わかったからこそ、ユリンは問いを重ねる。
「なぜ、そう断言できる?」
「わたしがわたしだから、でしょうか?」
「ぬるい返答だな。お前が魔王に近しい存在になる可能性は絶対にない、と? そう断言できる根拠はあるか?」
「それを言われると困っちゃいますね。でも、わたしに何かあったら……」
少しだけ悩む素振りを見せて、鮮やかな赤髪が左右に揺れる。
「勇者さんは、結構怒ると思いますよ?」
恥ずかしげもなく、少女はそう言い切った。
それは言い換えてしまえば「自分は世界を救った勇者から大切にされています」というのと同義であった。
女王を、脅し返してきた。
大胆不敵。否、傲岸不遜というべきか。
きょとん、と目を丸くしたユリンは、しばらく必死に笑いを堪えていたが、遂に我慢の限界に達して、体を折り曲げた。
「くくっ……ふふふ、あっははははは!」
「え!? わたし、そんなにおもしろいこと言っちゃいましたか!?」
「うむ! うむうむ、うむ! おもしろい! その胆力と開き直り! 実におもしろいぞ! なあ、グランプレ!」
「おもしろくねーです。全然これっぽちも笑えませんよ、陛下」
同意を求められて、賢者は吐き捨てた。シャナは、すごくおもしろくない顔をしていた。
「腹ただしいか? グランプレ」
「ええ、ムカつきますね。この当たり前のことを当たり前に言っているだけ、みたいなこの態度。最高にムカつきます」
元のゆるい空気に戻ったところで、ひとしきり笑い尽くしたユリンは、玉座から立ち上がって元魔王の少女に近づいた。
「脅すようなことを言って悪かったな。まあ、安心しろ。お前の処遇は、元々勇者に委ねるつもりであった。ひろった犬の世話は、ひろった人間がするのが当然であるしな!」
「犬!? 犬なんですかわたし!?」
「犬のようなもんでしょうよ。ひろわれてから衣食住お世話されてるんですから」
後ろからちくりとシャナが、言葉で元魔王を刺す。
赤髪の少女は、唸るしかなかった。それこそ、犬のように。
「さて。良い暇潰しもできたし、そろそろ行くとするか」
「暇潰し!? 暇潰しだったんですかわたし!?」
「そう怒るな。詫びとは言っては何だが、お前には特別に近くで見ることを許そう」
弄んでいた王冠をしっかりと被り直して、ユリンは言った。
「自分の目で確かめると良い。勇者が、この国でどのような存在なのかをな」
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