勇者と女王陛下
「ゆ、勇者さんの……妹さん!?」
「ちがうよ」
すごい勢いで食いついてきた赤髪ちゃんの言葉を、おれは即座に否定した。それはもう、ニコニコの笑顔で否定した。
次いで、玉座でふんぞり返っている自称妹様に抗議を入れる。
「陛下。この子は純粋なんです。良い子なんです。そういう言い回しは勘違いされるので、やめていただけませんか?」
「ああ、たしかに。妹ではないな」
うんうん、と。
頷いてから、玉座の上でふんぞり返っている暴君は、また歯を見せて笑う。
「血は繋がっていないから、より正確に説明するのであれば、義理の妹と言うべきかな? お兄様?」
「ぎ、義理の……!?」
「ちがうよ?」
「そ、そんなの……もっとえっちじゃないですか!?」
「なんで?」
どうしてそう言い回しだけで話をややこしくできるのだろうか。おれはちょっと頭を抱えたくなった。
陛下は、これから先もっと長くなるであろうまだ短い
昔は良い子だったのに、どうしてこうおれが昔から知っている女の子は、微妙に小生意気に成長するのが常なのだろうか。おれは陛下と賢者ちゃんを交互に見て、深く息を吐いた。
「勇者さん。なんでこっちを見るんですか?」
「いやべつに」
おれの胸中を知ってか知らずか、陛下は鷹揚に手を振った。
「よいではないか。賢者から聞き及んでおった通り、可愛げのあるおもしろい
「……はあ、恐縮です」
もう呼び方を訂正することは諦めて、再び頭を垂れる。
おれは世界を救った勇者ではあるが、しかし目の前の少女はおれが暮らすこの国の王である。一番えらい人である。
英雄譚の冒頭は、王様から剣やら金貨やらを頂戴して、勇者が旅立つところからはじまるパターンが多い。そして、無事に魔王を倒して帰ってきたら、国を挙げて盛大に迎えいれてくれるのも、王様なわけで。
つまるところ、勇者という生き物は大抵の場合において、王様には頭が上がらないのだ。
「それで、勇者さんと国王陛下は、本当はどのようなご関係なんですか? まさか、本当に義理の妹さんなんですか?」
「ちがうよ」
げじげじ、と隣の赤髪ちゃんがじっとりとした視線を伴って肘を打ってくる。
追求の手が緩まる気配がないので、おれはもう正直に答えることにした。そもそも、べつに必死になって隠すことではない。
「おれたちと陛下は、昔一緒に旅をしていたんだよ」
「え? ご一緒に旅を……?」
「うむ。言うなれば
陛下はからからと笑っているが、あの頃の旅はそんな生易しいものではなかった。なんせこっちは、未来の国王陛下を抱えながら、魔王を倒すためにあちこち飛び回っていたのだ。常に気が抜けなかったと言っても過言ではない。
「で、いくらなんでも王族の血筋を引く方の素性を明かすわけにはいかないから。陛下には偽名を名乗ってもらって、身分も偽って、おれの妹ということにして……そんな感じで、一年ほどおれたちの旅に同行していただいたというわけ」
「ははぁ、なるほど」
納得したような、していないような。
赤髪ちゃんの反応はなんとも言えないものだったが、ここは納得したということにしておこう。いや、させてください。
誤解も解けたところで、さっさとこの場から去るために、おれは陛下にとびっきりのスマイルを向けた。
「では、陛下。このあたりで自分は失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は? もう帰るつもりか? そんなのダメに決まっているだろう。不敬だぞ、不敬。なんのためにお前を王宮まで呼び寄せたと思っているんだ?」
「なぜです?」
「もちろん、余が会いたかったからだ!」
「帰ります」
「首打つぞお前」
今さら説明するまでもないが、陛下は歴代の王族の中でも屈指の美貌……に育つだろうと言われている絶世の美少女である。本当にもう、出会ったころはお人形さんのように可愛らしかった。そんな陛下も、今ではノータイムでおれの失言に打ち首を突きつけてくるようになった。本当にすくすくと健やかにお育ちになられているようで、なによりだ。悲しい。
おれたちのやりとりを見兼ねたのか、賢者ちゃんが間に割って入る。
「陛下。勇者さんをからかうのが楽しいお気持ちはよくわかりますが、そろそろ真面目なお話を……」
「おいこら」
「ふむ、そうだな。まあ、愛する兄の顔を見たかった、という余の気持ちに偽りはないのだが……しかし、余だけが敬愛する兄上のアホ面を見て安心しても、意味がないのだ」
「……というと?」
敬愛するする兄上のアホ面、という部分はスルーする方向で問い返すと、あどけない顔がいたずらっぽく歪んだ。
「お前には王宮の広場で、民衆の前に出てもらう。勇者の健在を、大々的に知らしめるためにな」
「え……それ、おれ出なきゃだめですかね?」
不服を示すために、おれは思いっきりいやそうな顔をしてみせた。
が、それが却って暴君の不興を買ってしまったらしい。小さな体が、はじめて玉座から立ち上がった。
「……勇者ぁ」
「はい?」
「余は今からお前に説教をするぞ」
「え」
「頭が高い!」
「あ、はい」
「膝をつけ。頭を垂れよ」
「はいはい」
言われるがままに、膝をついて頭を垂れる。
王様には逆らえませんからね……。
「よいか? 同じことを何度も繰り返したくはないがな、勇者よ。余は、本当はお前を手元に置いておきたかったのだ。王宮に、余の側に置いて置きたかったのだ!」
頭を垂れているのでわからないが、賢者ちゃんが思いっ切り深いため息を吐く気配がした。
「けれど、お前があまりにも意気消沈して塞ぎ込んでいるものだから、辺境の街に引っ込むことを許した。立ち直るまで待ってやろうとも考えた。余は寛大だからな。優しいからな! しかし、実際はどうだ? 勝手に厄介ごとをひろってきて、勝手に調査をはじめて、勝手に魔王の残党と戦って、勝手に消息を絶ちおって!」
「いや、それは……まあ、はい」
それを言われてしまうと、なんとも反論しにくい。
かつかつかつ、と。
歩み寄る音と共に、おれの肩に陛下の片脚が乗る。そして、ぐりぐりされる。俗に言うと、足蹴にされた格好である。
しかし、足蹴にされたところで、特に痛くも重くもない。むしろ軽すぎるくらいだ。
陛下、ちゃんとご飯食べてるのかな?
「自覚が足らんようだから、もう一度言っておくぞ!」
耳元で、高い声が響く。
「お前は勇者なのだ! 魔王を倒し、世界を救った、この国の英雄なのだ! そんな存在がいきなり消えたら、国の一大事になるに決まっているだろう!? わかるか!? いやわかれ!」
「はい。すいません……」
「わかったら、さっさとその気の抜けた普段着から正装の鎧に着替えてこい! あちらの部屋に用意させてある!」
「はーい」
お説教の内容に関しては本当に仰る通りです、としか言いようがなかったので。ぐりぐりされていた足が下がった瞬間に、そそくさと立ち上がる。
「なんか、勇者さん。国王様には頭が上がらない感じなんですね……」
おれに向けられる赤髪ちゃんの視線は、先ほどのじっとりと湿ったものから、哀れみの籠もった生温いものに変化していた。ほんとに変わってるかこれ?
でも、そりゃ王様ですからね。おれみたいな平民出身の勇者は頭が上がりませんよ。
赤髪ちゃんの呟きは小さかったが、陛下にも聞こえていたらしい。ふん、と鼻を鳴らしながら、細い腕が組まれる。
「頭が上がらないのも、余のいうことを聞くのも当然だ。こやつには、その責任がある」
「責任というと?」
「何を隠そう……余を王に据えた張本人は、そこの勇者なのだからな」
「は?」
赤髪ちゃんが、こちらを見る。
陛下が、またにっこりと笑う。今までで、最も子どもらしい無邪気で屈託のない笑顔を、おれに向ける。
それは言うなれば、とても温かな脅しだった。
「なあ? そうだろう。お兄ちゃん」
冷や汗を流しながら、おれは正直に答えた。
「ちが……いません。そうです」
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