勇者の家にプライバシーはない
「げっ……」
「ああ、やっぱり勇者さんの家にいましたね、私。そろそろ戻りますよ」
新しく来た方の賢者ちゃんが、ウチにいた賢者ちゃんを引っ張って連れ帰ろうとする。
「いや……べつにまだ帰らなくてもいいでしょう?」
「何を言っているんですか。ただでさえ王都から離れていた期間が長かったのに、これ以上人数を減らせるわけがないでしょう?」
「えー」
「えー、じゃありません。もう目的は達成しているわけですし、帰りますよ」
賢者ちゃんと賢者ちゃん。自分同士の熱い戦いが、おれの前で繰り広げられる。朝、ベッドから起きようとする自分とまだ寝ていたい自分の戦いとか、こんな感じだよな、とおれは思った。
「あ! あと、勇者さんも私と一緒に来てください」
「え? なんで」
「国王陛下からのお呼び出しです」
「……うわあ」
あるだろうな、とは予想していたが。実際に言われると、気が進まないものだ。
「それ病欠とかできない?」
「どこか病気なんですか?」
「うん。今から風邪ひく」
「勇者さんバカだから風邪ひかないでしょう?」
「いくら頭が良くても言っていいことと悪いことがあるぞ?」
まあ、長い間行方不明になって心配かけたわけだし。そもそも魔王を倒して以来、一年近くお会いしていないわけだし。
陛下にも、顔を見せておかないといけないだろう。
「じゃあ行こうか。赤髪ちゃんも来るよね?」
「あっ……はい。ご一緒していいなら」
「もちろん」
「では行きましょうか」
さっきとは逆に、二人目の賢者ちゃんが扉を開く。
瞬間、薄い緑色に発光する複雑な魔導陣が、我が家の目の前で展開された。
……は?
「あの、賢者ちゃんこれ、なに……」
「なにと言われても困りますね」
「ご覧の通り、転送魔導陣です」
二人の賢者ちゃんが、しれっと言う。
「この家の前……玄関から徒歩三秒の位置に、私が強化改良した最も高位のスペシャルな転送魔導陣を敷設しておきました。王都へもこれでひとっ飛びです」
「なんで?」
「なんか……必要かなと思ったので」
「なんか必要かなと思った!?」
いつの間に玄関から徒歩三秒の位置に設置したんだよそんなもの。
この賢者ちゃん、人の家の床に穴を空けて地下を掘り進めて他の場所に繋げておきました、みたいなことを平然とやっている。聞いてないよ。
「やれやれ。私が理由もなく勇者さんの家に居座ると思っていたんですか? そんな無駄な時間の使い方をこの私がするわけがないでしょう。せっせと転送魔導陣作ってました」
「そこは胸を張るところじゃないんだよ。あと、おれの家にせっかく泊まってるんだから、そこは普通に休んでおきなよ」
「おかげさまで、勇者さんが買い物に行ったり寝ている間に、秘密裏にこの転送魔導陣を敷設するのは良い訓練になりましたよ。魔力の痕跡に気づかれない隠蔽処理もばっちりです」
うん。そうだね。まったく気付けなかったからね。
「もちろん、みなさんの許可を取ってパスは繋いでおきました。これで私の執務室や騎士さんの領地へも簡単に行けるようになります。よかったですね」
すごいね。いつでもどこにでも行けそうだね。
おれの許可を取ってない以外は本当に完璧だよ。一番だめじゃないか?
もう何もかも諦めて、おれは赤髪ちゃんの手を引いて魔導陣を踏んだ。
「じゃあ、これも王都の転送魔導陣に繋がってるわけ?」
「あ、それは違います」
術式を起動させながら、賢者ちゃんはおれの質問を否定した。
「面倒だったので、王宮の中……王の間と直接繋げておきました」
「は?」
そうして、視界に満ちる浮遊感と共に、意識が浮かび上がった。
◇
改良した最上位の最新型、というだけあってか。
転送魔導陣特有の吐き気や目眩は最小限に、おれは赤いカーペットに着地した。
隣を見ると、赤髪ちゃんがぱちくりと目を瞬かせている。
「赤髪ちゃん、気分は平気?」
「あ、はい! 大丈夫です」
「ふふん。さすが、私。使用感の改善も順調ですね」
「あとは移動距離と魔力量のバランス調整などでしょうかね」
自画自賛を溢しながら、二人の賢者ちゃんはローブを翻し、床に膝をついて礼をした。
「……え?」
赤髪ちゃんの驚きも、無理はない。
生意気を形にしてそのまま歩いているような賢者ちゃんが、あの賢者ちゃんが、それがまるで当然の所作であるかのように、膝をついたのだ。
だが、ここは王の間。
その所作は、この場所に立ち入る者に求められる、最低限の礼節である。
「陛下」
「お連れしました」
賢者ちゃんの声に合わせて、おれたちがいる場所から一段先にある、視線の先。玉座を隠していた幕が、広がって開く。
賢者ちゃんと同様に、おれも膝をついて頭を下げる。赤髪ちゃんも、見様見真似でそれに倣ってくれた。
「おひさしぶりです。陛下」
「……うむ。死んでいなくて安心したぞ」
高い声が、響いた。
赤髪ちゃんが、驚いたように顔を上げる。
「えっ……?」
ああ、そういえば。
赤髪ちゃんは、国王陛下のことを何も知らないのか。
「え、え……?」
「こらこら、赤髪ちゃん。失礼だよ」
「構わぬ。余に対するそういう反応は、絶えて久しい。なにより、人の驚いた顔を眺めるのは楽しいしな」
「恐縮です」
赤髪ちゃんに合わせて、おれも視線を上げる。
国の頂点に立つ者が座るに相応しい、きらびやかで巨大な玉座。
そこでふんぞり返っているのは、口元に髭を蓄えているような、威厳に溢れた老いた王ではない。あるいは、精悍な顔付きで豪快に笑う、若き王でもない。
脚を組み、悠々とこちらを見下ろしているのは、外見だけならまだ年端も行かない、一人の少女だった。
「赤髪ちゃん。こちら、うちの国王陛下。十二歳」
「……若いのは見た目だけで、実は千歳超えてたりしませんか?」
「ううん。めっちゃ見た目通りの年齢」
にこり、とではなく。
にやり、とでもなく。
にっ、と笑って。
一年ぶりに会う国王陛下……もとい『女王陛下』は、おれに向けて言った。
「────会いたかったぞ。お兄ちゃん」
うん。その呼び方だけはマジでやめてほしい。
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