世界を救った勇者の婚活
ひろった女の子がジト目で睨んでくる
あの九死に一生を得た、地下迷宮の大冒険から一週間。
なんやかんやで、自分の家に帰ってきました。
地味に数ヶ月ぶりの帰還である。いやあ、やっぱり我が家っていいものですね。
地を駆けて野で寝そべるような、胸が躍る大冒険は、もちろん良いものだ。けれど、屋根のある部屋の中でゆったりと過ごしながら、ふかふかのベッドで体を休める。そういう人間らしい文化的な生活に戻ると、やっぱり文明っていいなと改めて思うわけです。
なによりも、使い慣れた調理器具が揃っている空間で、好きな材料を買ってきて料理をできるのがすばらしい。隠居生活をはじめてからおれの趣味は引きこもりながら打ち込むことができて、なおかつ成果がわかるものに自然と絞られていったので、ひさしぶりにじっくりと調理を楽しめるのはうれしかった。
「勇者さん。ソース取ってください」
「はいはい」
テーブルの対面に座った赤髪ちゃんは、もぐもぐとおれが作ったチキンソテーを頬張っている。今日もたくさん食べてくれてうれしいね。なんか無表情だけど、まあ気のせいだろう。気のせいということにしておきたい。
おれは赤髪ちゃんにソースを渡し、ニコニコしながらコップに水を注いで口に運んだ。ふう、冷たい水が実に美味い。
「それで、勇者さんはいつ結婚するんですか?」
「ぶーっ!?」
水が全部口から吹き出た。そして、対面に座る赤髪ちゃんの顔にかかった。
これで「うわ!?」とか「なにするんですか!?」みたいなリアクションがあればよかったのだが、赤髪ちゃんは濡らした髪をそのままに、変わらずぼうっとした視線でこちらを見詰めていた。
「ご、ごめん。今、拭くもの持ってくるから……」
「それで、勇者さんはいつ結婚するんですか?」
こえぇよ。すげえこわいよ。
なんで水被ってるのに、さっきと一言一句変わらない質問とんでくるの?
赤い髪から水を溜らせたまま、赤髪ちゃんはチキンソテーにフォークを突き刺した。
「赤髪ちゃん。チキンおいしくない?」
「いいえ。とってもおいしいです」
「ありがとう」
「それで、勇者さんはいつ結婚するんですか?」
おおおおん!?
どう会話を繋げてもこの質問に返ってくる!
おれは幻覚でも受けてるのか!? 何回聞けばいいんだこのセリフ!
幻惑の魔法はこの前手に入れたばっかりだから間に合ってるんだよ。助けてシセロさん。
「いや、べつに結婚は今すぐにはしないよ?」
「でも、してましたよね」
「してたって? 何を? 誰と?」
そこでようやく、赤髪ちゃんの表情が露骨に崩れて、元の調子に戻った。
「いや、えっと……ですから、おねえさんと、ちゅ」
「チュ?」
「き、キ……」
「キ?」
「まったく、何を恥ずかしがって固まっているんですか。キスしていた、と。それくらい声に出してはっきり言えばいいでしょう」
と、そこでおれの右斜め前の席でサラダをつついている賢者ちゃんが、やれやれと大仰に肩を竦めて会話に割って入ってきた。
そう。賢者ちゃんである。
百人いても多忙を極め過ぎているせいでまったく人手が足りないはずの賢者ちゃんは、なぜかおれの家に居座り、当たり前のように食卓に座り、ごはんを食べていた。不思議だね。
「あのさぁ、賢者ちゃん」
「なんです? 勇者さん。私も言いたいことがないわけではありませんが……しかし、そこの乙女でおこちゃまな赤髪さんとは違って、べつに勇者さんが他の女性と口吻を交わしたことについて、拗ねたり文句を言いたいわけではありませんよ。まあ、もっとも? 私たちが勇者さんの命の心配を本気でしていたというのに、昔馴染みの女性と呑気に二人きりの時間を過ごしていた、というのは、些か以上にパーティーを率いるリーダーとして自覚が欠けていると思いますがね」
「誰がおこちゃまですか!? でも後半の主張に関しては賢者さんに全面的に同意します!」
「あのさぁ、賢者ちゃん」
「だからなんです?」
「いや、なんでいるの?」
「は? 私がここにいちゃいけない理由があるんですか?」
繰り返しになるが、あのダンジョン騒動から、一週間。
唇を奪ったりプロポーズをかましたり、散々好き勝手にやりたいことをやってくれやがったあの先輩は「ワタシは事後処理とかあるから、勇者くんたちはウチの部隊の人間に送らせるね〜」と言って現地に残ることになった。おれ自身、先輩の行動と言動に関してはいろいろと聞きたいことがあったのだが、先輩と話していると騎士ちゃんや賢者ちゃんが割って入ってきてそれどころではなかったので、ちょっともうどうしようもなかった。師匠に至っては先走って「孫はいつ?」とまで聞いてくる始末である。話をややこしくしないでほしい。
とはいえ、行方不明になって騒ぎになっていたのは、おれだけではないらしく。騎士ちゃんは領地を空けっ放しにしているわけだし、賢者ちゃんも王宮や学院での仕事があるだろうし、死霊術師さんも会社があって……といった具合に、今となってはそれぞれ要職に就いている我がパーティーメンバーが姿を消すことで生まれる弊害は、馬鹿にならないものがあった。師匠だけは問題ない。あの人は修行してるだけなので。
とにかく、ジェミニの一件からなし崩し的に冒険を続けていたおれたちは、各々処理しなければならないことを整理するために、一旦帰還という選択肢を取ることになったのである。まる。
「だからおれは、賢者ちゃんも王都に帰ると思ってたんだけど……」
「いや、私はどうせべつの私が王宮にいますし。騎士さんや死霊術師さんみたいに慌てて戻る必要はないんですよね」
こういうの聞く度にいつも思うけどほんと便利な魔法だな、
「というか、それを言うなら。逆に私が問い質したいのは、むしろ赤髪さんですよ」
「え……わたし、何かしちゃいましたか?」
「すっとぼけないでください。あなた、どうして当たり前のように勇者さんの家に帰ってるんですか?」
人差し指を突きつけて、賢者ちゃんが赤髪ちゃんにぴしゃりと言う。
「あ、えっと……いやでも、わたし他に行くところありませんし……」
「そうそう。赤髪ちゃんは頼りになるあてもないし、そりゃウチに来るしかないでしょ」
おれも特に違和感なく赤髪ちゃんと一緒に我が家に帰ってきたので、頷いておく。しかし、賢者ちゃんはますます目を剥いた。
「べつに勇者さんの家じゃなくても、騎士さんの屋敷とか私の部屋とかに来ればいいでしょう!? あなた、なにをしれっと勇者さんのところで居候決め込んでいるんですか!?」
「そ、そう言われても……」
「わざわざこんな狭っ苦しい村の一軒家で生活しなくても、死霊術師さんの成金豪邸とかに行けば贅沢し放題ですよ?」
「あ、死霊術師さんのところでお世話になる気はないです。大丈夫です」
そこだけは真顔でしっかり首と手を横に振って否定する赤髪ちゃんであった。ブレないね。死霊術師さんがここにいたら多分泣いてると思う。
「まあまあ。おれもひさしぶりに賢者ちゃんがウチに来てくれてうれしいよ」
「……そういう取って付けたような社交辞令はいらねぇんですよ!」
やはりぷんすかと怒っている賢者ちゃんだったが、それを遮るように玄関のドアをノックする音が響いた。話を逸らすにはちょうど良いタイミングである。
「はいはーい。今開けますよ……と」
「勇者さん。どうも」
ドアを開けると賢者ちゃんがいた。二人目である。実にややこしいが、今家の中にいる賢者ちゃんとは別個体である。
なに? もしかして、もう一人泊まりに来たの?
「勇者さん。私はまだいますか?」
「哲学的な質問だな……」
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