四天王VS四天王

 合図は必要なかった。

 そんなものをわざわざ出さずとも、トリンキュロの側に控えている彼らは、裏切り者の四天王を殺したくて殺したくて、体を怒りで震わせていた。

 少女の背後から、三体の最上級悪魔が踊り出す。


「唸れぃ! 『牛体投地ブルアドラティオー』ッ!!」


「落とせ。『不正不秤イグアミザン』」


「憑き突け……『妄言多射レヴリウス』」


 まず、膨張した筋肉による殴打が、リリアミラの体を吹き飛ばし。

 それを受け止める形で触れた手のひらが、リリアミラの体をきれいに六等分ほどに切り分けて。

 最後に、放たれた矢の連撃が、それぞれの肉体のパーツを射抜いて地面に縫い止め、爆発させる。

 彼らの連携は、極めて一方的な虐殺であり、鏖殺だった。

 三体の最上級悪魔たちは、それぞれがジェミニと同格。勇者を一時は封じ込め、苦しめた『哀矜懲双へメロザルド』に匹敵する、高位の魔法攻撃である。

 普通の人間なら、これらの連撃を浴びるだけで、三回は死んでいることだろう。

 そして、四秒が経過する。


「……あら。それで、終わりですか?」


 しかし、リリアミラ・ギルデンスターンは三回死のうと、三百回死のうと、三千回死のうと、何度でも蘇る。

 何事もなく起き上がった全裸の死霊術師は、何事もなかったかのように、やさしく微笑んだ。


「情けないですわね。最上級が三人、雁首を揃えておいて、わたくし一人殺すことができないなんて。もしもジェミニが生きていたら、もう少し工夫を凝らしてわたくしを殺そうとしていましたよ?」


 その静かな笑顔の裏にある異常性に、最上級悪魔たちは絶句する他ない。


「こちらのナース服、借り物でしたのに……修繕代は、あなた方から取り立てるということでよろしいですか?」

「……これは、無理であるなぁ。やはり、四天王には勝てないのである」


 豊かな髭を蓄えた初老の悪魔が、やれやれと諦めたように肩を竦めた。


「あら、それでは降参しますか?」

「ふむ。それも断るのである」


 悪魔は、リリアミラの背後を指差す。

 そこに、自分たちよりも、もっと恐ろしい獣がいることを伝えるために。


「────『麟赫鳳嘴ベル・メリオ』」


 指先が、体に触れる。

 トリンキュロ・リムリリィの、魔法が発動した。



 ◆



 夢を見ているようだった。

 鳥のさえずりに耳をくすぐられ、穏やかな午後の陽射しに、たまらず眠気を誘われる。

 リリアミラは、庭園にいた。目の前のテーブルには、お茶の用意が整えられている。


「リリア」


 耳を打つ声に、はっと振り返る。

 リリアミラが、最初に愛した男がそこに立っていた。


「今日は良い天気だ。外でお茶をするのにちょうど良い」

「……」

「さあ、いただこうか。きみが東方から取り寄せてくれたこの茶葉、とても良い香りだね」

「……」

「リリア? 大丈夫?」


 本当に心配そうに。彼は黙ったままのリリアミラの顔を覗き込んだ。


「少し、椅子に座ってうとうとしていたようだけど……何か、良くない夢でも見ていたのかな?」

「……そうですわね。少し、悪い夢を見ておりました」

「そうか。どんな夢を見てたのかな? もちろん、話したくなければ話さなくて良い。でも、そういう怖い夢は、誰かに話して共有したほうが、楽になる時もあるからね」


 彼の言葉は本当にやさしくて。

 彼の声音は本当にあたたかくて。

 心地よくて、溺れてしまいそうで。


「はい。あなたが、死ぬ夢です」


 ──なので、リリアミラは、手にしたフォークを彼の喉笛に躊躇いなく突き刺した。


「あがっ……ご……」

「あなた、一体誰の許可を得て生き返っているのです?」


 彼の体が、地面に這いつくばる。

 潰れたカエルより醜い、とリリアミラは思った。

 喉笛から吹きでる血を抑えようとする彼を見下ろしながら、告げる。


「あなたは、わたくしが生き返らせることができなかった人です。わたくしが……世界最高の死霊術師である、このわたくしが手を尽くしても、命を取り戻すことを拒んだ人です」


 ケーキを切り分けるナイフを、彼の背中に突き刺す。

 枝葉を裁断するハサミを、彼の首筋に突き刺す。

 土をいじるためのスコップを、腰に向けて振り下ろす。


「あなたは、死んだのですよ?」


 どこまでもどこまでも、平坦な声で。


「たとえ夢の中でも、生き返ることが許されるわけがないでしょう?」


 幸せでやさしい夢を、世界最悪の死霊術師は躊躇いなく握り潰した。



 ◇



 意識を取り戻したリリアミラは、前を見る。

 目の前に立つ、少女の姿をした悪鬼を冷ややかに見る。


「ええ……そこそこ強い精神攻撃したはずなのに、なんで効いてないの?」

「ええ。良い夢でしたわ」


 さらりと答える。

 トリンキュロ・リムリリィは、頬を歪めて、身を引いて、理解できないものを見るような目でリリアミラを見ていた。


「そっかあ。これ、効かないのかぁ……悲しいな。体は殺せなくても、心は殺せると思ったのに……」

「残念でしたわね。わたくし、体だけでなく、心も不死身なので」

「冗談きっついなぁ……」


 人数の差に、臆することもなく。

 受けた魔法に、膝を折ることもなく。

 リリアミラ・ギルデンスターンは、一人の四天王と三体の最上級悪魔を前にして、再び問いかける。


「さて……まだ、やりますか? でしたら、わたくしも本腰を入れてあなた方を倒さなければなりませんが」

「うん、わかった。やめておくよ」


 さらりと。

 トリンキュロは他の悪魔たちを手で制して言った。

 気持ち悪いほど、鮮やかな撤収の宣言だった。


「おまえと本気でやり合ったら、ボクたちもただじゃ済まないだろうし。今日は戦いに来たわけじゃないしね」

「賢明な判断ですわね、トリンキュロ。もしかして、昔より賢くなりました?」

「やだなあ、ボクは昔から賢かったでしょ?」

「冗談だとしたら、笑えませんわね」

「冗談言い合うほど、ボクたち仲良くないもんね」


 そうして、また最初のように笑い合って。

 最後の最後に、トリンキュロは一つの提案をした。


「ねえ、ギルデンスターン。ジェミニと契約していたなら、ボクたちと手を組んでもいいと思うんだけど……どう?」

「お断りいたします。わたくし、あなたがキライですので」

「つれないなぁ。目的のためには感情は分けて考えるべきじゃない? べつに個人的にきらいでも、一緒に仕事はできるでしょ?」

「もちろん、プライベートとビジネスは分けて考えていますよ? ビジネスとして考えても、あなたの提案にはわたくしの利がないということです。ジェミニとは違って」

「……じゃあ、仕方ない。今日のところはフラレておいてあげるよ」


 無邪気に大きく、手を振って。


「またね。魔王様によろしく」


 また会おう、と。

 再会を暗に告げて、四天王と悪魔の姿は一瞬で消え去った。


「……ふぅ。やれやれ」


 素直に退いてくれてよかった。リリアミラは、ほっと息を吐いた。

 死霊術師の仕事は、パーティーの盾となること。

 まだ見ぬ脅威から、彼らを守ること。

 リリアミラ・ギルデンスターンは、今日も人知れず、その役目を静かに遂行した。

 感謝は不要。同情も必要ない。

 今は、あれらの存在は自分の胸の内にだけ秘めておけばいい。

 いつか知る日は来るだろう。しかし無理に伝える必要はないと、リリアミラは考える。

 もちろん、自分は嘘はキライなので、聞かれたら答えるけれど。

 聞かれなければ、答えなくても、嘘を吐いていることにはならない。


「さてさて」 


 何事もなかったかのように。着替えだけは済ませて、死霊術師は仲間の元に帰って行く。今の自分の居場所へと戻っていく。

 魔王が死んでも。

 世界を救い終わっても。

 楽しいことは、まだまだたくさんある。

 これだから、生きるということはおもしろい。


「……ふふっ」


 それはそれとして、早く自分のことは殺してほしいな、なんて。

 リリアミラ・ギルデンスターンは、キスと求婚をかまされて呆然とした顔で冷や汗を流している、最高におもしろい勇者の顔を見て、静かに思うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る