一方その頃、死霊術師さんは何をしていたか
荒野の全体を見渡すことができる、高台の上。
崩れていく迷宮を見詰める、影が四つ。
崩壊の音を響かせながら落ちていくダンジョンを、彼らは静かに眺めていた。
「いいねえ」
小さい。けれどはっきりと呟かれた、楽しげな声が響く。
「やっぱこういうのってさ。苦労して作って、根気よく積み上げて……それを崩れる瞬間を見るのが最高だよね」
中心に立つのは、中性的な美少女であった。
顔立ちや所作や少年のように無邪気でありながら、その服装はどこまでも愛くるしい少女のそれ。
フリルがふんだんにあしらわれたワンピースドレスに、太陽の光を防ぐ日傘。手に持ったそれをくるくると回しながら、少女は笑っていた。
艶やかさはない、ややくすんだ落ち着いた色調の金色の髪。かわいらしく結ばれた純白と紅色の二色のリボン。触れれば折れてしまいそうな、細い肢体。
蜃気楼のような儚さが、一輪の花の如く咲いている。そんな形容が、少女の外見には相応しい。
彼女は、視線の先で崩れていくダンジョンの製作者。
今回の事件の、すべての仕掛け人。
かつて、魔王軍四天王で、第一位という頂点の地位を与えられていた者。
その名を、トリンキュロ・リムリリィという。
「良かったのであるか?」
背後に立つ影……最上級悪魔の一体が問う。
トリンキュロは、くるくると回していた日傘をぴたりと止めて。その代わりに自分がくるりと可愛らしく振り返って、問い返した。
「ん。何が?」
「今、我々が動けば、魔王様の器の確保も難しくないはずである。これは、絶好のチャンスである」
「んん……まあ、それはそうなんだけどね。ただ、ジェミニのヤツがいろいろ先走っちゃったせいで、こっちの予定が狂っちゃったからさ。あと、ボクも一応世間的には死んでることになってるし」
そういうの、表面上だけでも合わせないとね、と。
トリンキュロは嘯いた。
おそらく、顔を顰めているであろう背後の最上級悪魔に向けて、少女は続けて言葉を紡ぐ。
「いやあ、だってさ。魔王軍の四天王が生きてたなんて知れたら、やっぱりまずいでしょ。表向きだけでも、王国が討伐部隊を差し向けてきたら最悪だし。いやだよ、ボク。グレアム・スターフォードみたいな素の実力だけで最強張ってるバケモノ騎士団長の相手するの。きみたちだって、面倒極まりないでしょ」
「それは、そうであるが……」
「魔王様亡き今、ボクたちって存在そのものが厄ネタみたいなところあるからさぁ。元四天王で、のうのうと生存を許されているのなんて、それこそあの死霊術師くらいものだって……」
「たしかに。そんな存在は、わたくしくらいのものですわよねえ」
割って入る、声があった。
それは、どこまでも甘ったるい声であった。
いつの間にそこにいたのか。いつの間に、彼らの背後を取っていたのか。
「おひさしぶりです。トリンキュロ・リムリリィ」
場違いなナース服の女が、服装に似合わない完璧な礼をする。
元魔王軍四天王、第二位。
この世界を救った勇者パーティーの死霊術師。
リリアミラ・ギルデンスターンが、そこにいた。
「まあまあまあ! トリンキュロだけでなく、最上級が三人も揃っていらっしゃるなんて。ジェミニが二人でがんばっていたのがバカらしくなる大盤振る舞いですわね〜!」
背後に立つ影たちが、揃って身構える中で。
ただ一人。トリンキュロだけは、笑顔でその声に応じた。
「わぁ! ギルデンスターン!」
手にしていた日傘を放り出して、トリンキュロはリリアミラの体に抱きついた。布を隔てていてもわかる豊満な双丘が、やわらかい頬の圧力を受けて歪む。
トリンキュロはそれに顔を埋めながら、満面の笑みを浮かべた。
リリアミラもまた、自分の胸に飛び込んできた少女の頭を優しく撫でる。
それは両者にとって、かつての仲間との感動の再会であった。
「ギルデンスターン! ギルデンスターンだ! うわあああ! ひさしぶり!? 元気だった? 最近どう? ご飯はちゃんと食べてる? この服なに? 全然似合ってないけど、すっごくかわいいね!」
「ええ、トリンキュロ。あなたも、相変わらずですわね。お元気そうでなによりです」
「うん! この通り、世界が救われても、魔王様がいなくなっても、ボクはピンピンしてるよ」
「ええ、ええ。本当に」
互いの体に触れ合ったまま。
再会を喜ぶ口調のやわらかさも、その一切が変わらぬまま。
「──
「──
元魔王軍四天王の、第一位と第二位。
かつて、世界の滅びに最も近い席に座っていた二人は、互いに絶対的な嫌悪を顕にする。
かつて仲間だからといって、それは手を取り合う理由にはならない。
周囲に立つ三体の最上級悪魔たちは、その圧力から距離を取るようにして、一歩退いた。
「火山の噴火口にあなたを押し込んで、体が溶け落ちる醜い断末魔までしっかり聞き届けて差し上げたというのに……まさか、まだ生きていたなんて。わたくし、己の生き汚さについては並ぶ者はいないと自負しておりましたが、あなたの前ではそれも返上したくなりますわね」
「光栄だね。殺しても死なないギルデンスターンにそう言ってもらえると、ボクも自信が湧いてくるよ」
「また性懲りもなく勇者さまに負ける自信、ですか?」
問いに答えはなかった。
ただ、唐突に。リリアミラの頭が、脆い人形のように吹き飛んだ。首を奪われたナース服の胴体が、地面に倒れ込む。
トリンキュロは、小さな手に付着した濃厚な血の色を一瞥して、大きくため息を吐いた。
「……あ、先に手を出しちゃった」
そして、四秒でリリアミラ・ギルデンスターンの体は再生する。
何事もなかったように起き上がって、死霊術師はやれやれと首を横に振った。
「本当に、相変わらずですわねえ」
「そっちこそ。相変わらず気持ち悪い魔法だね」
「失礼な。そこはきちんと、美しいと言っていただかないと」
「うーん。何言ってるか、よくわからないなあ」
嫌いな相手との、中身のない会話ほど無駄なものもない。
トリンキュロは地面に落とした日傘を拾い上げて、リリアミラに問いかけた。
「それで? 一体何の用かな、ギルデンスターン」
「いえ、べつに用というほどの用もありませんが……近くにいるのなら、昔馴染みの顔くらいは見ておこうと思いまして」
それに、と。
言葉を繋げて、リリアミラは形の良い唇に、指を当てる。
「勇者さまと魔王さまの心躍る迷宮大冒険に、水を差されては困りますので、釘を差しに参りました。騎士さんや賢者さんでは、あなた方の相手は骨が折れるでしょう?」
「……へえ。じゃあ、今からボクたちがあの迷宮に突撃して、きみたちをみーんな殺して、魔王様を奪うって言ったら……どうする?」
「もちろん、止めます」
「そっかあ」
即答。
中身のない会話は、意味のある宣戦布告に変わった。
「じゃあ、止めてみなよ」
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