勇者と先輩の再会

 目が覚めると、青い髪の毛が視界に入ってきた。


「あ、師匠」

「おはよ。勇者」

「おはようございます」


 体を起こして、周りを見る。

 おれと師匠以外に、目覚めた人はいないらしい。他の冒険者はもちろん、騎士ちゃんや賢者ちゃんすら、すやすやと寝息をたてている。


「どうです、師匠? 起こせそうですか?」

「いや、自力で目覚めないと、多分無理」


 ですよねー。

 まあ、なんとなくそんな感じだろうとは思っていた。


「師匠はどんな夢見てたんですか?」

「殴り合い」

「バイオレンスですね」


 流石はおれの師匠だ。自力で目覚めただけでなく、夢の中でも殴り合いを楽しんでいたなんて、ちょっと強すぎる。


「勇者は?」

「え?」

「そういう勇者は、どんな夢見てたの?」

「あー」


 腕を組み、十秒ほど考えて、おれは口の前に人差し指を立てた。


「ごめんなさい。秘密です」

「……」


 うわ。

 師匠がものすごく賢者ちゃんみたいな目でこっちを見てきた。要するにジト目である。


「…………」

「痛い痛い。痛いです。お願いですから、無言のままおれの脛蹴らないでください」

「起きていたのが、わたしだけでよかった。騎士や賢者だったら、殺されていても文句は言えない」

「なんでですか!?」

「自分の胸に聞くべき」


 そんな言い合いをしながら、みんなの体を安全そうな場所に運んで集める。


「さて、動けるのはおれと師匠だけになっちゃいましたね。どうしましょうか?」

「これは十中八九、魔法による攻撃。本体を叩くのが、早い」

「ですね。何らかの方法で魔法効果を拡張しているのか」

「もしくは、このダンジョンそのものが魔法を持っているのか」

「いやいや師匠。そんなまさか……」

「このダンジョン。作ったのは、アイツ」

「……はい。ちょっとありそうですね」


 否定できないのが最悪だ。

 ほんとに、まじで死んでくれないかな、あの四天王第一位。まあ、もう死んでいるのだが……。


「やっぱり早く下に潜って、本体を叩こう」


 やっぱそれしかないよなぁ。

 騎士ちゃんや賢者ちゃんには悪いが、もう少し待っていてもらうしかあるまい。

 何か、手っ取り早いショートカットの手段があれば良いのだが……。


「あ」

「どうした? 勇者」


 膝をついて、コンコン、と。岩盤の音をチェックする。

 思った通り、上の階層よりもこのあたりの床は少し薄そうだ。


「師匠」

「なに?」

「ちょっと、地面とか砕いてみません?」



 ◇



「……何故だ。なぜだ……っ!?」


 迷宮は、絶叫していた。


「覚めるな……私のっ! 私の夢から勝手に目覚めるなァ! クソがっ!」


 あくまでも仮の体として形成したヒトガタで、髪のない頭を掻き毟りながら、瞳の欠けた目玉を見開き、舌のない口を震わせて絶叫する。

 もう人ではないはずなのに、それは人間ではない姿でどこまでも人間臭い怒りを発露させながら、全身を震わせて叫びを撒き散らす。


「魔法が、私の魔法が、破られるなんて……そんな、そんなバカなことがあってたまるかっ!」


 魔法とは、触れた対象を認識することではじめて発動する。

 逆に言えば、触れてさえいれば対象を認識できるということ。

 それの肉体は迷宮そのものであるが故に、自身の魔法が二人に破られたことを、正しく認識していた。

 屈辱である。

 彼女が、トリンキュロ・リムリリィが褒め称えてくれた己の魔法を破られることは、その迷宮にとってなによりも屈辱であった。

 魔法があり、心があるからこそ、迷宮は激しく憤っていた。


「……まあ良い。時間は、稼いだ」


 声の調子が、元に戻る。

 そう。目的は、あくまでも魔王の残滓の確保。べつに、世界を救った勇者を倒すことではない。

 焦る必要はない。自分はただ、あの方から賜った命令を忠実に遂行すれば良いだけだ。

 ヒトガタは、目の前で倒れ伏したままの赤髪の少女を抱き上げようとして、


「あ?」


 抱き上げるための両腕が切り裂かれていることを、ようやく認識した。


「ふぅ……よく寝た」


 頭を抑えて、呻きながら。

 それでも、魔王の少女を守るようにして立つ、一人の剣士がいた。


「くっそぉ……斬るのに、ちょっと時間かかっちゃった」


 幻想の魔法から抜け出した、三人目が……イト・ユリシーズが、そこにいた。


「貴様、なぜ……」


 まさかこの女も。あのイカれた勇者パーティーと同じように、強烈な自我を以て幻想の魔法から抜け出したのか? 

 主語の欠けた問いかけに対して、しかしイトは首を横に振った。


「ん? いやいや、今言ったじゃん。ワタシとしたことが、不覚にもキミの魔法食らっちゃったからさ。すごく良い夢見させてもらって、いつまでも浸っていたくなったけど……そんなわけにはいかないし」


 ひらひらと。

 両の手も一緒に振って、イトは屈託なく笑う。


出てきちゃった」


 斬った? 

 魔法を? 

 幻想を? 

 形もないのに? 

 ヒトガタは、仮の体が震えるのを自覚した。

 ぶちり、と。

 迷宮の心の中で、文字通り。何かがキレる音がした。


「──勝手に魔法を斬るなァ!」

「うるさいな」


 三度、手刀による斬撃。

 首を落とされたヒトガタは、先ほどと同じように胴体と元通りに繋ぎ合わせようとして……しかしそれがもうできなくなっていることに気がついた。


「な、なぜ……?」

「キミの斬り方も、わかってきたよ」


 そもそも、と。言葉を繋げて、イトは落ちた首を見下ろす。


「一度斬り落としたモノが、またくっついたらダメでしょ? だって、それじゃあことにならないもん」

「……だとしても!」


 イトの周囲。地面や壁を問わず、あらゆる場所から這い出るようにして、新たなヒトガタが数えきれない群れとなって、イトと赤髪の少女を包囲する。

 魔法による切断。それによって再生すら妨げられるのであれば、再生を取りやめて、数を用意すれば良いだけのこと。


「うわ……多いなぁ」

「お前がいくらモノを斬れようが、そんなことは関係ない! 私の体はこの迷宮そのもの! ダンジョンに足を踏み入れた時点で、お前たちは私の胃袋の中に進んで入った獲物と同じだ!」

「じゃあいいよ。その胃袋、喰い破ってでも出るから」

「できると思うか!? この数を前にして! お前は無事でも、その少女を守り切れるか!? そんな方法がお前にあるのか!?」

「うん。全部斬る」

「……吠えたなァ! 人間!」


 迷宮が蠢く。イトが構える。

 だが、両者の戦端が開かれることはなかった。

 次の瞬間。天井が凄まじい轟音と共に砕け散り、直上から二人分の人影が降ってきたからだ。


「あいてて……師匠、もうちょっとやさしくできないんですか!?」

「それは無理。フルパワーで殴ったら、こうもなる」


 土煙が晴れる。

 砂埃をはらいながら、ゆったりと立ち上がった大きい人影が、イトの方を振り向く。顔が見える。

 息を呑んだ。


 ────覚えているよりも、ちょっと髪が伸びたかもしれない。


 まるで、時間が止まったように感じられた。


「あ、先輩。おひさしぶりです」


 彼は、少し困ったような表情で笑った。

 どんな顔をすればいいのか、わからないようだった。

 とはいえ、それは自分も同じようなものだ。

 イト・ユリシーズも、釣られて困ったように微笑んだ。


「ひさしぶり。今日はちゃんと服着てるじゃん」

「ええ。勇者ですから」

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