勇者と土竜の共同戦線

「そんなわけで、土竜のリーダーが騎士学校でお世話になった先輩だったから、協力してダンジョン攻略することになりました。はい、みんな挨拶して」

「なるほど」

「勇者さんの先輩さんですか」

「これはこれは」

「よろしくお願いします」


 勇者の紹介を受けて、とても礼儀正しく、四人の賢者たちが礼をする。

 しかし、ジルガ・ドッグベリーはそんな彼女たちと勇者を見比べて、顔を引き攣らせた。


「おい。クソ後輩」

「なんですか先輩」

「オレには同じ顔の女の子が四人いるようにしかみえねぇんだが?」

「はい。ご覧の通り同じ顔の女の子が四人います。全員同一人物です」

「勇者パーティーの賢者は増える……いや、噂で聞いたことはあったが……」

「はい。まったくもってそのままの意味ですね。ご覧の通り増えています」


 ジルガは深く息を吐いて、天を仰いだ。

 頭が痛くなってきた。深く考えたら負けな気がする。なにせ、相手は世界を救ったパーティーである。このように、常識が通じないこともあるだろう。


「スカロプス隊長、ジルガ・ドッグベリーだ。ここの仕切りをやらせてもらってる」

「ご丁寧にどうも。ご紹介に預かりました。勇者さんのパーティーで賢者をやってます。シャナ・グランプレです。とはいえ、あなたの横にいるほほんとしたリーダーには名前が聞こえないので、私のことは適当に役職名でお呼びください」

「ああ、了解したぜ。賢者殿」


 敬称を添えると、フードの下のきれいな翠色の瞳が、目に見えて丸くなった。


「見かけよりも理知的な方のようですね。安心しました」

「おう。よく言われるよ。それで? そちらの進捗は?」

「そうですね。三層までのマッピングはそろそろ終わると思いますよ」

「あ?」


 ここ数日の労力を一瞬で無に帰すような簡潔な報告を聞いて、ジルガは耳を疑った。


「浅い階層の探索は地元のパーティーに任せていますが、それぞれのパーティーに一人ずつ私が同行して、探索と並行して情報共有を行っています。私が何人かいれば、顔を突き合わせてそれぞれがマッピングした地図を確認するような手間はすべて省けますので、早いものです」


 勇者パーティーの有能な賢者は、ダンジョン攻略においても恐ろしいほどに有能だった。存在そのものがズルと言っても過言ではない。

 ジルガは勇者の方に振り向いて言った。


「おい。クソ後輩。この賢者殿、ウチに三人くらいくれ。正直、めちゃくちゃ欲しい」

「だめですよ先輩」

「ふふん。私は高いですよ? ですが、報酬によっては前向きに検討して差し上げます」

「だめだよ賢者ちゃん」


 と、アホなやりとりをしている間にも、入口の方から帰ってきたパーティーの歓声が上がる。


「アニキっ! ただいま戻りやした!」

「おう。どうだった?」

「それがすげーんですよ。これ見てくださいよ!」


 ずるずる、と。

 人をそのまま数人程度なら飲み込めそうな巨大極まる大蛇を引きずって、青い髪色の幼女が顔を出す。


「勇者、みてみて。でっかい蛇、いた。倒した!」

「おお! 流石です、師匠!」

「えへん」

「……?」


 よしよし、と。

 勇者は特に驚きもせず、にこやかに称賛の言葉を口にする。

 ジルガは後輩の肩を叩いた。


「なんですか、先輩」

「あれはなんだ? オレには幼女が片手でデカい蛇を引きずってきたように見えるんだが……」

「はい。あれは片手でデカい蛇を引きずってきた幼女です」

「説明放棄すんな」

「かいつまんでご紹介すると、おれの師匠です。見た目より年齢は百回りくらい上なので、あんまり年齢ネタは振らないでくださいね?」

「なんで?」


 情報量が多い。本当に多い。脳がパンクしそうだ。


「む、勇者。この人は?」

「おれが騎士学校でお世話になっていた先輩です。さっき偶然再会したんですよ」

「ふむ? なるほど。はじめまして、私、ムム・ルセッタ。うちの勇者が、お世話になってる。気軽に、武闘家とでも呼んでほしい」

「ああ、これはすいません。どうも……」


 幼女と頭を下げ合うジルガ。

 そろそろ、これはもう深く考えたら負けだなという諦めが芽生え始めていた。


「あらあら、勇者さま。お知り合いの方ですの? わたくしにもぜひ紹介してくださいまし」

「あ、先輩。こちら、死霊術師さんです」

「おいクソ後輩」

「なんですか先輩」

「オレにはナース服を着たナイスバディなお姉さんしか見えないんだが?」


 ナース服を着たナイスバディなお姉さんをちらちら横目で見ながら、ジルガは言う。


「はい。そちらのナース服を着たナイスバディなお姉さんが死霊術師さんです」


 この後輩、どういう基準で仲間集めをしていたのだろうか? 

 ジルガは少し心配になってきた。


「わたくし、勇者パーティーで死霊術師を務めております、リリアミラ・ギルデンスターンと申します。よろしくお願いいたしますね?」


 ふざけた見た目に反して、丁寧で整った所作である。

 礼を返してから、ジルガはリリアミラと握手を交わした。


「リリアミラ・ギルデンスターン……あんたが、そうか。噂はいろいろ聞いてるぜ」

「あら〜! 照れますわね!」

「まさかダンジョン攻略にナース服を着てくる変人だとは思わなかったが……」

「あら〜! そんなに褒めないでくださいまし!」

「おい、クソ後輩。この姉さんはいつもこんな感じなのか?」

「はい。いつもこんな感じなので諦めてください」

「そっか……」

「これでもパーティーの中ではかなり常識人なんですよ?」

「お前、学校入り直して常識って言葉の意味もう一度学び直してこい」

「いやぁ、一年目で追放されたからもう一度通い直したいですよね」


 馬鹿な会話を繰り広げていると、今度は入口とはまったくの別の方向の壁面が粉々に吹き飛び、粉塵と煙の中から一人の騎士が現れた。


「ごめーん! 手加減できずに壁ごと壊しちゃった!」


 蒼銀の鎧に、両手に大剣。足元に転がっている黒焦げのモンスターはすでに原型を留めておらず、ぴくりともうごかない。それを蹴飛ばしながら、女騎士は頭兜のフェイスガードを引き上げた。

 ようやく出てきた見知った顔に、ジルガはほっと息を吐く。


「あれっ……!? 先輩!? ジルガ先輩じゃないですか!」

「おう。ひさしぶりだな、バカ後輩。元気してたか?」


 勇者はクソ後輩。アリアはバカ後輩。

 とりあえずは、そういう呼び分けでいいだろう。

 驚いているバカ後輩を尻目に、クソ後輩がジルガを見てニヤリと笑う。


「それじゃあ、先輩。メンツも一通り揃ったことですし」

「ああ。最下層まで最速で攻略すんぞ」

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