先輩への状況説明

 意外な再会というのは、いつも突然やってくるものだ。

 ひとしきりの事情を説明し終えると、おれが学生時代に大変お世話になった騎士学校の先輩は、腕を組んだまま頷いた。


「なるほど。つまりまとめると、こういうことだな? お前は元魔王の女の子をひろって、情報収集を兼ねながらパーティーの仲間たちを集めていたが、黒幕の最上級悪魔と戦っている内にギルデンスターン商会の空中輸送船を一隻丸ごと潰してしまい、そのまま見知らぬ場所に落っこちて、今いる場所がどこかもわからず、無一文になってしまったが故に帰るための金を稼いでいた、と」

「はい! まさしく、そんな感じです」

「情報量が多すぎだバカタレが!」

「痛い!」


 先輩に頭をはたかれるのは、ひさしぶりの感覚だ。なんというか、ある種の懐かしさすら感じる。昔は、よくこの面倒見の良い先輩に小言を言われながら、生徒会の仕事をこなしたものだ。ああ、懐かしい。

 先輩の後ろでは、サイドテールが印象的な快活なイメージの美人さんが顔を手で覆いつつ、指の隙間からおれの上半身を見詰めている。


「はわわ……ほ、本物の勇者サマっす……! ほ、本物の勇者サマの裸の上半身が目の前に……ッ! やばいっす」

「先輩、こちらの方は?」

「ウチの副官だ、気にすんな。つーか、おめーはまず服を着ろ」

「おれの上半身に恥ずかしいところなんてありませんが?」

「……」

「いや冗談ですよ先輩。剣抜こうとしないでください」


 せっかく数年ぶりに再会したのだから、おれの勇者ジョークを楽しむ度量の広さを見せてほしい。


「ていうか、先輩の方こそこんな所で何やってるんですか?」

「ここの隊長はオレだ、アホタレ。今はこの『スカロプス』っつうダンジョン攻略専門パーティーの、雇われリーダーをやってる」

「ははぁ……先輩、妹さんの治療のために騎士団やめたのは聞いてましたけど、こんなところに再就職してたんですね……」

「ほっとけ。あと、早く服を着ろ」

「はい」


 仕方ないのでいそいそと服を着込んでいると、先輩は頭を抱えて深く深く溜息を吐いた。


「おめー、王都の方で今、どんな騒ぎになってるか何も知らねぇだろ?」

「え? どうなってるんですか?」

「消えた勇者! 世界を救った英雄、謎の失踪! 王都の新聞はそんな見出しの記事でもちきりだ、バカが! 権力を握ることを目的とした貴族の陰謀だの、隣国に身柄を確保されただの、魔王が復活しただの、とにかくアホみたいな噂を挙げ始めたらキリがねぇ!」


 うわぁ……予想していなかったわけではないけれど、何かそこそこ大事になってるみたいだなぁ。大変そうだ。しかも「魔王が復活した」という部分だけ、ちょっと合ってるのがなんかおもしろい。


「とにかく、お前は早く王都に戻って自分が無事であることを伝えろ。めんどくせぇが、オレたちが転送魔導陣のある街まで護衛して送ってやる。そこから先はお前のとこの賢者様がなんとかしてくれんだろ」

「え! でも隊長! そしたらこのダンジョンの探索が……」

「うるせぇ。勇者の無事を世界に伝える以上に大事なことなんかねぇだろが!」


 先輩、相変わらず面倒見が良いなぁ……。なんだかんだいってやさしい人だ。

 しかし、おれは首を横に振った。


「いや、でもすぐに帰るわけにはいかないんですよね」

「あ? なんでだよ。何か気になることでもあんのか?」

「いや、実はさっき説明した魔王っぽい感じのいろいろあった女の子が、今このダンジョンに潜ってるらしくて……」


 おれの簡潔な説明に、ジルガ先輩の表情が目に見えて青くなった。


「それは……まずいな」

「はい。おれも強いモンスターとかに襲われてないか心配で、だから強引に入口こじ開けて、うちのパーティーで捜索を……」

「そうじゃねぇ」

「え?」


 学生時代から愛用している武器の双剣を手に取って、先輩は立ち上がった。


「お前、このダンジョンを作ったのが誰か、まだ知らねぇだろ?」

「あ、はい」

「四天王の第一位だ」


 思わず、絶句する。

 そして、先輩はさらに重ねて言った。


「しかも今回、ここに遠征に来てるのはオレたちだけじゃねぇ。王都から第三騎士団も来ている」

「第三って、まさか……」

「あぁ。こんなところで、呑気に同窓会する羽目になるとは思ってもみなかったが……」


 頭の中に浮かぶのは、もう一人の先輩の顔。

 かつて、おれと同じように勇者を目指し、誰よりも魔王を倒すことに執着していた、あの人の横顔。


「オレたちのも、ダンジョンの中だ」

「そ、それは、つまり……」

「ああ。何の事情も知らねえまま、その子が魔王であることを知ったら……斬りかねえぞ。あの人は」


 赤髪ちゃんが、危ない……! 

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