とある土竜の驚愕
待つ側というものは、いつも暇なものである。
「で、進捗はどうなんだぁ?」
ダンジョン近くに設営されたベースキャンプ。その中で、男は欠伸を噛み殺しながら長い脚を組んでいた。
「悪いっす」
彼の問いに、副官の女は端的に一言で答えた。が、さらに続けて、ヘラヘラとサイドポニーを揺らしながら言葉を繋げる。
「こんなに探索の進捗が悪いのは、ウチが『スカロプス』に入って以来なんじゃないすかねえ。まあ、だからこそ、こんな地図にも載ってないような辺境の土地に来たかいがあったとも思いますけど。探索が難しいってことは、それだけデカい案件の証明ってことでしょう? がんばればお宝ザックザク! ザックザックっすよ! がんばりましょうね! 隊長!」
話が長い。
「……デカいのは結構だが、成果がなけりゃあスポンサーさまは満足しねえぞ」
スカロプス。それが、彼が現在率いるパーティー集団の名前である。
冒険者たちからは俗に土竜とも呼ばれるスカロプスは、その言葉通り貴族や商人などをスポンサーに持つ凄腕たち……ダンジョン専門の攻略者集団だ。しかし、後見人がいるということは、当然成果を求められるわけで。資金援助を受けている以上、手ぶらでは帰れない、というのが実情だった。
「一応、タイモンのチームが三層まで潜ってるっす。装備の消耗がひどいとかで、今はベースキャンプまで戻って休息を取ってます。準備ができ次第、再アタックをかける予定ですね」
「わかった。いつも通りルートの共有は全チームにさせろ。それと、浅い階層の情報は地元の冒険者にも開示してやれ」
「いいんすか?」
「こっちは他所者だからな。それくらいはあちらさんの顔も立ててやるべきだろ」
「浅い階層を隅々まで漁るのは面倒だから、お前らうまく使ってやるって言えばいいじゃないすか」
「バァカ。こういうのはな、道理と建前を使い分けていくのが大事なんだよ」
ダンジョンを見つけては出張ってくる土竜は、その土地の人間や冒険者から嫌われることも多い。気を遣わなくてもいいことではあるが、しかし気を遣っておけば回避できるトラブルは、事前に回避するに限る。
歳を重ねるにつれて学んだ処世術の一つだ。しかも厄介なことに、今回気を配らなければならない相手は、一つだけではない。
「それで、騎士団の方は?」
「動いてる気配なしっす。今来てるのは『第三』でしたっけ? 少人数で遠征してるみたいですし、団長がいなくなって困惑してるんじゃないですかね?」
「……ったく、本当にあの人は」
「あ! 隊長はあちらの騎士団長さんとお知り合いでしたっけ?」
「あぁ。騎士学校の先輩だ」
「眼帯が目立ってましたけど、すっごいきれいなお姉さんでしたよね〜! どんな方なんです?」
「……あー、天然という概念の塊?」
「いやほんとにどんな方なんです?」
その通り、としか言いようがないのが困り物である。
そのままで第三騎士団の団長まで登り詰めてしまったのだから、本当に大したものであるとも言えた。
「タイモンのチームの準備が済み次第、オレも出る」
「えー、隊長も出るんですか?」
「なんだぁ? 不満か?」
「隊長が出るなら、ウチも付いていかなきゃいけないからめんどいっす」
「それくらいは我慢しろ。給料分はちゃんと働け」
言ってから、使い慣れた双剣を手に取る。
ダンジョンの探索速度は、先陣を切って潜るパーティーの練度によって、大きく左右される。各階層のモンスターを避けながら進むことももちろんできるが、倒して進んでいった方が間違いなく効率は良い。その方が必然、後続パーティーが探索する安全も確保される。
スカロプスに所属しているパーティーは、情報を共有し、互いの得意分野も把握しているので、足並みを揃えやすい。頭数の多い大規模攻略集団の強みである。
「今回のダンジョン。無駄に広い規模も厄介だが、表の碑文に刻まれていた名前も厄介だ。用心はしておくに越したことはねえ」
「ああ。トリンキュロ・リムリリィ……魔王軍の四天王っすね。どんなヤツだったんですか? ウチらの世代だと、名前くらいしか習ってないですけど」
「何度も同じこと言わせんな。その名前だけでも、とびっきりの厄ネタだ」
魔王軍、四天王第一位。
その名は『色喰い』の異名と共に知られている。
「単純に、魔王軍の中で一番多くの人間を殺してきたのが、リムリリィだ。時代が違えば、アイツが魔王と呼ばれていても何も不思議じゃなかった」
「ひえー。ウチ、そんなヤツと絶対戦いたくないっす。そんなヤツをぶっ倒した当時の勇者サマってほんとすごかったんすねえ」
「……まあ、オレから見たらただのクソ後輩だったけどなぁ」
「あ。隊長は勇者サマとお知り合いですもんね! 騎士学校の後輩さんでしたっけ?」
「そうだ。昔の話だがな」
「いやいや、勇者サマとお知り合いなんて憧れるっす! マジリスペクトっす!」
しかし、そこまで言ってからお調子者の部下は「あ……」と何かに気づいたように、顔を伏せた。
「す、すいません隊長。今、勇者サマ行方不明っすもんね。心配ですよね?」
「あぁ? あのバカの心配なんざ馬鹿らしくてしたことねえよ。どうせ、どっかで馬鹿やってるに決まってるからなぁ。ああいうバカは殺しても死なねえんだよ」
「おお。信頼ってヤツっすね!?」
「昔を知ってるだけだ」
それが勇者というものだ、と。そこまで言って説明してやるのも馬鹿らしくなって、彼は立ち上がった。
「おら、そろそろオレらも行くぞ。準備しろ」
「あいーっす」
「隊長! 副隊長! 失礼します!」
しかし、そこで入ってきたのは、先鋒を務めるチームの一つの率いる部下だった。
「どうしたぁ? 何かあったか?」
「そ、それが。我々が発見した出入り口とは別に、地元の冒険者たちが勝手に別の出入り口を掘削して作っているようでして。その……非常に申し上げにくいのですが、漏れ聞こえている話では、既に四層までの直通ルートを確保した、と」
「あ?」
「それと……地元の冒険者たちを束ねている半裸の不審者が、あろうことか勇者を名乗っているようでして」
「あぁ?」
情報量の多さに戸惑っている間に、べつの部下がテントを引き上げて入ってくる。
「隊長! ジルガ隊長! ご報告します!」
「今度はなんだぁ?」
「いえ、それが。勇者を名乗る半裸の不審者が、ジルガ隊長にお会いしたいと」
「すいません。失礼しまーす」
そして、二人の部下をかき分けるように入ってきたのは、彼……ジルガ・ドッグベリーが忘れようとしても忘れられない、見覚えしかないクソ生意気な後輩の顔だった。
「あれ……先輩!? 先輩じゃないですか!? こんなところで何してるんです!?」
「……おめーの方こそ、こんなところで何してんだぁ。バカ勇者」
スカロプス隊長、ジルガ・ドッグベリーは、絶賛行方不明中の世界を救った勇者に向けて、吐き捨てた。
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