赤髪ちゃんの魔王っぽい進撃
ふふん。迷いました。
ここは一体どこなのでしょう?
いえ、厳密に言えばわたしは迷っていません。自分が今いる場所がダンジョンの中であることは、きちんと把握しています。だから、迷ってないと言えば迷ってないと言えます。やはりわたしは迷っていないのではないでしょうか? そんな気がしてきました。よし、わたしは迷ってない。そういうことにしておきましょう。
「……うーん」
とはいえ、まさかダンジョンの中というものがここまで広いとは。まったく予想していませんでした。
地下迷宮、という説明から薄暗い洞窟のような場所を想像していたのですが、実際に来てみると天井は高く広く、おまけに中も昼のように明るいのです。
どうやら、辺り一帯に生えている苔のようなものが発光しているようです。不思議ですが、松明も火の用意もしてなかったので、正直助かりました。
「……ううーん」
しかしながら、すべてが思い通りというわけにはいきません。
馬車に潜り込んでダンジョンの入口まで来たのは良いのですが、中に入りたいと言っても、冒険者のおじさんたちは鼻で笑うばかりで取り合ってくれませんでした。仕方がなかったので裏に回ってみると、良い感じに入れそうな別の穴があったので、お師匠さんに習った技で岩を砕いて出入り口を確保。これに関しては、最近朝練をがんばっておいてよかったと思いました。
そんなこんなでダンジョンの中に入り、適当に進んでみた結果が今なわけですが……正直お手上げです。どこに向かって進めばいいのか、どうやって下の階層に降りればいいのか。さっぱりわかりません。
ですが、捨てる神あれば拾う神あり。途方に暮れるわたしの耳に、複数人の声が聞こえてきたのは、その時でした。
「急げっ! はやくしろ!」
「ま、まって……置いてかないで!」
「死にたくねえ! こんなところで死にたくねぇよ!」
むむっ!
ちょうどいいところに人の気配!
「すいません! そちらのみなさん!」
「あっ!? 嬢ちゃんも冒険者か!?」
「なにボサッと突っ立ってんだ!? すぐに逃げろ! ヤツがくる!」
「……ヤツ?」
見るからに疲弊した様子でこちらに走ってきた男女三人組の冒険者のみなさん。その背後の壁が、次の瞬間に吹き飛びました。
鼻を突く、生臭い匂い。鼓膜を切り裂くような咆哮。
「……おー」
例えば、トカゲをそのまま大きくしていろんな場所をトゲトゲさせたような。
そんな感じの大きなモンスターが、壁を突き破って現れました。
「は、はやく逃げろぉ! お嬢ちゃん! そいつは『メイルレザル』だ! 数人で敵う相手じゃねえ!」
そうは言われても、今から走って逃げるのはちょっとむずかしそうです。
ギョロリ、と。大きな目玉が、こちらを向きました。気のせいでしょうか。なんだか、目をつけられた気がします。
わたしは、深呼吸しました。落ち着くのです。クールになるのです。
こんな時は、騎士さんに習ったことを思い出します。騎士さんは、もっと大きくて凶暴な面構えの四足獣を焼き尽くしながら言っていました。
────いい? 赤髪ちゃん。でっかいモンスターは、まず目玉を潰すか、脚を切るといいよ! とりあえず動きを鈍らせれば、ぐっと倒しやすくなるからね! それでだいたい殺せるよ!
まずは、目玉か脚です。脚は、鎧のような鋭い鱗がギラついていて、いかにも硬そうです。
わたしの体を丸ごと飲み込んで砕くために、そのトカゲ……メイルレザルとやらは、真っ直ぐに大口開いて突っ込んできました。
なので、わたしはとりあえずその突進を横に避けて……手首を目玉の中に突き入れてみました。
「……は?」
「な……?」
「……うそ」
うぅ……気持ちの悪い感触です。
一目散に逃げようとしていた三人組の冒険者さんたちが、目を点にしてこちらを見ていました。
一拍、遅れて。怪物の喉笛から、痛みを吐き出すような絶叫が響きます。
「……むぅ。うるさいですね」
次に、賢者さんから習ったことを思い出します。賢者さんは、空から襲ってくる怪鳥を杖の一振りで次々に撃ち落としながら、言っていました。
────いいですか? 赤髪さん。あなたには魔術の才能がありますが、経験と知識が不足しています。もし、モンスターに襲われるようなことがあれば、自分の属性をどう出力するか……そんな難しいことは考えずに、とりあえず体の中の魔力を絞り出す感覚で、ぶつけてみてください。多分、大抵の敵はそれで死にます。
手の中に、魔力を込めます。わたしは魔導式を覚えていないので、きちんとしたきれいな魔術を撃つことができません。
なので、賢者さんのアドバイス通り、手の中でぐるぐると渦巻くそれを、とりあえず頭に叩きつけてみました。
結果、なんかトカゲの頭が吹き飛びました。
「……え?」
「死んだ……?」
「……い、一撃?」
よし……なんとか倒せました。騎士さんと賢者さんの的確なアドバイスのおかげです。
勇者さんたちが相手にしていた本物のドラゴンに比べれば小虫のようなサイズだったので、なんの自慢にもなりませんが……でも、何事もなく倒せて良かったです!
「すいません。みなさんにお聞きしたいのですが……」
最後に、勇者さんに習ったことを思い出します。勇者さんは、間一髪で助けた他の冒険者の人たちに、手を振りながら言っていました。
──いいかい? 赤髪ちゃん。初対面の相手には、まずは笑顔で話しかけよう。赤髪ちゃんの笑顔には、人を安心させる魅力があるからね。
スマイル。そう、スマイルです。
顔を引き攣らせている、冒険者の皆さんに向けて。
頬にこびりついた返り血を拭いながら、わたしは仕留めた獲物を片手で持ち上げて、聞きました。
「わたし、お腹がペコペコで……このモンスター、どうすれば美味しく食べられますか?」
◇
元魔王の赤髪少女が、人生最初の獲物を仕留めて美味しく食べる方法を模索していた、その頃。
開拓村からダンジョンに続く道を爆走する、一台の馬車があった。
「急げぇ! おいハゲぇ! 急げぇ!」
「兄貴っ! これでも充分とばしてるっすよ!」
「馬鹿野郎! 赤髪ちゃんが危ないんだぞ!? もっととばせっ!」
手綱を握るハゲの首を、勇者は必死の形相で締め上げる。
「やれやれまったく……まさか一人でダンジョンに突っ込むとは」
「いやあ、意外と赤髪ちゃんもやんちゃなところがあったんだねえ」
「うむ。はじめてのお使いのようなもの。成長を感じる」
賢者が溜息を吐き、騎士がのほほんと笑い、武闘家が頷く。
「言ってる場合かぁ!? 早く迎えに行かないと!」
「焦っても到着は早まりませんよ、勇者さん」
「そうだよ勇者くん。案外、入口近くの小屋で食べ歩きとかしてるかもよ?」
「うむ。あるいは、モンスターを自力で狩って調理してるかもしれない」
「そんなわけないでしょ!?」
わいわい、がやがや。
他のパーティーメンバーが騒がしい中、死霊術師は出発前にギルドから預かったメモを見た。そこには、現時点で判明しているダンジョンの情報が記されている。
発見されて間もない故に、大したことは書かれていない。ただ、正面の入口に遺された碑文から、そのダンジョンの生成に関わったと思われる人物の名前だけは、すでにわかっていた。
目を細めて、舐めるように。その文字の羅列を確認する。
「あらあら、これはまた……懐かしい名前ですわね」
リリアミラ・ギルデンスターンは、誰にも聞こえない声で呟いた。
記述は、たった二行。
────我らが魔の王に、この迷宮と愛の遺産を贈る。
四天王・序列第一位『トリンキュロ・リムリリィ』
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