世界を救ったパーティーのダンジョン攻略

赤髪ちゃんの追放の危機

 わたしの名前は赤髪です。名前はもうあります。

 あることにはあるのですが、滅多に呼ばれることはありません。


「うーん……」

「どうしたんすか、赤髪さん? 何か悩み事でも?」

「あ、ハゲさん」


 宿屋の食堂で腕を組んで唸っていたわたしを心配して、声をかけてくださったこの方のお名前は、ハゲさん。最近お師匠さんに弟子入りした勇者さんの弟弟子さんです。お師匠さんに毎日元気にしごかれながら、勇者さんにしばかれたり、賢者さんにこき使われたりしています。わりと雑な扱いを受けている気がしますが、ご本人が楽しそうなので問題はなさそうです。

 もちろん正確に言えば「バロウ・ジャケネッタ」という立派なお名前をお持ちなのですが、勇者さんやお師匠さんが「おい、ハゲ」「こら、ハゲ」と呼ぶもので、すっかりわたしの方もハゲさんと呼ぶ形で定着してしまいました。やはり人の名前というものは、呼びやすいのも大事なポイントなのでしょう。


「何か悩み事っすか? 俺なんかでよけりゃあ、お話聞ききますよ」


 キラーン、と。歯と頭を光らせながら、ハゲさんは言いました。

 見た目は強面で「ひゃっはぁー!」とか言いそうな感じで、ついでに頭もつるてるてんでピカピカですが、でもハゲさんはとっても良い人です。

 なのでわたしは、正直に悩んでいる内容についてお話することにしました。


「ハゲさん。わたし、実は前々から気になっていたことがありまして」

「はいはい」

「わたし、勇者さんたちに助けていただいて、そのまま流れでご一緒に旅をさせてもらうことになったわけですけど」

「はいはいはい」

「わたし、最近ご飯ばっかり食べてて、みなさんのお役に立てていないんじゃないか、と」

「は……あ。う、うーん……」


 ハゲさんは目をそらしました。明らかに目をそらしました。

 なんでしょう。この煮えきらない態度は。

 わたしは無言のまま、ハゲさんの腕を掴みました。


「ハゲさんもやっぱりそう思ってますよね!? わたしのことをタダ飯食らいの役立たずだと!?」

「言ってない言ってない! 言ってないっすよ!?」

「わたしみたいなご飯をたくさん食べるだけの無能は追放すべきだと!?」

「考えてないし思ってないですから!?」


 ぐぬぬ、と。わたしは歯軋りしました。

 今さら説明するまでもありませんが、わたしを助けてくださった勇者さんたちは、とてもすごい人たちです。

 賢者さんはすごい天才ですし、魔導師です。

 騎士さんはすごく強いし、お姫様です。

 お師匠さんはすごく強いし、長生きな分いろいろなことを教えてくれます。

 死霊術師さんはうるさいです。

 そして、勇者さんは強くてやさしいのです。

 つまり、わたしのパーティーのみなさんはとても最強です。わたしは死霊術師さんを除いて、パーティーのみなさんを心の底から尊敬しています。

 ですが、わたしはそんなみなさんに甘えてばかりで、何もできていません。

 このままでは……


「このままでは、無能なタダ飯食らいのわたしは、パーティーから追放されてしまうかもしれません!」

「いや、それは本当にありえないと思うっすけど……」


 ハゲさんは困ったような、少し呆れたような目でこちらを見てきましたが、わたしは大真面目でした。


「赤髪さんだって、最近は賢者さんのお仕事手伝ったりしてるじゃないすか」

「でも、わたしは賢者さんみたいに五人分の仕事をこなせているわけではありませんし……!」

「普通の人間は五人に増えたりしないんすから、あれは目指さなくていいんすよ」


 そうは言っても、わたしの仕事量がみなさんより劣っているのは、紛れもない事実です。あの胸に頭の栄養が持っていかれてそうな死霊術師さんですら、最近は診療所でせっせと働き、死にそうな患者さんやもう死んでしまった患者さんを生き返らせて、村の中でも大変評判になっていると聞きます。


「どこか、一気にがーっと働いて、ぱーっと稼げる場所はないでしょうか?」

「都のカジノじゃあるまいし、こんな辺境の土地でそんな稼げる場所はないっすよ……」


 ああ、でも、と。

 言葉を繋げて、ハゲさんは後ろを見回しました。


「そういや最近、ウチの村近くでダンジョンが見つかったって話は聞いてますかい?」

「だんじょん……ですか?」

「ああ、そこから説明が必要っすね」


 ハゲさん曰く。

 ダンジョンというのは、聖剣などの高い魔力を持った遺物を中心に形成される、地下迷宮の総称。魔力を生成し続ける遺物を『核』として、空間が歪んで地下に広がっていき、モンスターたちが生息する迷宮が形作られる……とかなんとか。あまり詳しい理屈はよくわかりません。今度、賢者さんに教えてもらいましょう。

 とにかく、ダンジョンでは純度の高い魔鉱石や宝石がザックザクと取れるのだそうです。


「最近、村に流れてくる冒険者やハンターの類いが増えてきたのもそのせいっす。でかいダンジョンが見つかると、その近くに拠点を設営して、腰を据えて攻略することになりますからね」


 さらにハゲさん曰く。

 そういったダンジョンは都の近くでは騎士団が対処にあたることが多いものの、彼らが駐屯していない辺境の土地では採掘や討伐ついでに、複数の冒険者が協力して立ち向かうことがほとんどなのだそうです。


「こういうど田舎や、魔王軍の領地だった場所には、まだまだ未開のダンジョンも多いっす。冒険者にとってはでかい金のなる木ってわけっすね。本当に手強いダンジョンだと、数年単位で数百人の冒険者が、攻略に駆り出されることもあるとか……」

「なるほど。つまり大きなダンジョンが見つかれば、その周辺に冒険者さんたちが集まって、商人さんたちもやってきて、ある種の街のように商業活動の場になる……と」

「そういうことっす。赤髪さんは頭が良いっすねえ」

「ありがとうございます! それほどでもあります!」


 えへん、と胸を張ってみましたが、そこでハゲさんは少し声を潜めました。


「今回見つかったダンジョンは、かなりデカいと聞きました。噂では、既に『土竜』も来てるって話です」

「もぐら?」

「ダンジョン攻略を専門にする、複数の集団で構成されたパーティーのことっすよ。まったく、いつもどこから嗅ぎ付けてくるんすかねぇ……」


 なるほど。どうやらザックザクにガッポガッポと稼ぐためには、先を越されない内に急いだ方が良さそうです。


「ハゲさん! ありがとうございました!」

「いえいえ。まあ、ダンジョンの周辺ならメシを提供する小屋も立ちますし、簡易的な取引所やらもできるでしょうし、猫の手も借りたいような有り様になるのが常っすからね。雑用でも、この村よりは割の良い仕事が見つかると思うっすよ」

「はい! ありがとうございました!」


 では、とりあえず……そのダンジョンとやらに向かう馬車に潜り込んでみましょう。


 ◇


「んー? おい、ハゲ。赤髪ちゃんどこ行ったか知らない? ここで待ってるように朝言ったんだけど」

「あれ? 兄貴なんも聞いてないんすか」

「んん? 何が?」

「……あっちゃあ。俺ぁ、てっきり一緒に行っているものだと……」

「いや、だから何が?」

「赤髪さん、今日は例のダンジョンの方まで行くって言ってましたけど……」

「……はあ?」

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