学校の先生をする賢者ちゃん

 教師、シャナ・グランプレは今日も授業を終えた。


「シャナ先生さようなら~」

「はいはい。さようなら。気をつけて帰るんですよ」


 辺境の土地では、その土地に定住する魔導師が子どもたちに基礎的な教養を教えることも珍しくない。

 ましてや、この村は発展途上の開拓村だったので、魔導師として申し分のない実力と実績を持つシャナが教鞭をとることは容易かった。とはいえ、勇者パーティーの賢者で王室付の魔導師で首都の魔導学院の長である、なんて名乗ったら大変なことになるのは目に見えているので、うまい具合に身分は誤魔化しているのだが。

 シャナが受け持つことになったのは、二十人にも満たないような小さな教室である。やはり今回も仕事の手伝いとして、ちょこちょこアシスタントをしていた赤髪の少女は、一通り子どもたちを送り出した後に「はー」と深く息を吐いた。


「賢者さん。教えるの上手なんですねえ……」

「何を当たり前のことに感心してるんですか。私は賢者ですよ。賢いんですよ。人に教えるのも上手いに決まっているでしょう」

「それもやっぱり、ハーミア先生のおかげですか?」


 何気ない問いかけに、シャナは全力で首を横に振った。


「はぁ? 違います。ありえません。そんなことはないです。あの人はたしかに天才ですが、根本的に人を教えることには向いていません。私の授業がわかりやすく、子どもたちに大人気なのは、単純に私が教師として優れているからです」

「あ、はい」


 でも、と。赤髪の少女は言葉を繋げる。


「なんか、賢者さんの昔のお話を聞いてて思ったんですけど」

「なんです?」

「わたし、ハーミア先生って普通に良い人なのでは? って思ってるんですけど」

「はぁあああああん!?」

「うわっ!?」


 シャナは赤髪の少女の肩を引っ掴んだ。作り物のような均整の取れた容貌が、感情の昂りでぐちゃぐちゃに歪んでいる。

 いや、顔こわ。と赤髪の少女は思った。


「バカなんですかアホなんですか読解力がないんですか? 何をどう聞いても人でなしのカス教師だったでしょう!?」

「え、え? そ、そうですかね……?」

「そうなんです! 大体、あの人は私の魔法を……!」


 と、矢継ぎ早にそこまで言いかけて、シャナはぴたりと口をつぐんだ。あれほどむきになっていた表情も、元に戻る。


「あの、シャナ先生……」


 教室の扉の近くに、まだ生徒が一人残っていたからだ。

 白い質素なワンピースを着た女の子である。授業中、率先して手を上げたりするわけではないので印象に残りにくいが、わからないことがあればきちんと質問ができる良い子だった。


「どうしました?」


 元々小柄なシャナは、さらに自分より小さなその子に目線を合わせるために、膝を折った。


「あ、あのね。ほんとはこんなこと、お願いしちゃダメかもしれないんだけど……わたしの家、あんまりお金なくて。だから、ノートの紙ももう残ってなくて。だから、もし余ってたら、使わない紙を分けてほしくて……」

「……何を言うのかと思えば、そんなことですか」


 軽く頷いたシャナはまだ新品のノートを手に取り、一瞬でそれを五冊に増やして、女の子に手渡した。


「わ!?」

「まったく……授業で足りないものはすぐに先生に伝えなさいと初回の授業であれほど言ったでしょう? 他に足りないものは? そういえばあなた、教科書も古いものでしたね」

「う、うん。お母さんが近所の人からもらってきてくれたやつだから」

「じゃあそれも渡しておきます。あとはペンと、他には……」

「わわっ!?」


 魔法による増殖で、それにこそマジックのように、シャナは学習用具を増やしていく。

 女の子がぎりぎり持って帰れるくらいの教材を山盛りに手渡して、シャナは満足気に深く頷いた。


「よし。それじゃあ、気をつけて帰るんですよ」


 ありがとう先生!と。元気良く帰っていった女の子とちょうど入れ替わりに、勇者が入ってきた。赤髪の少女が、ぱっと顔を上げる。


「あ、勇者さん!」

「二人ともお疲れ様。迎えに来たよ」

「おや、もうそんな時間ですか。では、私たちも帰るとしましょう」

「賢者ちゃん、また生徒に教科書とかノートたくさんあげてたでしょ?」

「いけませんか?」


 勇者は苦笑した。


「いや、良いことだとは思うけど。でも、他のものを増やす時はお金儲けに繋げようとするのに、こういう時だけは絶対にお金受け取らないからさ」

「当然です。子どもからお金を取れるわけがありません。それに……」

「それに?」


 むすぅ、と。

 フードの下の髪を指先でいじりながら、賢者は呟いた。


……ですからね」

「あ! やっぱりハーミア先生の教えが活きてますねっ!」

「黙りなさい」

「あうっ!?」


 余計なことしか言わない赤髪少女の頭を、杖で小突く。


「言わなくていいことを言った罰です。私は先に戻ってますから、勇者さんと教室の中を掃いておいてください」

「えー」

「あれ? これ、おれも仕事する流れ?」


 勇者と少女を放っておいて先に歩き出したシャナは、夕焼け空を見上げて考える。

 まあ、たしかに。自分の師と呼べる人物は、間違いなくハーミアしかいないわけで。

 他人に語ってみないと気付けないことだったが……自分という人間は思っていた以上に、あの師の影響を受けているのかもしれない。

 たとえどんなろくでなしであったとしても、それは事実なのだろうな、と。シャナは思った。

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