賢者ちゃんの魔法の秘密

 農家、シャナ・グランプレは働き者である。


「あの、賢者さん。一つ聞いていいですか?」

「なんです?」


 畑の見回りをしつつ、土の状態を細かく観察し、さらに作物の葉の伸び方までチェックしていたシャナは、赤髪の少女の質問に向き直った。黒のフードの間から漏れた銀の毛先が、風を受けて靡く。


「えっと、賢者さんの魔法について、なんですけど」

「べつに今さら、あらたまって説明することもないと思いますが……私の魔法はごちゃごちゃと条件がある死霊術師さんや、魔法によって作用する結果が面倒な武闘家さんに比べれば、極めてシンプルですよ」


 収穫を頼まれていたりんごを一つ、手に取って。

 次の瞬間には、シャナが手にしたりんごは二つに増えていた。


「触れたものを増やす。増殖。それが私の『白花繚乱ミオ・ブランシュ』の能力です」


 微妙なへこみから、うっすらとついたキズに至るまで、すべてが完璧に再現されたりんご。

 それをやはり信じられない面持ちで見詰めながらも、大きく開いた少女の口は、遠慮なくも容赦もなく、ばくりとりんごにかぶりついた。瑞々しい甘さとアクセントの酸っぱさが、口いっぱいに広がる。


「んー! おいしいです……って、そうではなくて!」

「え、りんご食べたかったんじゃないですか?」

「いや、たしかにりんごは食べたかったんですけど! わたしが賢者さんにお聞きしたかったのはそこじゃなくて!」


 ぶんぶん、と。長い赤髪が、左右に振られる。

 やれやれ、と。シャナは子どもを見守るような気持ちで少女の次の言葉に耳を傾けて、


「賢者さんの魔法って……、ですよね?」


 そして、少々面食らった。

 ごほん、と。咳払いを一つ。


「増えるだけ、とは? つまり、何が言いたいんです?」

「す、すいません! 言い方が悪かったです! 私が言いたいのはつまり、賢者さんがこんな風に何人にも増えて効率よく仕事ができるのには、増殖の魔法とは違うべつの理由があるんじゃないかなって……」

「どうして、そう思いました?」

「……さっき勇者さんが依頼を終わらせて来た時、賢者さんは勇者さんが来るのをわかってみたいでした。依頼が終わったら、必ずギルドに行って報酬を受け取ります。だから、ギルドで働いていた賢者一号さんは、勇者さんがクエストを終わらせたことを知っているわけで……土木現場で働いていた賢者二号さんに、何らか方法で連絡があったと考える方が自然です」


 つらつらと。まるで探偵のように、少女は自分の考えを述べていく。


「そうやって考えると、増えた賢者さん同士に、何か連絡手段のような、繋がりがあるんじゃないかな〜と。ま、間違っていたらすいません!」

「……いえ。正直、ちょっと驚きました」


 仮定に仮定を重ねてはいるものの、少女の予想は事実を踏まえた上で、よく考察されていた。

 シャナは目の前の少女への印象を「大食い赤髪脳天気」から「腐っても元魔王でわりと鋭いところのある食いしん坊」に上方修正した。


「あなたが言う通り、私の魔法は人間も増やすことができますが……それらの実際の運用には、いくつかの特別な魔術を噛ませてあります」


 一つ、問いを投げる。


「たとえば、自分自身が二人に増えたとしたら、あなたはどうしますか?」

「困ります! ご飯が半分になるので!」

「……」


 やっぱりコイツ、大食い赤髪脳天気なのではないだろうか。


「……説明するより、見せた方が早そうですね」


 呟きながら、シャナは少女の手を取った。

 小さな魔導陣を展開し、自分が日常的に用いている魔術を、一時的に繋げてみせる。


「賢者さん……? のわっ!?」

「視えましたか?」


 瞬間。文字通り、視界が割れた。

 一つだった視界が分割されて、複数の視点と情報が流れ込んでくる。

 そんな体験をいきなりさせられて、赤髪の少女は思わず尻もちをついた。


「な、なんですか? これ」

。他者と魔術的なラインを繋ぐことで、感覚を共有する、特殊な魔術です」


 先ほどの答え合わせである。

 簡潔に言ってしまえば。

 シャナ・グランプレは、魔術によって己の魔法を拡張している。


「あなたがさっき言っていた、の正体がこれです。ある程度の距離であれば、私は他の場所にいる私と時間差なく情報を共有することができます。紛争が盛んな地域では、魔導師が斥候兵と繋がって偵察に利用されたりしたそうですよ」

「な、なるほど……でもこれ、繋げれば繋げるほど、視界が増えていくんですよね?」

「ええ。なんなら視覚だけでなく、聴覚の方も……音も聞こえるようにできますけど?」

「だめっ! 無理です! 今でもちょっと酔いそうなのに……」

「まあ、最初はそうでしょうね。慣れれば意外と楽しいですよ?」

「それは賢者さんだけだと思います……」


 解除してやると、少女は疲れた表情でシャナのことを見上げた。


「賢者さんは、いつもこの魔術を……?」

「はい。とはいっても、距離的な制限もあったりするので、さすがに王都に残っている私とことはできませんが……この村の中くらいの距離なら、余裕です」

「……それ、すっごく疲れませんか?」


 こちらを心配するような、見上げる視線。

 それを受けて、シャナは苦笑した。


「さっきも言ったでしょう? 慣れですよ、慣れ」


 シャナが最初に習った魔術は、この共有魔術だ。

 決して修得が簡単な術式ではなかったが、シャナはまず最初にこれを覚えさせられた。

 なぜなら『白花繚乱ミオ・ブランシュ』という魔法を最も効率良く使うために、この魔術が必要だったからだ。


「少し、昔の話をしてあげましょう」

「昔の話、ですか?」

「ええ」


 また魔法で増やしたりんごを、シャナは一齧りした。


「とんでもないろくでなしだった、私の師匠センセイの話です」

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