ギルド受付嬢と土木作業監督をする賢者ちゃん
ギルド受付嬢、シャナ・グランプレの仕事は多い。
「支払金はこちらです。次の受注ですか? そうですね……簡単なものでしたら、こちらにまとめてあります。そちらのパーティーの人数を鑑みると、こちらから選んでいただくのが良いと思いますが、緊急性の高い案件は掲示板に張り出してあるので……」
とはいえ、書いて、読んで、説明することに関して、研究者であるシャナはプロフェッショナルといっても過言ではないので、この仕事に関してはすぐに慣れた。ちょろいものである。
「わるいわね〜、シャナちゃん。連日で入ってもらっちゃって」
「いえ、仕事ですから。それよりも、今日連れてきたあの子はどうですか?」
ギルドの受付はいつも五人ほどで回しているのだが、昨日から体調不良で一人が休んでおり、誰もいないよりはマシだろう、くらいの気持ちでシャナは赤髪ちゃんを連れてきていた。
「ああ、それなら……」
元魔王の少女に接客をやらせてみることに、多少の不安があったのだが……
「はい! クエストの受注ですね! ありがとうございます!」
「あ、えっと……はい」
「その大剣、かっこいいですね!」
「あ、えっと……ありがとうございます」
「クエスト、がんばってくださいね!」
「おっふ……」
受付嬢の制服に身を包んだ赤髪の少女は、持ち前の笑顔と素直さとかわいさで、初日からガチ恋勢を量産していた。
屈強な見た目の冒険者たちはギルドのすみっこに陣取り、ひそひそと話し込んでいる。
「あの新人の赤髪の子、いいな……」
「ああ、良い……」
「これまではクールなシャナちゃん派一強だったが……」
「ああ、間違いねえ。動くぜ……勢力図が」
冒険者という生き物は基本的に単純な馬鹿しかいないので、こんなものである。
「気立ても良いし、よく笑うし、物覚えも悪くないし、ああいう子がもう一人いてくれると助かるわ〜」
「そ、そうですね……」
シャナとしては仕事ができずに「賢者さーん! これ全然わかりません! 助けてくださーい!」と泣きついてきたところを「やれやれ……仕方ないですね」と溜息を吐きながら助けてあげることで、パーティーのみならず職場の先輩としても尊敬を獲得する、という計画だったのだが、その目論見は完全に崩れ去っていた。
ただの大食いだと思っていた少女は、意外と物覚えが悪くなかったし、人見知りせずに笑顔で会話できていたし、なにより働いていてとても楽しそうだった。良い意味で誤算である。
「そこの赤髪のお嬢さん。あなたの笑顔は受注できますか?」
「あ、勇者さん!」
「何してんですか仕事してください」
「痛い!?」
なんか見覚えのある顔がやってきたので、シャナは仕事中は出番のない杖を、投擲武器として勇者の顔面に投げつけた。当たった。痛そうだった。
「馬鹿なんですか? 暇なんですか?」
「い、いや……今日は赤髪ちゃんが賢者ちゃんと一緒に出ていったって宿の女将さんから聞いたから、赤髪ちゃんが仕事できてるか気になって……」
「お気遣いありがとうございます!」
「わかりました。そんな暇を持て余しているあなたにぴったりのクエストがあります。こちらをどうぞ」
シャナが杖の次に受注用紙を叩きつけると、勇者はあからさまに顔をしかめた。
「湖を根城にしてる大蛇の討伐……? これ遠いしきついしモンスター強いやつじゃん」
「そうですよ」
「そうですよじゃなくて……」
「勇者さんなら楽勝でしょう。早く行ってお金稼いできてください」
「はい……」
「どうせ赤髪さんの制服姿を見るのが目的だったんでしょう?」
「いや、まぁ……」
投げつけられた杖をシャナに返しながら、勇者は気まずそうに言った。
「あと、ここに来たらフードしてない賢者ちゃんの顔見れるし……」
「……はやく行ってください」
「はい。すいません。行ってきます。稼いできます」
いそいそと一人で最高難度のクエストを受注し、大いに他の冒険者たちをざわつかせ、そそくさと立ち去っていった勇者の背中を見て、シャナは今日一番深い溜め息を吐いた。
「はぁ……まったく」
「あの、賢者さん」
「なんです?」
「ちょっとお顔、ニヤけてます」
「……」
「いひゃい! 無言で頬つねんないでくだひゃい!」
◇
土木作業監督、シャナ・グランプレの指示は的確である。
「ほら、次の木材がきますよ。そこ! 足元には気をつけて!」
「ひぃ〜」
午前中とは打って変わって、肉体労働にいそしむことになった赤髪の少女は、悲鳴を上げていた。
この村は辺境の開拓村なので、まだまだ土地や建築物にいじるところが多い。もっも簡単に言ってしまえば、新しい建物を立てて大きくなる、発展の余地があるわけで。
魔術のスペシャリストとして木材やら建築材やらの調達、地盤の確認などで有能さを示したシャナは、あっという間に一つの現場を指揮する立場に登り詰めていた。
「一班は休憩を取ってください。二班は木材の運搬を。ここは今日中には仕上げてしまいましょう」
「うす!」
「わかったらきりきり働いてください」
「うす!」
ハチマキを頭に巻いてひーひーとスコップを担ぎながら、少女は隣でつるはしを振るう作業着のおじさんに問いかけた。
「あの……賢者さん、みなさんよりもかなり年下ですけど、現場から反発とか出ないんですか?」
「お? ああ、お嬢ちゃんはよく知らねえのか。辺境の土地じゃ、領主様の指示を受けた賢者様がこういう場で陣頭指揮を執るのは、よくあることなんだぜ。畑を耕すにも、建物を建てるのにも、魔術の知識はあるに越したことねぇからな」
「ほぇ〜。そうなんですね!」
「あと、かわいい女の子に罵られながら仕事した方がやる気出るだろ?」
「あ、はい」
ちょっと特殊な性癖を持つ作業員も多いようだった。
「かーっ! けど賢者さま! ここの作業をこの人数で終わらせるのは、ちと厳しいぜ!」
「たしかになぁ……」
「ああ、その心配なら必要ありません。応援を呼んでありますから」
ちょうどそのタイミングで、彼はやってきた。
ヘルメットにスコップを持ち、首からはタオルを下げている、その青年は……
「待たせたな」
「ゆ、勇者さん!」
また勇者である。
「例のクエストは?」
「うん。午前中で終わった。お土産に蒲焼きあるけど食べる?」
「あとでいただきます。できれば、すぐに現場に入ってください。ちょっと予定より遅れているので……」
「あいよ」
頷いた勇者は、おもむろに上半身の服を脱いだ。脱ぐ必要はなかったが、脱いで見せつけた。
「おお……」
「へえ、鍛えてるじゃねぇか……」
「あらァ〜! ……良い身体してるじゃない」
着痩せするタイプは、脱いだらすごい。
その事実を端的に表す肉体に、筋肉自慢であるはずの作業員たちも、動揺とざわめきと興味を隠せなかった。
「なに脱いでるんですか。危ないからちゃんと作業着着てください」
「あ、はい。すいません……」
勇者の活躍で作業はむしろ予定よりも早く終わった。
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