賢者ちゃんは朝に弱い
賢者、シャナ・グランプレの朝は遅い。
「んっ、ぐ……ぬぅ」
潰れたカエルのような呻き声を漏らしながら、シャナは癖っ毛の頭を布団から出した。
魔術の研究やら開発やらで夜更しが常習化し、元々の寝付きもすこぶる悪く、寝られたところで夢見も悪く、そこに直しようのない体質の問題である低血圧でトドメを刺されている近い賢者の寝起きは、すこぶる悪い。
なので基本的に、パーティーメンバーの誰かがシャナをベッドから引きずり出しに来るのが常である。
「シャナー。起きてるー?」
今日はアリアが扉を開けて、部屋に入ってきた。
脳筋姫騎士はシャナとは真逆に早起きで、既に朝の鍛錬も終えている。締め切られたカーテンを手際良く開いて、アリアはシャナの体をぐいぐいと揺すった。
「……んぅ」
「朝だよ朝だよ! はい起きてー。ほら起きてー!」
「…………あと、十分」
「もー、わがまま言わないの。みんなもう起きてるよ〜。最近は赤髪ちゃんだって早めに起きてあたしたちと走ってるんだよ?」
「……ぬぅ」
いつものシャナなら「良い心掛けですね。あの胸に無駄に付けた脂肪を落とすにはちょうど良いでしょう」くらいは言うものなのだが、寝起きの頭でそれだけの毒を吐くには回転が足りていない。
アリアに為されるがまま布団を剥がれて、のそのそと上体を起こして、シャナは猫のように大きな欠伸を吐いた。いつもはふわふわしている銀髪が、寝起きの頭ではものの見事に爆発している。
「もー! やっぱり寝癖すごいじゃん! 早めに起きて自分で準備しないとだめでしょ!」
「……めんどくさい」
シャナは基本的に自分の顔の良さを自覚はしてるものの、着飾ることに関しては無頓着である。
「王都では朝の支度とかどうしてたの!?」
「学院では、身の回りの世話は、やってくれる子をいつも側に置いているので……」
「またそうやって周りに甘えて〜! 今回みたいに急に旅に出ることになった時はどうするの? お世話してくれる人がいつもいるわけじゃないんだよ、まったくもう……」
「……だって、そういうときはアリアおねえちゃんがやってくれるし……」
寝坊助賢者から飛び出した一言に、アリアは固まった。あまりにも、不意打ちであった。
アリアおねえちゃん、と。
まだ三人で旅をしていた頃。まだシャナが小さかった頃の、昔の呼び方をされて、口うるさいお母さんモードに入りつつあったアリアは、完璧にフリーズした。
それは、母性本能の敗北であった。アリアという姫騎士は、基本的に人に頼りにされたり甘えられるのが好きなので……根本的に、ちょろい。
「し、仕方ないな〜! ほら頭出して!」
「ん〜」
寝起きが一番だらしないけど、寝起きが一番かわいいかもしれないなぁ……などと思いながら、アリアはシャナの癖っ毛に手際よく櫛を入れていく。
「そういえばシャナ、髪切らないの?」
「……なんでですか?」
「いや、短くすれば朝とかお風呂の後も楽だし。フード被る時も基本的には邪魔になるでしょ? シャナは、短いのも似合うと思うんだけど」
「……勇者さんが」
「ん?」
「……勇者さんが、多分長い髪の方が好きだから」
「そっか」
やっぱり寝起きが一番素直だから、一番かわいいなぁ……などと、アリアは勝手に確信した。
「勇者くんもこの前、寝起きの頭が結構爆発してたし、お揃いみたいでいいかもね」
「は? いつ勇者さんの頭の寝癖直したんですか? それ寝起きですよね? 寝起きに勇者さんの部屋入ったんですか? なにやってるんですか?」
「いや急に起きるじゃん……」
かわいくなくなった。
◇
賢者、シャナ・グランプレの仕事は多い。
「では、今日の予定を確認しましょう」
アリアに朝の身支度を八割くらい手伝ってもらい、どこに出しても恥ずかしくない美少女賢者の見た目になったシャナは、増えた自分自身を見回して言った。
寝起きで身支度ができていない状態で『増殖』しても面倒が増えるだけなので、最近は準備をすべて整えた状態で増えるのが基本になっている。
「私はギルドの受付へ」
「私は畑の見張りと、生育の指導に」
「私は土木作業の手伝いに」
「私は子どもたちの教室に行ってきましょう」
今日も今日とて、シャナは増えた自分自身に仕事を振り分ける。村人たちが能天気で細かいことは気にしない性格のおかげか、シャナの五つ子設定も問題なく馴染んできた。おかげで、仕事とお金が稼ぎやすくて助かる。
「賢者さんはなんというか、本当に働き者ですね……」
「あなたが働いてないだけでは?」
「はぅ……! そ、それは……賢者さんに比べたら、全然お金を稼げていないかもしれませんが……」
赤髪の少女の呟きに毒を吐き返してから、しかしシャナは口元に手を当てて考え込んだ。
「あなた、今日も暇ですよね?」
「ひ、暇じゃありません! 宿でみなさんの留守を預かっています!」
「やっぱり暇なんですね」
働かざる者食うべからず、というが、彼女に関しては働かなくてもよく食べているので、たまにはこき使ってもいいだろう。
「私の仕事、少し手伝ってみますか?」
てっきり、面倒臭がられるか嫌がられると思ったのだが、
「いいんですか!? 行きます!」
赤髪の少女は、シャナの懸念とは対照的に、笑顔の花を咲かせて大きく食いついた。
「良い返事ですね」
「はい! よろしくお願いします!」
「わかりました。それでは、どの私にしますか?」
「え、選べるんですか……?」
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