武闘家さんと馬鹿弟子たち
「ねぇ、そこのハゲさん。あなた、ウチのパーティーで荷物持ちでもしませんか?」
それは、明確な勧誘だった。
「え、オレっすか?」
「ええ、あなたです。ここ数日、武闘家さんに弟子入りしたあなたの働きぶりを観察していましたが、実に気に入りました。ちょうど、アゴで都合良く使える下働きが一人くらいほしかったところです」
「おいやめろ賢者ちゃん!」
おれはイスに深く預けていた上体をがばりと起こした。
普段は多少のわがままには目を瞑っているが、流石にそれは許容できない。パーティーを率いるリーダーとして、即座に反論する。
「言っておくが、おれはコイツを師匠の弟子として、まだ認めたわけじゃないからな!」
「じゃあなんでハゲさんに肩揉ませてくつろいでるんですか?」
バカ弟子が一人増えてから、およそ一週間。
持ち前の人の良さというか、要領の良さというか、元々持ち合わせていたそこそこのスペックの高さでバカ弟子はあっという間にパーティーに馴染んでいた。
あと、おれはこいつの名前がわからないので、とりあえずあだ名は『ハゲ』にした。丸刈りっぽいヘアスタイルで、ちょっと前髪が後退しているからである。
生半可なメンタルを持ってるヤツならそれだけで心が折れそうなものだったが、バカ弟子はからからと笑って「まあ、ウチのじいちゃんもハゲてたらしいっすからね〜。遺伝には逆らえないっすね!」などとほざいていた。まいった。ちょっとメンタルが強すぎるぞこのハゲ。
メンタルが強すぎるので、おれはとりあえず宿屋の食堂でくつろぎながら、バカ弟子、もといハゲに肩を揉ませてこき使っていた。これが中々に気持ち良い。
「おい! 力弱いぞ!」
「ッス! すいませんアニキ!」
「何度も言わせるな! おれはお前の兄貴じゃねぇ!」
「ッス! すんません兄弟子!」
「兄弟子でもねぇ!」
「じゃあオレはアンタの何なんですか?」
「えっ……なんだろう」
「破局寸前のカップルみたいな会話してますね」
賢者ちゃんがジトっとした目でいらんことを言ってるが、おれは聞こえないふりをした。
「仕方ない。ちょっと賢者ちゃんの肩も揉んできてあげなさい」
「ッス!」
「助かります。では、まずこちらの私からお願いしますね。土木作業でくたくたなので」
「あ〜これはたしかに腰回りにきてますね」
「そうでしょう? そっちの私が終わったらこちらの私もお願いします。ギルドの事務作業で肩がガチガチで……」
「あ〜たしかにこれは肩やってますね」
「いや、それは一人にまとめてあげなさいよ」
遠慮も何もなしに、賢者ちゃんは増殖した自分用に、バカ弟子をマッサージ係として使い倒そうとしていた。あまりにも人を顎で使うことに躊躇いがなさすぎる。ちょっと将来が心配だ。
「ところで、アネさんたちは結局何姉妹なんすか?」
「今は大体七姉妹ですね」
「ほえ〜すごいっすねえ」
バカ弟子はバカ弟子で、あまりにも人を疑うということ知らなすぎる。ちょっと将来が心配だ。
「おーい、おとうと弟子くーん。そっち終わったらあたしもマッサージしてよ」
「え、いや騎士のねーさんはちょっと……」
「は? なんで?」
「いや、また火傷しそうで……」
「えー、変なとこ触らなきゃ大丈夫だよ」
「マッサージで変なとこ触らない自信がちょっとないんですよね」
騎士ちゃんともすっかりわだかまりが解けたらしい。
なんでも、出会った時はいやなことがあって荒れていたらしく、しこたま呑んでいたとかなんとか。まあ、おれも酒に呑まれることはたまーにあるので、そういうこともあるだろう。
「ハゲさん! ギルドからクエストの伝言です! こちらが用紙になります!」
「ああ、すんません赤髪さん。そこに置いといてください。あとこれ、すくねぇですがお駄賃です。地元のやつですが……」
「お菓子ですねっ!?」
赤髪ちゃんは赤髪ちゃんで……いやもう、うん。やっぱおれ、この子が一番心配だわ。知らない人にお菓子渡されてもついて行かないように、また言い聞かせておこう。
「みんな、あんまり弟子をこき使わないで。修行、再開する」
「あ、師匠」
「お師匠! おつかれさまです!」
「うむ。いくぞ、バカ弟子」
「はいッス!」
「よし、行って来い」
「お前も弟子」
師匠に耳を引きずられて、宿屋を出る。
バカな弟子が増えてから一週間。こういうやり取りにも慣れてきた。
悪くない時間だった。
修行も、なんだかんだで滞りなく進んでいた。
「うむ。筋が良い」
「ありがとうございます!」
師匠は基本的に、嘘を吐かない。こと、修行に関しては、思ったことをそのまま率直に伝える。
なので、師匠が筋が良いといえば、それは間違いなく「才能がある」ということだった。千年近く生き続けてきた師匠には、おれには見えないものが見えている。それを疑う余地はない。
単純な強さは別にして、師匠が見えているものを同じように見るためには、やはり千年近い時間と修練が必要になってくるだろう。たかだか二十年と少ししか生きていないおれには想像しかできないが、しかし漠然とそんな確信だけはあった。
「ハゲは、どうしてわたしに弟子入りしようと思ったの?」
「あ、やっぱりそれ気になるっすか?」
「うん」
腰を落ちつけて、バカ弟子は困ったようにはにかんだ。
「いやぁ、なんといいますか。オレ、こう見えて荒くれ者じゃないっすか」
「見た目からしてチンピラだもんな」
「照れるッス」
だから褒めてねぇんだよ。
「だからまぁ、基本に立ち返って。一度きちんと習ってみたくなったんすよね。『武術』とか『拳法』ってやつを」
「どうして?」
「そりゃもちろん。お師匠の拳が綺麗だったからですよ」
面と向かってそう言われて、師匠は真顔のまま目を瞬いた。
「ま、オレみたいなチンピラが今さら一から学ぼうなんて、ちょいと遅すぎるとは思いますけど……」
ヘラヘラと笑うハゲに、師匠は言葉を返さない。
この野郎、師匠に向かってストレートにきれいとか言いやがって……
「おいお前! 師匠を口説いてんのか!? おれの目が黒い内は師匠を口説くなんてゆるさねぇぞ!」
「え、兄弟子はお師匠のことが好きなんですか!?」
「ああ好きだよ!」
「……オレは応援してるっす! 恋愛に歳の差は関係ないですからね!」
「違うそうじゃない!」
ちょっとまってほしい。誤解を招いた。
おれはたしかに師匠のことが好きだが、そういう好きじゃない。
「そもそも、おれと師匠じゃ歳の差がえらいことになるだろうが!」
「そうっすねロリコン」
「それも違う!」
おれの方が年下なんだよ! 遥かに! 具体的には千歳くらい!
おれとハゲの馬鹿なやりとりをぼんやりと聞いていた師匠は、おれたちの間に割って入った。
「実はわたしも、尖ってた時期がある」
「え、お師匠もですか?」
「うん。昔の話。でも、こうして落ち着いて自分の拳と向き合えるようになったのは、わりと最近」
師匠の目がこちらを見た気がしたが、おれは気づかないふりをした。
「だから、大丈夫」
ちょいちょい、と。
師匠に手招きされたので、おれは仕方なく細い腰に持手を回して……要するに抱っこする形で持ち上げた。ハゲが無駄にデカすぎるからである。
懸命に手を伸ばした師匠は、刈り上げられた頭の上にぽんと手を置いた。
「あなたは今、自分から変わろうとして前に進んでいる。何かを始めるのに、遅すぎるということはない」
まさか、頭を撫でられて、褒められるとは思っていなかったのか。ただただ目を丸くして固まっていたバロウは、しばらくして吹き出すように笑った。
「もしかして、触り心地いいっすか?」
「うん。悪くない」
「じゃあしばらく撫でてくれていいっすよ」
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