武闘家さんと弟子入り志望
「あの、勇者さん……」
「んー?」
「騎士さんってあんな感じでしたっけ……」
「んー。騎士ちゃんは昔からあんな感じだよ」
敵を仕留めた時とか、わりとじんわり浸るような笑みを浮かべるタイプだからなぁ、騎士ちゃん。普段は頭兜に隠れているのでわからないが、強い敵と戦っている時はテンションが引き上げられるのか、結構ああいう顔をする。まあまあこわい。とはいえ、あれもまた騎士ちゃんの地とも言える部分なので、否定するつもりはないのだけれど。
「重心は、乱さない。拳は、脚で打たないとダメ。直感に頼るのは良いけど、考えなしは身を滅ぼす」
淡々とダメ出しをしながら、師匠は拳打の嵐の中を木の葉が水の流れに揉まれるように舞っていた。
師匠、騎士ちゃんの動きを止めているわけじゃないから、あれで
ちなみに、騎士ちゃんの魔力による身体強化の出力は、パーティー内ではおれに次ぐレベルである。というか、男性と女性の体格的なハンデがそもそもあるので、純粋な身体強化の精度と瞬間の出力は、騎士ちゃんの方が上だと言っても過言ではない。
それらすべての重い打撃を、魔法なしで捌き続けている師匠の技量がどれだけイカれているかがよくわかる。
遮二無二に空を切っていた拳が、遂に師匠の背後の大木を叩き折った。
「……ッラァ!」
「むむ」
そこから、意表を突く組み立てがあった。
折れた倒木を、騎士ちゃんの片手が掴み取る。魔力の励起が、目に見えて伝わる。
片手一本、振るわれた木の幹が、師匠の小さな体を真横から薙ぎ倒して、
「その場にあるものを、意表を突いて利用する。発想は、悪くない」
吹き飛ばさない。
またもや小さな体を回転させた師匠は、木の幹の上で寝そべるような自然さでその衝撃を受け流し、騎士ちゃんが振るった木の幹の上で逆立ちをしてみせた。これどんな曲芸?
「っ!」
騎士ちゃんが息を呑んだ、束の間。
逆立ちの状態から離れた右の手のひらが、倒木を軽く叩いた。叩かれた瞬間に、少なくとも騎士ちゃんが振り回しても耐えられる強度があった倒木が、一発で粉々に砕け散った。なんで?
騎士ちゃんの体勢が、崩れる。
師匠が水を得た魚の如く、また跳ねる。
「……そこまで!」
おれの静止の叫びと共に、師匠の動きが魔法のようにぴたりと止まった。地面に倒れ込んだ騎士ちゃんの体を、師匠は小さな体躯を巧みに伸ばして、かっちりと抑え込んでいた。
研ぎ澄まされた集中。全身が緊張した状態で、地面に組み伏せられた騎士ちゃんは固まったままだった。
「っ……」
「騎士。息、吸って」
絞め技を解いた師匠は、騎士ちゃんのおでこをピンと指で弾く。汗で張り付いたきめ細やかな金髪が揺れた。
「……ふぅぅ。はっ、はっ……はっ」
思い出したような呼吸が再開される。
体がようやく意識に追いついたのだろう。緊張が解けた騎士ちゃんの全身から、汗が噴き出した。騎士ちゃんの魔法は自身の体温を含めた温度を完璧に調整できるが、極度の興奮状態に陥った場合は、魔法のコントロールを手放してしまうこともある。
地面に大の字になったまま、冷たかった横顔にじわじわと温かさが戻っていく。鋭い目尻がふにゃりと溶けて、薄い涙が浮かんだ。
「うぅぅ……また負けたぁ〜!」
「当たり前。素手で武闘家が騎士に負けたら、沽券に関わる」
「でも武闘家さん、全然本気じゃない!」
「当たり前。十回りも歳下の女の子に、本気を出せるわけがない」
御歳千二十三歳になるおれの師匠は薄く笑って、二十四歳の立派な騎士の頭をなでなでした。
「……よし。じゃあ次は赤髪ちゃんやってみよっか」
「無理です。死んじゃいます」
実際問題、ゆったりとランニングをする程度が朝の運動にはちょうどよい。
おれは軽く汗を流せれば満足だし、赤髪ちゃんはぜーぜー言いながら「お腹、お腹空きました……」とすでに虚ろな目でうわ言を呟き始めていたが、最も運動量が多いはずの騎士ちゃんはまだ満足していなかった。
「ねー、武闘家さん。もう一回! もう一回だけやろうよー!」
「ダメ。騎士は加減を知らなすぎ。いつも自分の限界まで体を痛めつける。そういうの、よくない」
「今度は無理しないから! お願い! あ、でも今度は剣ありにして。剣ありでやりたい!」
「それなら、私も魔法を使わないとさすがに負ける。あと、手加減もできない。だから無理。やらない」
師匠のきっぱりとした言葉に、ぐぬぬと頬を膨らませた騎士ちゃんは聖剣を片手に出現させて、ぶんぶんと振り回した。この世に一振りだけの聖剣が、まるでマラカスみたいである。
「勇者くん! 勇者くんからも何か言って!」
「はいはい、だめですよ騎士ちゃん。早く
「でも〜」
「でもじゃありません。騎士ちゃんが剣振り始めたら地形変わっちゃうでしょ」
「炎ちょっとしか出さないようにするから〜!」
「ちょっともダメです」
「じゃあ氷だけにする! 氷だけにするから!」
「いけません」
「勇者く〜ん!」
大剣抱えてうるうると歯噛みしていた騎士ちゃんだったが、
「あ」
ふと思い出したように
「ぴぃゃ……!?」
いくら軽く振るわれたとはいえ、騎士ちゃんの斬撃は世界を救った実績のある斬撃である。おれたちの背後をのたのたと歩いていた赤髪ちゃんは、目の前を通り過ぎていった炎の閃きに、顔を青くして腰を抜かした。
なんか人間じゃない小動物みたいな悲鳴聞こえたな……じゃなくて。
「おいこら騎士ちゃん! 消化不良だからって赤髪ちゃんに当たって斬撃飛ばすな!」
「違うよ、勇者くん。誰か、あたしたちのこと尾けてる」
「え?」
言われて、炎の刃で切り開かれた森の奥を見てみると、たしかにそこには人の気配があった。
「ひ、ひぃ……ど、どうか命だけは……!」
「……誰だ?」
如何にも屈強な冒険者という荒くれた風貌の男が、地面にへたり込んで腰を抜かしていた。ポーズだけなら赤髪ちゃんとお揃いである。全然かわいくないけど。
それにしても、つい最近。どこかで見たような顔の気がする。おれの気のせいか……?
「あ」
「なに騎士ちゃん。知ってるの?」
「うん。この前ギルドでナンパされたから、火傷させた」
「……へえ」
つまりストーカーか。
なるほど。
じゃあブチのめすか。
「ま、まってくれ! オレぁ、たしかにこの前そっちの騎士さんに失礼な真似をしちまったかもしれねえ……それは、謝る! だが、オレが話したかったのはアンタじゃねえんだ!」
「うん?」
「オレの名前は……」
「名乗らんでいい。早く目的を言え」
男は、ちょこんと突っ立っている師匠を指差して、言った。
「そこのアンタ! オレは、アンタの正体を知ってるぜ!」
「……っ!?」
呆れ混じりで弛緩していた空気に、再び緊張がはしる。おれと騎士ちゃんは黙って顔を見合わせ、赤髪ちゃんは相変わらず腰を抜かしたままぷるぷる震えていた。
師匠は、その来歴からしておれたちとは少し違う特別な人間だ。あと、千年くらい生きてるちょっと長生きで不思議な人だ。
その正体を知っている、と。この男は豪語した。
まさか……
「忘れたくても忘れられるわけがねぇ……あの、熱い夜。この身に受けた、その拳を!」
うん?
「ようやくアンタの素顔を拝むことができたぜ……ゴールデン・サウザンド・マスク!」
あ、思い出した。
この人あれじゃん。
殴り祭りで師匠にふっ飛ばされてた人じゃん。
「……」
師匠はいつもの無表情を一切崩さぬまま、遂に閉ざしていた口を開いた。
「よくぞ、見破った」
「師匠それ持ち歩いてるんですか?」
おかしいだろ。
なんでそんな当たり前みたいなノリで懐からマスクを取り出せるんだよ。めちゃくちゃお気に入りじゃねぇか。
もうあんまり見たくない趣味の悪い金色のマスクを見て、冒険者の男は目を見開いた。
「やはり、そうか……アンタが!」
「そう。私こそが、夜の闇を切り裂く、大いなる黄金の輝き……ゴールデン・サウザンド・マスク」
「師匠?」
なんでこの人、仮面を持ち出すとこんなにノリノリなんだろう?
「へっ……そうとわかりゃあ、やることは一つだぜ……!」
「なんだお前。師匠に手を出すつもりなら、まずは一番弟子のこのおれが相手になるぜ」
不敵な笑みを浮かべた男に対して、おれは身構えた。
「そうか。やっぱりアンタはこの人の弟子か。そりゃあ、ますます都合が良い」
「なんだと?」
チンピラは、抜かした腰を戻し、丁寧に地面に足をつけ、両手も同様にして、頭を深く深く擦りつけた。
それは、見事な土下座だった。
後ろの方で、相変わらず赤髪ちゃんは腰を抜かしたままぷるぷる震えていた。
「お願いします! このオレを、アナタの弟子にしてください!」
「……はぁ?」
おれは堪らず、溜息を吐いた。
まったく、舐められたものだ。土下座した男を見る師匠の目はきびしい。当然である。おれですら、地下闘技場で文字通り血の滲むような命のやり取りと、その後の下積み期間を経て、ようやく認められて弟子入りに成功したのだ。そんな土下座一つで、師匠に弟子入りできるわけがない。
当然、師匠は言った。
「ん、いいよ」
「は?」
おれは、腰を抜かした。
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