死霊術師さんの華麗なる着こなし
服というのは結局のところ、どこまでいっても消耗品だ。毎日着ていれば擦り切れていくし、糸も解れる。だから修繕して手を加えてやらなければ、いつか着れなくなってしまう。
あまり得意ではない糸仕事に四苦八苦していると、今日も元気な孫娘の声が聞こえてきた。
「おばあちゃーん! 見てみて! 昨日おばあちゃんが教えてくれた魔術で、でっかい猪、仕留めたよ!」
「アンタ、また勝手に狩りに行ったのかい!? 覚えたての魔術で狩りをするなってあれほど……」
「いひひっ! でも、おばあちゃんにお肉食べてほしかったし……!」
このやんちゃな笑い方は、やはり遺伝なのだろうか。どうにも、血は争えないらしい。
愛する孫娘の頭をぐりぐりと撫でて、また作業に戻る。
「ねえねえ、おばあちゃん! そのローブ、いつになったらあたしにくれるの!?」
「アンタがもう少し大きくなったらね」
「えー。もう待ちきれないよ〜! それじゃなくて、新しいのちょうだいよ〜!」
たしかに。
こんな古いものを修繕するよりも、村で商人を捕まえて新しいものを買ってきた方が、遥かに効率的だ。
しかし、何故かそうする気にはなれなかった。
「そうさねぇ。けど、このローブは特別だからね」
服というのは結局のところ、どこまでいっても消耗品だ。毎日着ていれば擦り切れていくし、糸も解れる。だから修繕して手を加えてやらなければ、いつか着れなくなってしまう。
少しずつ、年を取っていく。
人間と同じだ。
「いつかアンタにもわかるよ」
けれど、服は人間よりも少しだけ長生きで、着る人のことを守ってくれる。
「大切にされてきた服には、命が宿るのさ」
◇
後日。
村近くでモンスターの討伐を請け負った時のこと。
「死霊術師さん! 後ろ!」
まずい、と思った時にはもう遅かった。
忠告が間に合わず、死霊術師さんが後ろから襲ってきたリザードに、がぶりと上半身を喰われた。
その身に纏っていた服ごと、喰われてしまったのだ。
「……あ」
「どうしたの勇者くん? 顔青くしちゃって」
「そうですよ。死霊術師さんが死ぬのはいつものことでしょう?」
即座に剣戟と魔術が叩き込まれ、死霊術師さんを咥え込んだリザードが跡形もなく吹き飛ぶ。
騎士ちゃんと賢者ちゃんは怪訝な顔でこちらを見ていたが、唯一事情を知る赤髪ちゃんが、おれの袖を後ろから引いた。
「勇者さん……おばあさんから貰ったローブが」
「……うん」
もちろん、食われようが焼かれようが煮られようが、死霊術師さん本人に関しては、なんの心配もない。けれど、身に着けている服に関しては、そうもいかない。
今日の死霊術師さんは、おばあさんから貰った、あのローブを羽織っていたのだ。あんな風に、頭から歯を突き立てられてしまったら、服はもう……
「ふぅ〜! 油断しましたわ。やっぱり頭から噛み砕かれるのは慣れないですわね〜」
「……え?」
「……は?」
「……えっと」
「……なんで?」
困惑の声は、上から順に賢者ちゃん、騎士ちゃん、赤髪ちゃん、そしておれ。全員が、食い入るように死霊術師さんを見詰めていた。
それは、死霊術師さんが生き返ったから、ではない。生き返るのは、いつも通りの日常茶飯事。うちのパーティーにとっては、当然で当たり前なこと。
「あらあら? みなさま、どうしたのです? そんな風に、穴が空くほど見詰めないでください。恥ずかしいですわ〜!」
薄く微笑みながら、我がパーティーが誇る死霊術師は、身体と一緒に再生したローブの前を合わせて、顕になった胸元を覆い隠した。
「え……死霊術師さんの魔法って、そういうのじゃなくない?」
「どうして、服まで再生してるんですか?」
「……あらあら、おかしなことを仰いますのね。そんなの、答えは一つに決まっているじゃありませんか」
少しサイズの大きいローブを全員に見せびらかすように、死霊術師さんはくるりとその場で回った。
「想いの籠もった、素敵なお洋服は生きているのです。でしたら、わたくしの魔法で蘇って当然でしょう?」
まあ、ちょっとデザインがかわいくないのが難点ですけど、それは我慢しましょう、と。
使い古されたローブを裸の上に羽織って、死霊術師さんは上機嫌に歩き始めた。
「え、えぇ……? そういうの、アリなの?」
「魔法は、解釈。心の、在り方。死霊術師が、服を生きていると定義したなら、あの服は生きている。そういうこと」
「さすがは死霊術師さんです!」
師匠の言葉に対して、嬉しそうに赤髪ちゃんが頷く。
「あ、あのクソ死霊術師……一体どこで、そんなパワーアップイベントを挟んだんですか? この数日で修行でもして何かに目覚めたんですか? 地雷の処理しかしていないはずでは!?」
事情を把握していない賢者ちゃんが、理解し難いと言いたげに呻く。
「でも、ちょうどいい。死ぬ度に素っ裸になられるよりは、羽織れるものがあった方がマシ」
「いや、それはそうですが……一体全体どういう理屈で……」
「いやあ〜、こればっかりは考えても無駄だと思うよ? 魔術ならともかく、魔法なんて使ってるあたしたちですらわからないことの方が多いんだし」
事の経緯を、みんなに説明しようかと思ったが。顔を見合わせた赤髪ちゃんがいたずらっぽく笑ったので、おれは口を閉じた。なんでもかんでも、説明すれば良いというものでもないだろう。
こちらを見上げる師匠と、目があった。
「良い出会いが、あったと見た」
「ええ、まあ。そんなところです」
今にもスキップを始めそうな死霊術師さんの背中に追いついて、肩を叩く。他のみんなには聞こえないように、おれは小声で呟いた。
「似合ってるよ」
振り返った黒髪が、波のように揺れる。
「はい。ありがとうございます、勇者さま!」
目を細めて、白い歯を見せて笑う死霊術師さんのその顔は、綺麗というよりも、かわいかった
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