死霊術師さんの華麗なる治療
赤髪ちゃんの厳しい視線の追求から逃れるべく、話題を少し逸らす。
「ところで、死霊術師さんはどうして診療所で働こうと思ったの?」
「はい! わたくし実は、お医者さまという職業にちょっとした憧れがありまして。それをお話したところ、こちらの先生がぜひうちで働いてみないか、と」
「先生?」
「この診療所の院長先生ですわ!」
死霊術師さんの視線の先。診察室の奥の椅子には、とても小柄なおじいちゃん先生がちょこんと腰掛けていた。メガネの奥の目は小さく、頭はツルッパゲで、全身がプルプルと小刻みに震えており……なんというか、この先生大丈夫かな?という感じがすごい。診察中に患者より先にぽっくり逝ってしまいそうだ。
「あ、どうも」
「先生! こちら、わたくしの勇者さまです!」
また胸を揺らしながらぶんぶんと腕を振って、死霊術師さんはおれのことを雑に紹介してくれた。おじいちゃん先生はぷるぷる震えながら死霊術師さんの胸をガン見して、おれに向けて力強くサムズアップした。
なんだよこのクソジジイ、めちゃくちゃ元気そうじゃねぇか。おれも死霊術師さんにナース服を貸し出してくれたおじいちゃん先生に、サムズアップを返した。赤髪ちゃんの目はさらに冷たくなった。仕方ないね。
「どいてくれ! 急患だ!」
と、そんな馬鹿なやりとりをしていたせいで忘れていたが、ここは診療所である。病人も怪我人もやってくるのが日常だ。
入ってきたのは、二人組の男。どちらも傷だらけのボロボロ、特に肩を貸されている男の方は全身血まみれのひどい状態だった。
「まあ大変! 先生! お願いします!」
「……」
意外にも慣れた動作で死霊術師さんはテキパキと怪我人をベッドに寝かせ、ぷるぷる震えてるおじいちゃん先生を椅子ごとスライドさせ、患者の前まで持ってくる。
「……」
傷の様子を見たおじいちゃん先生は、ぷるぷると首を横に振った。
「なるほど……もう打つ手がないようです」
諦め早いな、おい。
「そんな!? 頼む! お願いだ! 助けてくれ! 相棒はまだ息があるんだ!」
「……なるほど。たしかにまだ息はあるようですわね」
おじいちゃん先生に代わって、全身の怪我の状態を確認した死霊術師さんは、軽く頷いた。
「わかりました。でしたら、わたくしが治療してみましょう」
「本当か!? 相棒は助かるのか!?」
「ええ、お任せください」
死霊術師さんは自信満々な様子で、マスク、手袋、エプロンを装着。おじいちゃん先生に指示を出した。
「処置を開始します。メス」
驚くほど機敏な動作で、死霊術師さんの手の上に鋭い刃物が置かれる。
赤髪ちゃんが困惑を滲ませながら呟いた。
「勇者さん……これ、普通は逆じゃないですか?」
「うん。おれもそう思うよ」
なんでナースが医者からメス受け取ってるんだろうね?
余談ではあるが、こういった外科的処置は王都の方ではメジャーになりつつあるものの、辺境の土地ではまだ受け入れられているとは言い難い。相棒の体に向けられた刃物を見て、冒険者のお兄さんは体を強張らせた。
「な……! まさかそれを使うのか!? 麻酔もなしで!?」
「はい。治療のために必要な処置ですから」
「け、けどよぉ! それで本当に助かるのかよ!? 相棒を苦しめるだけに終わるんじゃ……」
「あなたの心配はわかります。しかし……」
死霊術師さんは、冒険者のお兄さんの目を真っ直ぐに見詰めて、告げた。
「わたくしは、医者です」
「……ッ!」
違いますよ?
なにさらっと嘘吐いてるんだこの死霊術師。
冒険者のお兄さんも「……ッ!」じゃないんだよ。なんで雰囲気でちょっと気圧されてるんだよ。どこからどう見ても医者じゃなくてコスプレみたいなナース服着た看護師だろうが。その無駄に見開いた目でちゃんと目の前の女の格好をよく見てほしい。
しかし、死霊術師さんは良い感じの雰囲気のまま、良い感じの言葉を続けて並べ立てる。
「もちろん、すべての人を救ってきた、などと。思い上がったことを言う権利はわたくしにはありません。ですが、あなたさまの大切な相棒さんの命を救うために……わたくしに、全力を尽くす機会をいただけないでしょうか?」
「わかりました……相棒のことを、頼みます」
頼んじゃったよ。
「でもコイツの傷は見ての通り深い……一体どんな処置を?」
「簡単な話ですわ」
キラン、と。
死霊術師さんはメスを光らせながら、それを逆手に力強く握りしめた。
「まずは……患者の息の根を止めます」
そして、振り下ろした。
メスが、怪我人の喉笛に突き刺さった。
鮮血が、噴き出した。
「あ、相棒ぉおおおおおお!?」
うん、即死だなこれ。
「お、お前! なんてことを!? こ、この人殺しっ!」
「お兄さん! お兄さんちょっと落ち着いて! 大丈夫だから!」
「何が大丈夫なんだ!? 明らかにもう大丈夫じゃないだろこれは!」
取り乱すお兄さんをおれが必死に取り押さえている間にも、死霊術師さんは悠々と物言わぬ死体になったそれに手を伸ばした。
「はーい、それではいきます。楽にしてくださいね〜」
もう逝ってるし、もうとっくに楽になってる死体に対して律儀に声掛けしながら、カウントが始まる。
死霊術師さんの指が、体に触れる。
「ひとーつ」
凝り固まっていた血痕に、変化があった。
「ふたーつ」
今さっきナイフで掻き切られた喉笛の傷から、回復が始まる。
「みーっつ」
明らかな致命傷だった胸の傷も、みるみる内にふさがっていき、
「よーっつ」
土気色だった頬に血の気が戻って、瞼が開く。
ボロボロの重傷だった冒険者の体には、もう傷一つ残っていなかった。
「え、あれ……は?」
「はい。おはようございます。お加減は如何ですか? 気分などは悪くありませんか?」
「あ、はい」
「よかったですわ〜! 一応、血を増やす効能があるお薬出しておきますわね〜」
「いや……でもオレ、今死んで……」
「はい。お疲れさまでした。診察代はこちらになります」
まるで狐に化かされたように固まっていた冒険者のお兄さんは、そこでようやく相棒の命が助かったという現実を理解したのか。呆然とした様子で呟いた。
「奇跡だ……」
うん。いやまぁ、たしかに奇跡みたいなものだけれど。
二人の頭が、死霊術師さんに向かって深々と下げられる。
「ありがとうございます……ありがとうございます! 何とお礼を言っていいか……!」
「いえいえ。そんな、お気になさらないでください。わたくしは人として、助けられる命を助けただけですから!」
一回殺してるけどね。
「本当に、ありがとうございました!」
「はーい。また悪いところがあったらいつでもいらしてくださいな」
格安と言っても良い治療費を支払って、何回も何回もこちらに頭を下げながら、冒険者の二人組は診療所を去っていった。
「先生、今回の治療はどうでしたか?」
死霊術師さんがそう聞くと、おじいちゃん先生はぷるぷると全身を震わせながら、なぜかおれの手を握って、一言。遂に、口を開いた。
「この子は……神じゃ」
違いますよ?
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