勇者の仲間。一人目

 振り返ったイト先輩が、これ以上ないほど不敵に笑う。


「どうかな?」

「……どうもこうもないです」


 込み上げてくるものを、なんとか堪える。

 その剣で飾られた花道に向けて、一歩を踏み出す。


「こんなの、最高の餞別に決まってるじゃないですか」

「ふふっ……それは、よかったよかった」


 イト先輩とグレアム先生とレオと。肩を並べて、銀色のアーチを潜っていく。

 笑っている先輩がいた。泣いてくれている同級生がいた。言葉を交わさなくても、一人一人の顔を見て、前に進むことができる。それだけでも、おれには十分過ぎるお別れだった。


「先生」

「なんだ?」

「前に、おれに質問してくれたの、覚えていますか? どうして勇者になりたがるんだ?って」

「……ああ、そんなことを聞いた気もするな」


 あの頃は、勇者になるのに理由なんて必要ないと思っていた。世界を救うために戦うのは、当たり前だと考えていた。

 でも、今は違う。

 勇者になりたい、理由ができた。

 こんなにもやさしくて、すてきな人たちが生きている世界だから。こんなにもやさしくて、すてきな人たちが体を張って戦う世界だから。

 だから、救いたいと。そう思えるようになった。


「……勇者ってのは、どこまでいっても称号に過ぎない。それは、人々が名前に込めた祈り。理想を押し固めた、実態のない幻想のようなものだ」


 隣を歩く先生の瞳が、どこか遠くを見た。


「だから、お前が救いたいもの。お前が助けたいもの。お前が守りたいものに、中身が生まれたのなら……この一年は、無駄ではなかったと俺は思うよ」

「……はい!」

「べつに、わざわざ口に出して言う必要はないさ。思いは秘めるものだ。その気持ちは、胸にしまって持って行け」


 大きな手が、おれの背中を叩く。


「馬を回してある。とりあえずは、それで王都を出るといい」

「ありがとうございます」

「気にするな。これくらいは手間の内にも入らん。それよりも、これからどうする?」

「そうですね。まずは、仲間を探そうと思います」

「ほう」

「おれと一緒に前衛を張れるような騎士が二人くらいに、支援に長けた魔導師と……あとは、そうですね。死ぬような怪我をしても生き返らせてくれる回復のスペシャリストがほしいです。あと、できれば全員、魔法持ちがいい」

「お前……中々無茶を言うな」

「それくらい無茶を望まないと、世界なんて救えないと思いますから」

「くくっ。それは、そうだな」


 隣を歩く先生は笑って「それならちょうどよかった」と呟いた。

 ん? 今、ちょうどよかったって言った? 

 何がちょうどいいんだ? 


「一人目は、もう決まっているようだ」


 いたずらっぽい声音でそう言われて、ふと前を見る。

 馬を回してやる、と先生は言った。だが、誰が馬に乗って来る、とは一言も言っていない。

 芦毛の馬が、駆けてくる、新調した軽装の鎧を身に纏って、風に靡く金髪は月の光よりも眩しくて、思わず笑ってしまいそうになるくらい、その姿は様になっていた。

 目の前で、馬がぴたりと止まる。合わせて馬上から舞い降りた姫騎士は、おれの前で片膝をついた。


「……どうして」

「ご覧の通りです」


 優雅な一礼に、言葉を失う。


「未来の勇者様を、お迎えに上がりました」






 どうして、だなんて。

 今さら、そんなわかりきった質問をしないでほしかった。

 アリアは、顔を上げる。

 彼は言葉が出てこないようなので、こちらから声をかけてあげた。


「すごい顔してるね。びっくりした? あたしが、きみのことを黙って見送るとでも思った? 拗ねて、見送りに来ないとでも?」

「いや、それは……」

「そんなわけないでしょ。だって、あたしはきみの騎士なんだから」


 いろいろなことを考えた。

 自分が彼に着いていくのは、彼の気持ちを無下にするんじゃないか、とか。彼が好きなのは、本当は自分じゃないんだろうか、とか。そんなことばかりを、ぐるぐるとぐるぐると、頭の中で考えて。

 アリアはそれらが、すべてどうでもいいことに気がついた。

 理由なんて、もっと単純でいい。

 彼を一人きりで、行かせたくない。

 彼の隣にいたい。

 でも、置いていかないで、なんて。そんな言葉は、絶対に言ってやらない。


「一緒に行くよ」


 思いを、口にする。

 今はきっと、それだけで良い。

 この心の中の熱が、決して冷めないものであることは、もう痛いほどに自覚してしまったから。


「……多分、厳しい旅になる」


 確認をするように、彼は言った。


「うん。そうだろうね。だって、世界を救いに行くわけだし」

「辛いことも、たくさんあると思う」

「だから、あたしが支えてあげる」

「命の危険も、あるかもしれない」

「だから、あたしが守ってあげる」


 一つ一つ。確かめる。確かめて、埋めていく。

 それは、確認作業だ。

 最初から、気持ちは決まっていたいたけれど。それでも、必要な確認作業。


「最初に会ったときのこと、覚えてる?」

「……ああ」


 あの時は、朝だった。屋上から見上げる空には太陽があって、青空が広がっていて、白い雲が流れていた。

 でも、これから先の旅路には、太陽が見えない曇りの日もあるのだろう。雨の日も、風の日もあるだろう。

 太陽に照らされた、空の下だけではない。夜の闇の中を、歩いて行かなければならない。

 だから、この月明かりの下で、もう一度。

 これから勇者になる少年は、騎士の少女に向けて問いかける。


「アリア・リナージュ・アイアラスに、今一度問います。おれの騎士に、なってくれますか?」


 その声に、応えよう。

 その思いに、応えよう。


「貴方の言葉を待っていました。この身は、世界を救うその日まで、勇者の剣となることを……今一度誓いましょう」


 顔を上げる。

 差し出された手を取る。

 多くの騎士たちが見守る中で。

 勇者が、一人目の仲間を得た瞬間だった。

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