その旅立ちに、騎士たちの喝采を
思い立ったが吉日、という言葉がある。
追放を言い渡されたその日に、おれは一年間世話になった寮から出て行くことを決めた。下手に日にちを置くよりも、その方が良いと判断したからだ。
「これでよし、と」
びっしりとカーテンを閉めた部屋の中は、ランプの明かりだけで薄暗い。
もう少し手間がかかると思っていたが、荷物をまとめるのは案外早く済んだ。差し当たり必要なものは背負えば持っていける範囲に収めたし、もう必要ない学習用品や制服などは置いていくことにした。処分を任せるのは立つ鳥が跡を濁すようで心苦しいが、多めに見てもらおう。
「親友、ハンカチは持ったかい?」
「タオルならリュックに入れたよ」
「バナナはいるかい? おやつは必要だろう?」
「お前、追放を遠足だと思ってんの?」
あまり認めたくなかったが、おれの荷造りが手早く済んだのは、このルームメイトのバカが部屋の片付けなど率先して手伝ってくれたおかげである。
レオ・リーオナインは、どこに隠していたのかもわからないバナナの皮を剥いてパクついていた。なにバナナ食ってんだコイツ、張り倒すぞ。
「キミがいなくなると寂しくなるね」
「嘘つけ」
「本当だとも、ボクほど友情に篤い男はいないよ?」
「バナナ食いながら言うな。あ、そうだレオ」
「なんだい? やっぱりバナナ欲しくなったかい?」
「バナナはいらん」
おれは既に畳んである制服の上に置いてあったそれを、レオに向かって放り投げた。
入学して最初に、このバカから奪い取ったもの。この学校で最も強い、最上位の七人のみが身に着けることを許される、最強の証。肩幕である。
いつもは涼しい表情ばかりのイケメンの顔が、めずらしく強張って固まった。
「……これは、どういうつもりかな?」
「どういうつもりも、クソもないだろ。それ、返しておく」
「こんな形できみから肩幕を返されることを、ボクが望んでいるとでも?」
うーん。それを言われると、ちょっと弱い。
おれも、レオとはもっと手合わせをしたかったし、正式な場できちんと決着をつけたかった気持ちがないといえば、嘘になる。
でも、追放処分になったこの身の上で、レオと公的な場で戦う機会はもうないわけで。
それなら、おれが勝ち取った肩幕は、コイツに返しておきたかった。
「じゃあ、預かっておいてくれ。で、おれが勇者になって戻ってきたら、もう一度。それを賭けて、決着をつけよう」
「……やれやれ、仕方ない。その時はちゃんと服を着ておくれよ?」
「当たり前だ」
どうやら、納得してくれたらしい。
リュックを背負うと、合わせてレオも立ち上がった。
「見送りはいいぞ」
「水臭いことを言わないでくれ、親友。そこまでは送っていくよ。友の門出を祝福するのは、騎士以前に人として当然のことだからね」
夜になっても制服を着替えてもいなかったレオは、キザったらしくネクタイを締め直して笑った。
そこまで言われてしまったら、断れない。親友の気遣いだ。お言葉に甘えるとしよう。
ゆったりと部屋の扉を開けて、閉める。
「……なんか、静かだな」
「こんな深夜だからね。もしかして感傷的になっているのかい?」
「うるせえ」
小声で言い合いをしながら、階段を降りる。
寮の中はひどく静かだったが、玄関の扉の前には、人の気配があった。
「早いな。もう行くのか」
「……なんでいるんですか」
「お前なら、今晩必ず出発すると思っていたからな」
「先生、おれのことよくみてますね……」
「一年も面倒を見ていれば、そりゃ生徒の考えていることくらいわかるさ」
どうやら、おれの先生はこちらの考えなど最初からすべてお見通しだったらしい。
騎士団長、グレアム・スターフォードは鎧を身に着けた完全装備で、腕を組んでいた。いつもは快活なひげ面が、今晩に限っては少し険しい。
「すまなかったな」
「何がです?」
「生徒を庇い切れなかった。俺は指導者失格だ」
「先生のせいじゃありません。自分で決めたことですから」
「うん、まあそうだな。よくよく考えなくても、べつに俺のせいじゃないな」
「せめてもう少し粘ってくれませんか?」
台無しだよ。
何しに来たんだこのひげ面おじさん。おれをからかいに来たのか?
とはいえ、気遣って見送りに来てくれたことには間違い無い。頭を下げて、礼を言う。
「ありがとうございます。わざわざ、見送りに来てくださって」
「ああ、それはべつに気にするな。俺だけじゃないからな」
「え?」
疑問の答えを聞く前に、先生は玄関の扉を勢い良く開け放った。
思わず、言葉を失う。扉の光景に、おれの疑問への明確な回答があった。
手前から、点々と。温かいランプの光が灯って、広がっていく。
学生寮の玄関から、一年間通った騎士学校への通学路。その街路樹と灯った光に沿って、ずらりと並び立っているのは、白い制服を着込んだ学生たちだった。
数え切れない人数だ。
同じクラスの同級生たち、だけではない。二年生も、これから卒業する三年生たちも。およそ考え得る限り、おそらく騎士学校の全生徒が、沈黙を保ったまま、整然と立ち並んでいた。
寮の部屋に人の気配がなかった理由が、これだった。あまりにも単純な答えだ。寮の中には、一人も人がいなかった。最初から、全員が外にいて、おれを待ち構えていたのだ。
「どうどう? びっくりした?」
「会長。あまりはしゃがないでください。お体に障りますよ」
「いやあ、会長の気持ちもわかるぜ。後輩の驚いた顔ってのは、いつ見ても健康に良い」
「それに関しては同感だな」
玄関のすぐ側には、見知った数人がいた。
イト先輩だけではない。
傷だらけの体を上から制服を羽織って誤魔化して、サーシャ先輩が、ジルガ先輩が、グラン先輩が、おれを見て笑っていた。
「先輩たちも……なんで」
「お前の考えなんて、俺だけじゃなく全員お見通しなんだよ。そして、なにより……お前を見送りたいと考えるのは、俺だけではなかったということさ」
そう言って先生が笑う。
おれは慌てて、レオの方を振り返った。
「レオ……お前、これ知ってただろ!?」
「もちろんだとも。しかし、サプライズは本人にわからないように仕込まなければ、意味がないだろう?」
イケメンは、やはり飄々と素知らぬ顔で抜かした。仕掛け人がすぐ近くにいたというわけだ。まったくもって、やられたと言う他ない。
先輩たちが、軽い調子でおれの肩を叩く。
「お前は、追放の身だ。今、この瞬間の門出に、俺たちは歓声も号砲も贈ることはできない」
「だから、私たちから贈れるものはこれだけよ」
「卒業生と在校生から、追放される馬鹿野郎に向けて、最後の餞別だ。しっかり目に焼き付けていきな」
三人の言葉を受けて、イト先輩が微笑んだ。
髪をポニーテールに括っているから、真面目モードであることはすぐにわかった。
纏う雰囲気が、がらりと変わる。
イト・ユリシーズは吊っていない方の腕を掲げて、生徒会長として号令を下した。
「────総員、抜剣」
鞘から剣が引き抜かれる音が、幾重にも重なって夜の静寂に響く。
壮観、という他なかった。
号令に合わせて、騎士たちの腰から引き抜かれた剣が、高く掲げられる。一糸乱れぬ動きで、銀色の刃がまるでアーチのように道を形作る。
月明かりを受けて輝くその銀光は、言葉も出ないほどに美しく、見惚れてしまうほどで。
視界に入るすべての剣が、おれの門出のために捧げられたものだった。
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