姫騎士は追求される

 敵を倒して、みんなも無事で。

 それですべてが丸く収まる、と。おれはそう思っていた。

 しかし、現実というものはどうやらそんなに甘いものではないようで。


「貴様を、騎士学校から追放する!」


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 その原因を説明するには、少し時間を遡らなければならない。





 上級悪魔まで投入された大規模なダンジョン襲撃事件は、奇跡的に一人の死者も出すことなく、無事に幕を下ろした。怪我人は多く出たものの、後から駆けつけてくれた先生たちの第三騎士団の対応が素早く、大事には至らずに済んだ。

 それでも、グレアム先生は責任を強く感じたのだろう。繰り返し、何度も「駆けつけるのが遅くなって本当にすまなかった」と、おれたち生徒に頭を下げるのをやめなかった。怪我の治療で呻いてる先輩たちが、違う意味でも恐縮して呻いていたのが、なんだか微笑ましかった。

 後から聞いた話によると、ダンジョンへの襲撃と時を同じくして、先生の第三騎士団にモンスターの集団が徒党を組んで陽動をかけていたらしい。だから、先生たちの到着が遅れてしまった。敵の中には、あの魔王軍の四天王までいたというのだから驚きだ。


「魔王軍の四天王が自ら指揮する軍勢に対して、一歩も退かずに戦い抜いて、損害も軽微で済ませたグレアム先生はやっぱり化け物だね」


 とは、いろいろと事情に詳しいレオの談である。


「その四天王は、殺しても死なない、悪魔以上に悪魔のような死霊術師だったそうだよ」

「殺しても死なない? そいつはたしかに厄介だな……」

「おや、親友もそう思うかい?」

「いやまてよ……でも、そいつを仲間にできたらめちゃくちゃ最強なんじゃないか?」

「キミはもう少しの頭のネジを強く締め直した方がいいよ」


 襲撃事件から三日後。

 他愛のないやりとりをしながら、おれとレオは呼び出しを受けた議事堂へ向かっていた。

 そう、この国の中枢とも呼ぶべき施設。執政に関わる人間が集まる、あの議事堂である。現場で襲撃者と戦った中で、大きな怪我をせずぴんぴんしている生徒として、おれとレオは事情を聞く名目で招集を受けていた。


「おれたちも何かお小言とか言われんのかね?」

「さて、どうだろうね。服を脱いだことはそこまで問題視されていないはずだけど」

「それを議事堂で問題にされたら、おれは首を括って死ぬしかないんだよな」

「おや、何を言っているんだい、親友。今さら裸如きで恥ずかしがることはないだろう?」

「いやお前もだからな? 今回はお前も仲間だからな?」

「ふっ……文字通り裸の付き合い、というわけだね」

「すまん。やっぱそんな付き合いはなかった。忘れろ」


 くだらないやりとりをしながら、おれの代わりにレオが扉を開いて声を張り上げる。


「参りました」

「入り給え」


 入室した瞬間に、複数の視線がこちらに向けられたのがわかった。まず、威圧感がすごい。頭上にずらりと居並ぶお偉様方たちは、誰も彼も態度がでかい。まあもちろん、この場にいるということはそれなりの地位にある人間しかいないのだろうが、それにしても上からじろじろと一方的に眺められるのは気分が良いものではない。

 あまり楽しい空気ではなかった。予想していたよりも、ずっと剣呑な雰囲気だ。

 まるで裁判における罪人のように、部屋の中心に立たされているのは、アリアだった。制服をきちんと着こなし、背筋を伸ばして口元を引き結んでいる。その横顔は固く険しい。

 おれたちの到着を待っていた、と言わんばかりに、めずらしく真面目くさった表情のグレアム先生が口を開いた。


「彼らも到着したことですし、どうでしょう? もう一度、現場の状況を聞いてみては」

「その必要はない! 結論は既に出ておるだろう!」


 でっぷりと肥えた口ひげの役人が、先生の発言を遮った。

 なんだなんだ。声だけ無駄にでかいな。


「現場の判断とはいえ、聖剣の無断使用は到底許されるものではない! これは我が国の貴重な財産を、身勝手にも奪い去る背信行為に等しい!」


 やっぱりか、と。糾弾されている内容に思い当たるところがありすぎて、ため息を吐きそうになった。

 隣のレオをちらりと見ると、無言で肩を竦められた。さもありなんって感じだ。

 聖剣をはじめとする遺物は、所有者を認めた場合、その人間にしか扱えなくなる。つまり、一度でもアリアが使ってしまった聖剣は、アリアが死なない限り、所有権が確定してしまう。もう他の誰かに譲ることはできない。おれがレオから釘を刺すように受けた説明には、それだけの意味がある。

 おれたちの任務は、あくまでも聖剣の回収。聖剣の使用は、当然の御法度である。

 まあ、おれはチャンスがあればパクってしまおうと思っていたわけだが……


「みなさん、落ち着いてください」


 上座でふんぞり返っている一団の中で、唯一といっても良いだろう。年若い理知的な顔つきの一人が、よく通る声を発した。紛糾しかけた室内の雰囲気が、それだけで静まり返る。

 あれは誰?と疑問を視線にしてレオに送ると「アリエス・レイナルド。大臣だよ」と口パクが返ってきた。なるほど。どうやらあのイケメンの兄さんが、今回のダンジョン探索を主導していた責任者らしい。まだ若いのにおっさんたちの中に混じっているのは、それだけ優秀な証拠ということか。


「当事者の意見を黙殺したまま、結論を急ぐのは良くありません。何か、申し開きはありますか? アリア・リナージュ・アイアラス」

「ありません」


 極めて簡潔に。

 アリアは言い切った。


「聖剣の使用は、現場にいた他の騎士たちを守るために、必要な判断でした。すべて、自分の責任です。申し開きはありません。どのような処分も、受け入れる覚悟です」

「なるほど。それは良い心掛けです」


 見下ろす視線が、憐れむような色を帯びる。

 少し、いやな目だなと思った。


「しかし……申し訳ないが、貴方の発言はこちらからしてみれば、ある意味開き直っているようにも聞こえます。結果は結果。起こってしまったことは仕方ありません。が、どうしてそうなってしまったのか。その理由を、我々はつまびらかにしたい」

「……仰りたいことの意図が、分かりかねます」

「単純な話ですよ」


 まず、共感を誘うような笑顔が朗らかだった。


「貴方は、我々が隣国からお預かりしている姫君という、地位ある立場だ。そんな貴方が、ダンジョン探索の任で我が国の防衛の一翼を担うはずだった聖剣の資格者になってしまった」


 次に、声の抑揚と波の作り方が絶妙だった。


「もしや最初から、を目論んでいたのではないか、と。そう邪推してしまう我々の心境も察していただきたいのです」


 更に、身振りを交えた感情表現も豊かで。


「そして、可能ならばその疑惑はこの場でしっかりと晴らしておきたいのですよ。貴方と我が国、ひいては、の、これから先の良好な関係のためにも」


 最後に、それらの言葉の選択が、気味が悪いほどに完璧で。

 まるで、人の皮を被った悪魔のようだと、おれは思った。

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