二人目。ゲド・アロンゾ

 らしくないことを思い出してしまったのは、傷の深さのせいだろうか。

 火炎に飲み込まれる直前、傍らにいた悪魔を炎に向けてし、盾にすることによって、ゲドは放出された火炎の直撃を避けていた。


「あー、くそ……ほんと、楽じゃない仕事は好きじゃねぇ」


 とはいえ、直撃を避けたということは、決して無事だったという意味ではない。

 炎に焼かれ、焼け爛れた体の右半分は、ほとんど感覚がなかった。片目の視界も失われている。あの勇者を語っていた少女と揃いになってしまった。思わず、自嘲めいた笑みが口元から溢れる。笑わなければやっていられない、という方が正確か。

 傷だらけの体を引き摺りながら、それでもゲドはダンジョンの出口を目指す。

 一先ず、最優先すべきは治療。そのあとはたらふくメシを食って回復に努めよう。依頼そのものは失敗に終わってしまったが、次のチャンスは必ず来るはず。あの最上級悪魔と魔王にとって、自分は貴重な人間の駒だ。

 そこまで頭の中で算段を立てながらも、ゲドは地面に膝をついた。震える全身に、力が入らない。顔を上げれば、もう出口に繋がる光が見えているというのに。


「ああ……」


 光が、閉ざされる。

 黒だ。

 漏れ出す陽光が弱くなったのは、気のせいではなかった。


「……早かったな」


 ゲドが顔を上げると、そこにはあの少年が立っていた。


「……はっ。おいおい、なんだよ。今度は、服着てるじゃねぇか」

「服を着ても追いつけると思ったからな」

「抜かしやがって」


 別の学生から借りたのだろうか。

 雑にコートとズボンを着込んだ少年は、やはり自然な動作でゲドに向けて剣を突きつけた。


「その傷じゃ、あんたはもう助からない」

「……そうだな」

「だから、おれが殺す」


 殺してやる、とは少年は言わなかった。

 その言い回しに、彼のまだ青い部分を感じて、ゲドは苦笑した。


「お前、人を殺すのは、はじめてか?」

「……二人目だ」

「そうかよ。なら、ちょうどよかった」


 もはや抵抗する気はない。

 呼吸を一つ。

 地面に座り込んで、首を差し出す。


「後腐れもない悪党の首だ。オレで慣れておけ」


 逆光で、表情は見えない。

 暗い影が、顔を黒く染め上げているようだった。


「あんた、名前は?」

「……ゲド・アロンゾだ。けど、悪いことは言わねえ……殺したヤツの名前なんて、さっさと忘れちまいな。それは、お前にとって重荷になる」

「忘れないよ」


 即答だった。


「絶対に、忘れない」


 その瞳に中にあるものを垣間見て、盗賊は笑った。

 ああ、なるほど。


 これが、勇者なのだ。

 

 きっとこれから先も、この少年は自分の中にたくさんの人の死を積み重ねて。たくさんの命を積み重ねて、そうして少しずつ強くなっていくのだろう。

 だから、聞いてみたくなった。


「冥土の土産に、一つだけ教えてくれよ」


 くだらない人生だった。

 意味のない人生だった。

 飛べない鳥に、価値がないように。何も生み出してこなかった人間の生には、欠片ほどの意義もない。

 生み出したものは一つもなく、奪ったものの方が多かった。生きることに勝手に絶望した自分は、瞬間の快楽に溺れ、それだけを求め続けてきた。

 だから、自分の生きた証は、きっと何も────


「……お前、名前は?」

「────」

「……良い名前じゃねぇか」


 ────それでも。

 これから勇者になる少年の中に、自分という存在が残るのは悪くないと、盗賊は思った。





 ダンジョンを出ると、アリアたちが待っていた。


「あの盗賊は、どうしたの?」

「殺したよ」

「……そっか。ごめん」

「アリアが謝ることじゃない」


 答えながら、それを取り出す。

 盗賊の懐には、一つだけ。手のひらに乗るような、小さな小さな、古ぼけた船のレプリカが入っていた。

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