勇者VS盗賊

 自分で言うのもおかしな話だが、おれの魔法……『百錬清鋼スティクラーロ』は基本的に近接戦闘では無敵である。

 腕や胴体を部分的に硬化させてしまえば、鈍らの刃は通らず、徒手空拳でも硬化させた拳ならそれなり以上のダメージが入る。攻撃面でも防御面でも、これといった弱点はない。

 にも関わらず、おれはまだ、目の前の盗賊を仕留めきれていなかった。


「大口を叩いたわりには、息があがってるんじゃねぇか? クソガキ」


 理由は二つ。

 まず第一に、単純な経験の差。殴る、蹴る。間合いを測る。イト先輩を倒したのだから、当然といえば当然かもしれないが、そういった戦闘の駆け引きにおいて、間違いなくこの悪党はおれよりも上に立っていた。

 そして、第二に、この悪党の持つ魔法は、おれの想像よりも遥かに厄介だった。


「そら、もう一発だ」


 攻撃ではない。まるで、気安く肩を叩くように。盗賊の手のひらが、おれの腕に触れる。

 相手に、触れるだけ。しかし、その触れるというアクションは、魔法使いにとってなによりも強力に機能する。


「飛んじまいな」


 下卑た視線はおれを見ておらず、背後に向けられていた。

 瞬間、感じるのは浮遊感。まるで見えない力に引きずり込まれるように、おれの体は唐突に浮き上がり、盗賊の視線の先……壁面に叩きつけられる。


「ぐっ……」


 さっきからずっと、この繰り返しだ。

 近づく度に、見えない力で跳ね飛ばされる。いや、感覚的には跳ね飛ばされるというよりも、何かに向かって引き寄せられる、飛ばされるような感覚に近かった。


「どうしたどうしたぁ? あの威勢は最初だけかよ? もうちっと粘ってくれなきゃ、張り合いってもんがねえぞ!」


 せっかく詰めたはずの距離が、また開く。

 これ見よがしに両手を広げて、盗賊は笑った。笑いながら、おれに向けて短剣を放り投げる。それらはまるで重力と物理法則を無視したかのように独特な軌道を描いて、殺到してきた。

 おれの体に、刃は通らない。硬化させた腕で短刀を弾いて、前を見る。

 魔法の性質そのものは、掴めてきた。おそらく、コイツの魔法は……


「……触れたものを目標に向けて、飛ばす」

「お、正解だよ。おめでとう勇者志望くん。よくわかったな」

「これだけ体験すればいやでもわかるだろ」


 猛毒を塗布した短剣や針を、自身の魔法効果で確実に的中させる。イト先輩を仕留めたそのやり方が、おそらくはこの盗賊の必勝パターン。しかし、おれの体に刃や針の類いは通らない。

 だから、明確に戦術を変えてきた。のらりくらりと攻撃を避けながら、時間稼ぎに徹する形で、コイツは自身の仕事を完遂しようとしている。

 強い、弱いの話ではない。厄介だ。この盗賊はおれにとって、間違いなくこれまでで最も厄介な敵だった。


「くそみたいな魔法を使いやがって……」

「阿呆抜かせ。オレの魔法なんざかわいいもんだ。世の中には、触れられただけで即死するような魔法を持ってるヤツもいる。それに、厄介さで言えばお前の魔法の方が上だろ」


 折れた鼻の血を拭いながら、不細工になった顔がせせら笑う。


「硬くなられちゃ、いくら叩きつけても致命傷にはならねえが、お前の魔法……中身まで硬くなるわけじゃねえだろ? 内蔵や脳みそまでカチコチにできるとは思えねえ。刃が通らなくても、衝撃を与えれば体の中身にはダメージが通ると見た」


 見立ても良い。

 おれが見抜かれたくない魔法の情報を、的確に射抜いてくる。


「しばらくは人間ピンボールを楽しみな」

「ごめんだね。それなら、触られなきゃいいだけだ」

「できるわけねえだろ! クソガキ!」


 おれの防御は、基本的に『百錬清鋼スティクラーロ』に依存している。言い換えれば、ある程度は相手の攻撃を受けることを前提にしている。


 ────お前の魔法は防御力が高いから、どうしてもそれを守りの要にしている。体を硬くして、攻撃を受けてしまうきらいがある。だが、最初から魔法に頼ろうとするな。俺に言わせれば、いざという時に魔法ほど頼りにならんものもない


 まったくもって、先生の言う通りだ。

 おれには、遠距離攻撃の手段がない。相手を倒すためには近づかなければならず、近づけばほんの一瞬触れられるだけで、吹っ飛ばされる。

 ああ、なるほど。

 この悪党には地力がある。積み重ねてきた経験がある。

 だが、それがどうした? 

 みんなを助けるために。

 悪党には、今この場で勝てなきゃ意味がない。


「……ふーっ」


 どんな魔法にも、弱点はある。

 考えろ。

 顔面の骨を叩き折った最初の一発。脳天にお見舞いした頭突きから、腹への一発。どちらもおれからコイツに触れたにも関わらず、魔法が発動しなかった。

 攻撃された瞬間に、対応できなかった? その可能性も確かにあるだろう。

 だが、もう一つ。もっと論理的な答えがある。最初にクリーンヒットした攻撃は、どちらも顔面への攻撃。視界を塞いだ上での、一撃だった。


「何度やっても変わんねぇぞ!」

「変えるさ」


 つまり、、コイツの魔法は機能しない。

 再びの格闘。触れられないように立ち回りながら、盗賊の動きを誘導する。

 体を転がして、おれはひろいあげたそれを網のように投げ広げた。


「っ……!」


 イト先輩が脱ぎ捨てていた、コート。

 一瞬。ほんの一瞬、視界を遮るには、それは充分な大きさだった。なによりも、盗賊の思考に躊躇いが混じって、静止したのがわかった。

 その瞬間が、なによりも欲しかった。

 低い姿勢から、足を払う。突いた膝、空いた胴体に一発。そして、組み付いて動きを止める。ぎりぎりと、締め上げる。


「関節技かよ……! 裸のガキに抱きつかれる趣味はねえぞ」

「おれもない。けど、これしかないからな」


 触れたものを飛ばす魔法なら、触れたまま離れないようにすれば良い。

 おれの体は、鋼の硬さに変化する。一度関節をきめてしまえば、もう振り解くことは不可能に近い。


「……で、こっからどうする? オレをちんたら絞め落とす気か?」

「イト先輩は、炎熱系の魔術が得意なんだ」

「あ?」

魔術用紙スクロールに仕込んだ魔術を、時間差で発動させることもできる。すごいだろ?」

「お前、何言って……」


 いいね。男に組み付いて、いい事なんて何もないと思ってたけど……凍りつく表情を間近で見れるのは最高だ。

 おれたちのすぐ側に落ちている、それ。おれが視界を遮るために使ったイト先輩のコートから、赤い光が漏れ出していく。


「まさか……!」

「そのまさかだよ」


 イト先輩は、毒で朦朧とする意識の中、おれに小声でそれを伝えてくれていた。


 ────コートに、起爆の……仕込み。時間差で、もうすぐ爆発する……うまく、使って。


「お前がバカにした勇者は、最後まで勝負を捨てていなかった」


 悲鳴はなかった。

 ただ、強く歯を噛み締める音がした。


「自爆する気か……!」

「我慢比べだ。……自慢じゃないけど、おれは硬いぜ?」

「クソガキ……!」

「ガキじゃない。勇者だ」


 目を閉じ、全身を硬める。

 コートに仕込まれた魔術用紙スクロールが、一斉に起爆する。

 爆発の熱と衝撃は凄まじく、床が崩落したことをおれは閉じた目の中で感じ取った。

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