最強の騎士VS最悪の死霊術師

 勝敗の究極の形は、勝って生きるか、負けて死ぬか。その二つの結末に集約される。

 グレアム・スターフォードは、これまで勝って生き残ってきた。だから、グレアムには「自分は強い」という自負がある。

 しかし、負けても死なない敵を相手にするのは、はじめての経験だった。


「ちっ!」


 グレアムの剣が、風を切って唸る。切断、というよりも破砕、といった方が相応しい衝撃をその全身に浴びせられて、女の半身は文字通り吹き飛んだ。

 しかし、それは結局吹き飛んだだけに過ぎない。

 要する時間は、僅か数秒。どこまで飛散したかもわからない肉片が、どこまで粉々になったかもわからない骨の欠片が。それらすべてが、再び寄り集まって女のカタチを再構築する。


「……バケモノめ」

「よく言われます」


 生理的嫌悪を含んだグレアムの呟きに対して、リリアミラ・ギルデンスターンは涼やかに微笑み返した。

 すでに、再生を繰り返した女の体に衣服は残っていない。長い黒髪がかろうじて秘するべき体の部位を覆い隠しているだけである。


「斬るのはダメだな。身体ごと吹き飛ばしても再生すると見た」

「ならばどうします?」

「そうだな。こうしてみよう」


 剣を地面に突き立てて、グレアムは副官に指示を飛ばす。


「ギルボルト。を寄越せ」

「はっ!」


 リリアミラは、グレアムの後方に立つ、副官であろう男を見た。より厳密に言えば、彼の足元に展開された魔導陣を注視する。


(物質を格納するタイプの召喚魔導陣……なるほど。武装を部下に携帯させて、使い分けているようですわね)


 後方から、新たな武器が投げ渡される。それなりの重さがあるであろうそれを、騎士団長は難なく片手でキャッチした。

 ある種、洗練された美しさを持つ剣とは異なる、もっと原始的で、野蛮な武器。先端にスパイクが備わった殴打用の棍棒を、リリアミラはうっとりとした目で眺めた。


「あらあら。それはちょっと痛そ……」


 感想は、体感で良い。

 生まれたままの姿の女の脳天に向けて、グレアムは情け容赦なくモーニングスターを振り下ろした。

 骨が砕け、肉が潰れる音が響く。

 星球式鎚矛とも呼ばれるそれは、打撃による衝撃で肉を轢き潰すことを目的にしたシンプルな武器である。全身を吹き飛ばすような先ほどまでの大味な斬撃とは異なり、グレアムはピンポイントでリリアミラの頭部に狙いを定め、整った顔立ちを一撃でミンチに変えた。

 モーニングスターは、皮肉を交えてホーリーウォータースプリンクラーと称されることでも知られている。正しくその理由を証明するように、頭を失った体から血の噴水が吹き出した。がくん、と。膝を折った女の体を、グレアムは注意深く観察する。

 一秒、二秒、三秒、四秒。


「……いろいろな殺し方を試してくださるのは良いですわね。ワクワクします」


 やはり、四秒で。リリアミラ・ギルデンスターンは、当然のように生き返る。

 本当に顔だけは綺麗だな、と。グレアムは再生した女の笑みを見て盛大な舌打ちを鳴らした。


「不死身か?」

「ええ。それもまた、よく言われます」


 しかし、仮に不死身であったとしても、そこには何らかのルールやカラクリが存在する。

 実際に、何度か殺してみて、わかってきたことがある。

 肉体が完全に元通りになるまでの所要時間は、四秒ジャスト。高度な魔術で肉体を再生させる死霊術師は、基本的に頭を潰せば止まるものだが、そんなセオリーすら無視している。むしろ、頭だけをピンポイントに潰しても、再生速度が落ちる様子がない。

 つまり、この魔王軍四天王の蘇生には、一切の制限がないということだ。

 事実、何度殺しても、女は余裕に満ちた態度を保ち続けている。


「流石は王国最強と呼ばれる騎士。攻撃の速度も威力も一級品ですわね」


 パチパチ、と。無感動な拍手の音が鳴る。


「次はなんでしょう? 槍ですか? 弓ですか? それとも魔術ですか? どうぞ気が済むまで、わたくしを殺してみてくださいな。まあ、どうせ死にませんが」

「そうだな。なら、少し発想を変えてみよう」


 モーニングスターを放り捨て、グレアムは地面に預けていた愛剣を再び引き抜いた。

 グレアムの攻撃は、リリアミラには通用しない。しかし同時に、リリアミラもまた、グレアムの攻撃に対応できているわけではない。ただ、真正面から攻撃を受け続けているだけである。

 故に、グレアムは目の前の不死に対して、一つの回答を導き出した。


「っ!?」


 地面を舐めるような低姿勢から、接近し、一閃。

 全身を吹き飛ばすような魔力を込めた斬撃ではなく、ピンポイントでリリアミラの足のみを狙った斬撃を浴びせ、動きを止める。


「死なない程度の傷なら、再生は鈍くなると見た」


 なるほど。悪くない発想だ。

 足の健を断ち切られたリリアミラは地面に膝をついて、騎士を上目遣いに見た。そして、吐き捨てる。


「つまらない解決策ですわね」


 そう。悪くはないが、つまらない。

 死なないのなら、動きを止めて捕縛する。それはたしかにリリアミラの魔法への対応策としては、どこまでも正しい。

 だが、自分という存在を殺してほしいリリアミラにとって、それは結局のところ、殺すことを諦めた対応に他ならない。


「期待外れもいいところですわね。つまり、貴方はわたくしを殺せないということでしょう?」

「なにを言っている?」

「え?」


 地面に這い蹲った女を見下ろして、グレアムは静かに言い捨てた。


「俺の前に立った敵は、必ず殺すに決まっているだろう」


 リリアミラが背筋に悪寒を感じたのと、グレアムが新たな武器を指示したのは同時だった。


「ギルボルト。だ」

「了解。重いですよ」


 それを見上げるリリアミラの顔に、影が差した。それを見上げるリリアミラの表情から、血の気が消え失せた。

 グレアムが新たに構えた武器はそれほどまでに、およそ人間が携帯するにはあまりにも馬鹿げた威容を誇っていた。


「なんですか、それは?」

「見てわからないか? ただのハンマーだ」


 破城槌はじょうつい、と呼ばれる武器が存在する。これは、城壁や要塞を突破するための衝角を備えた、攻城兵器である。通常は複数人で抱えて運用するそれに持ち手をつけ、ハンマーのように運用する。人並み外れた魔力出力、圧倒的な膂力がなければできない芸当であった。

 対城兵器を、対個人に向けて振るう。そういう派手で馬鹿な芸当こそが、グレアム・スターフォードという騎士の真骨頂である。


「何をしても生き返るんだろう? だったら、話は簡単だ」


 浅い軽蔑を、深い殺意が塗り替える。


「生き返っても、潰し続ければ良い」

「ちょ、ま……!」


 悲鳴はなかった。ただ、大地を揺らす凄まじい衝撃があった。


「……やったか」

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