不死の四天王

 ダンジョンとは、魔物が棲み着いた迷宮である。一度中に入ってしまえば常に命の危険が付き纏い、モンスターを警戒する探索が続く。

 しかし、先頭に立つ人間がモンスターを一方的に駆逐できるほどの実力者である場合、その緊張感は緩やかに弛緩する。


「それでそれで? アリアちゃんはゼンラくんとはどこまで進んだの?」

「進んでません! また会長はそうやってからかって……! ほんとにもう!」


 ガールズトークの花と共に、イトが撃ち放つ炎熱系魔術の火花が咲く。

 倒れたモンスターを踏みつけにしながら、イトはかわいい後輩への追及の手を緩めない。


「またまたぁ! ワタシは生徒会長として、二人がデートしていたことを知ってるんだよ?」

「職権乱用です! 大体、あたしの話ばっかりずるいですよ! そういう会長はどうなんですか? 絶対モテるでしょう!」


 アリアが振りかぶった照れ隠しの斬撃が、図体だけが大きい魔物を一刀両断する。


「えぇー? いやほら、ワタシはたしかに美人でかわいいけど」

「わかります」

「急に隣に出てきて相槌打つのこわいからやめてくださいサーシャ先輩」

「でもほら、ワタシは将来、勇者を目指しているわけだし? そんなワタシに釣り合うほどの男の子って中々いないよね」

「激しくわかります」

「わかりましたから寄りながら相槌打たないでくださいサーシャ先輩」


 イトへの愛情を隠しきれていないなんちゃって無表情ガールを押し退けながら、アリアは「でも」と反論した。


「会長ももうすぐ卒業ですよね? 告白してくる男子は絶対いると思いますよ」

「んー、気持ちは嬉しいけど、全員切って捨てて終わりかな」

「切って捨てちゃダメでしょう」

「まあでも、ゼンラくんがワタシに告白してきてくれたら、ちょっと考えないでもないかな」


 ぐぬっ、と今度はアリアの方が明確に言葉に詰まった。心の内を示すように、繰り出す斬撃の軌跡が目に見えて荒くなる。


「おやおやぁ? アリアちゃん。どうしたのかな?」

「イト会長は……」

「うんうん」

「……イト会長は、お付き合いするなら年下の男の子の方がよかったりするんですか?」


 にんまりと。イトの笑みがさらに濃くなる。可愛い後輩を、さらに愛でる方向に。


「そりゃもう、ワタシは見ての通りのお姉さんだからね〜! やっぱり年下の男の子は庇護欲が唆られるよねえ〜」

「ぬぅ……」

「あはは。冗談だよ冗談。アリアちゃんの気持ちはちゃんとわかってるから安心して?」

「あたしの気持ちの何がわかってるって言うんですか!?」


 ぬふふ、とイトは含み笑う。

 自分は、勇者になるまで恋愛に現を抜かすつもりはない。けれど、それはイト自身の事情からくる心の持ち様であって……後輩たちには、存分に恋愛をし、青春をしてほしいというのが本音だ。だから、こうして話してからかうのが、とても楽しい。

 そんな楽しいガールズトークをしている間に、モンスターの駆除も一通り終わってしまった。


「会長。下の階層への入口を見つけました」

「了解了解。上層のモンスターの駆除は大体終わったし、あとはグレアムおじさんたちの到着を待とうか」

「もう一層程度なら降りても問題ないのでは? 我々にもまだ余裕がありますし。第三騎士団の到着も予定より遅れているようです」

「んー、でも」


 こういう時は安全第一が基本だよ、と。言いかけたイトは、振り返って上を見た。

 嫌な気配を感じる。片目を凝らして、魔力を集中し、それの正体を精査する。

 イトは、サーシャの方をちらりと見た。彼女は剣の腕は元より、魔力感知に特に秀でている。クールな無表情は、やはり無言のままこくりと頷いた。


「……じゃあ、ワタシはこの階層でおじさんたちの到着を待つから、みんなには先行して次の階層に降りてもらおっかな。くれぐれも無茶はしないように。特にアリアちゃん」

「なんであたしが名指しなんですか!?」


 ぷんすか怒りながら下に潜っていく後輩を見送って。

 イトは他の誰にも気付かれないように、サーシャに耳打ちした。


「ちょっとヤバそうだから、ワタシがここで敵を止めておくよ。みんなのこと、よろしくね」

「はい。会長もお気をつけて」


 学校を卒業したらやっぱりこの子が副官にほしいなぁ、などと思いながら。イトは下ろしていた髪を、ポニーテールの形に括った。


「……さて、やりますか」



◇ ◇ ◇



 いやな予感というのは、当たってほしくない時ほど当たってしまうものだ。


「団長。ダンジョンの方角です」

「言わんでも見えてる。いちいち騒ぐな」


 目的地の方向を見据えて、グレアムは薄く舌打ちを漏らした。同時に、軽く薙いだ剣がモンスターの首を斬って落とす。

 グレアムが率いる第三騎士団は、本来ならばもうダンジョンに到着し、学生たちと合流している手筈だった。しかし、実際には魔物の群れに遭遇してこの有様である。


「ギルボルト! どうだ!?」

「ダメですね。街道を完全に塞がれています。隊全体での強行突破は難しいでしょう。明らかに時間稼ぎを目的にした動きです。群れへの指示と増援の投入に、人為的なものを感じます」


 優秀な副官の報告に、グレアムは眉根を寄せて唇を噛む。

 引いては寄せ、寄せては引いてくる敵の魔物たちに統率者がいるのは明らかだった。


「指揮をしているがいるな。人間か悪魔かは知らんが」

「はい。十中八九、間違いないかと」


 あるいは敵も、グレアムたちが勘付いたことに、気がついたのだろうか。

 魔物たちの波が引き、その中心に人影が現れた。


「……あれだな」

「そのようです」


 フードを被った細い人影は、グレアムに向けて一礼する。


「これはこれは、お初にお目にかかります。グレアム・スターフォード。お会いできて光栄で……」

「邪魔だ」


 時間が惜しい。敵の戯言に、耳を貸している暇はなかった。

 全身に、魔力が巡る。ゼロから一へ。励起した魔力は体を駆動させるエネルギーとなって、大柄な体を弾丸のように加速させる。

 跳躍したグレアムは一瞬でその人影に肉薄し、首を落とした。声の調子から、女だということはすぐにわかった。女の魔術使いがなぜ魔王軍に与しているのか。興味がないわけではなかったし、普通なら捕縛してじっくり情報を引き出したいところではあったが……


「すまんが、話をしている時間はない」


 斬ってから、言葉を添える。

 落とした頭が、地面に転がる。

 刃に付着した血を一振りで落とし、グレアムは副官に向けて声を張り上げた。


「ギルボルト、敵の頭は獲った! ここは任せるぞ! 俺は先に生徒たちの救出に……」

「団長!」


 しかし、部下の表情は青かった。


「そいつは、まだ生きています!」


 振り返ったグレアムは、絶句する。

 たしかに斬って捨てたはずの首が、元に戻っている。まるで、時間をそのままそっくり巻き戻したかのように。陽炎の如く、その人影は立ち上がった。


「……あらあら、いけませんわ。そんなにせっかちだと、女性に嫌われますわよ。本来、騎士というのは正々堂々、名乗りを上げてから剣を振るうものではなくて?」


 それは、まだあどけなさが残る妖艶な少女だった。


「自己紹介から、やり直しましょうか」


 繋がった首の調子を確かめるかのように、長い黒髪が左右に揺れる。


「リリアミラ・ギルデンスターン。あなた方が仰るところの、魔王軍で四天王を務めさせていただいております。月並みな芝居のようなセリフで恐縮ですが、ここを通りたければわたくしを倒してから……いえ、殺してからお通りくださいな」

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