勇者の騎士学校生活。ダンジョン襲撃編

「卒業遠足がダンジョン探索っておかしくないか?」

「恒例らしいよ」

「恒例にしちゃダメだろ」


 白い息と一緒に疑問をぼやくと、おれの隣に立つレオは軽く肩を竦めた。

 そう。卒業遠足である。早いもので、イト先輩たちの卒業がすぐそこまで近づいてきた。


「魔物や悪魔による被害が増えている昨今、騎士団はどこも人手不足だからね。ボクたちみたいな生徒に実地研修を兼ねて探索をさせた方が、効率が良いんだろうさ」

「それはわかるけど、この寒さは堪えるぜ」

「暇潰しに何かほしいところだね」

「雪だるまでも作るか」

「おいおい親友、ふざけているのかい? ちなみにボクは人参を持っているよ」

「なんで人参持ってんだよ。あの枝とかめっちゃ良くないか? 腕にしようぜ」


 まだ雪が薄く残っている地面を踏みしめると、ザクザクと小気味良い音がした。手近な雪をゴロゴロとかき集めて、雪だるまを作り始める。


「形の良い高い鼻だね。これは美人になるよ」

「胸も盛るか」

「巨乳にしよう」

「腰にくびれも欲しいところだな」


 学生二人が暇を持て余した末に、えっちな雪だるまを作り始める。不真面目を極めているが、仕方ない。人間、暇な時間には勝てないのだ。

 おれとレオが仰せつかったのは、ダンジョンの入口での見張りである。今回のダンジョン探索は、グレアム先生の第三騎士団と卒業生が合同で行う。しかし、その第三騎士団の到着が予定よりも遅れているらしく、先に浅い階層のモンスターの駆除を済ませておこう……ということでイト先輩をはじめとする卒業生のみなさんは先にダンジョンに潜っていってしまったのだ。

 結果、腕に覚えがある下級生として招集されたおれたちは、第三騎士団の到着を待つ雑用を任されたというわけである。なお、アリアはおれとレオとのじゃんけんに勝ったので、一年生で一人だけダンジョンに潜っていった。ゆるせねえ……! 


「あーあ。おれもダンジョン入ってみたかったなぁ」

「そうかい? ダンジョンの中なんてじめじめしているし、モンスターは次から次へと湧いてくるし、良いことなんて一つもないと思うけどね」

「くそ寒い外よりはマシだろ。しかもこのダンジョン、中に聖剣が眠ってるって話だったよな?」

「ああ、そうらしいね」

「おれの武器にしたい」

「さすがは我が親友。欲望もストレートだね」


 黙々と雪だるまの胸を盛っているレオには鼻で笑われてしまったが、なにせ聖剣である。もう名前の響きからして、勇者の武器って感じだ。これから勇者を目指す身の上としては、ぜひともゲットしておきたい。


「でも、このダンジョンで聖剣を見つけても、キミのものにすることはできないよ、親友」

「え。そうなの?」

「相変わらず座学を聞いていないようだね」


 やれやれ、と。レオはまた肩を竦めた。イケメンは大仰な動作も様になるからズルい。コイツが雪だるまにおっぱいを盛るタイプのバカでなければ嫉妬でハゲ散らかしているところだ。


「ダンジョンのような遺跡から発掘される遺物は、それそのものが莫大な魔力の塊なのさ。だからモンスターたちは集まって、安定して魔力が供給される自分たちの生活基盤として、ダンジョンのような巣を作る。そして、遺物を守る。ここまでは良いかい?」

「それくらいはわかる」

「OK。こうした遺跡から発掘される武具は、自らが魔力を生むその性質上、生きていると言っても過言じゃあない。特に聖剣のようなめずらしい武器は、持ち主を選り好みする。そして、一度使い手として認められると、その使い手が死ぬまでは他の人間には扱えなくなるわけだ」

「犬が本当に飼い主として認めているのは一人だけ……みたいな?」

「そうそう、そんな感じ。だから、今回のようなダンジョン探索でも、聖剣を見つけた人間は迂闊に使ってしまわないように、細心の注意を払うのさ。うっかり使い手として認められてしまうと、誰かに譲り渡すことも、献上することもできなくなってしまうからね」

「逆に言えば一度認めれちまえばそれで勝ちってことだよな? よし!」

「よしじゃないよ」


 ダンジョンの入口に飛び込もうとするのを、首根っこを掴まれて止められる。仕方ないので、おれも雪だるまの腰のくびれを作る作業に戻ることにした。お尻の造形にも拘ろうかな。


「今回の探索の責任者は、宝物庫の管理を担っている大臣……アリエス・レイナルドが関わっていると聞いた。無事に聖剣が発見されたら、相応の実力者か、優秀な騎士に支給されることになるんじゃないかな」

「ええ……おもしろくないな。伝説の武器は、発見したヤツが引き抜いて使ってこそだろ」

「そういうロマンに関しては、ボクも全面的に同意するよ」


 と、そこでレオは居住まいを正した。視線の先を見てみると、騎士が一人、こちらに向かって歩いてくる。


「お前ら、おもしろそうな話してるな」


 声の口調は随分とフランクだった。しかし、身に纏っている鎧からして、第三騎士団の所属なのは明らかである。おれとレオは、慌てて頭を下げた。

 若いわけではない。かといって、年を食っているわけでもない。一目では年齢がわかりにくいタイプの顔立ちの騎士は、軽く笑みを浮かべて手を振った。


「お待ちしてました!」

「そう固くなるな。こちらこそ、遅れてすまなかった。卒業生たちはもうダンジョンに潜っているのか?」

「はい。先に浅い階層の制圧に取り掛かっています」

「そうか。ご苦労」

「グレアム団長や、他の方たちは?」

「もう少しで到着するだろう。街道沿いで少々トラブルがあってな。予定がかなり後ろにずれ込んでしまった。オレは本隊から先発して、状況を確認しに来たんだ」

「そうだったんですね」

「それにしても力作だな」


 いかん! レオと作ったかわい子ちゃん(雪だるま)がそのままだった! 


「そっちの勇者志望の坊主は、入口での留守番がつまらんから文句を言いつつ雪だるまを作っていた……というわけだ」


 どうやら、会話の内容まで聞かれていたらしい。


「し、失礼しました!」

「いや、すいません。彼はボクの親友なんですが、普段から勇者を目指すと言って聞かなくて……」

「おい。おれをダシにして逃げるな」


 頭を下げながら、保身に掛かってる小狡いイケメンの脇をつつく。すると、騎士さんはくつくつと喉を鳴らした。


「べつに責めているわけじゃない。良いじゃないか、勇者。実現可能か、不可能か。そんな小難しい理屈は置いといて、夢ってのはでっかく持ったほうが良い」

「ですよね! ありがとうございます!」


 中々話がわかる騎士さんである。


「あまり調子に乗らない方がいいよ、親友」


 うるせえ。おれが「勇者になりたい!」って言っても大体みんな笑ってくるから、こうやって肯定してもらえるのは素直に嬉しいんだよ。


「しかし、雪だるまか。オレも昔はよく作ったなあ」

「雪国のご出身なんですか?」

「おお。オレの生まれは王都からかなり北の方でな。俗に言う豪雪地帯ってやつだ。もっとでかい雪だるまが作れたぞ」

「へえ、いいですね」

「ああ。でもまぁ、こういうのは結局、必死こいて作って、きれいに整えて……」


 ブーツを履いた足が無遠慮に振り上げられる。


が、一番楽しいよな」


 そして、雪だるまは粉々に崩されてしまった。

 レオと黙って顔を見合わせる。まあ、サボっていたのはこちらなので、崩されても仕方がない。


「せっかく目の前にダンジョンがあるのに、見張りなんてつまらなかっただろう? ま、入口に二人だけってのは、こっちの手間も省けた」

「手間……?」


 気安く肩に置かれた手に、殺気はなかった。

 するりと、内側に入り込まれた。

 だから、反応が遅れてしまった。

 男の手から飛び出した、白い、ネバネバとした塊に、おれとレオの全身は一瞬で絡め取られた。


「なにを……!?」

「わりぃな。勇者志望の青少年は、しばらくここで大人しくしておいてくれや」


 口調が変わる。

 表情が変わる。

 視線が変わる。

 擬態した虫のように、その騎士はゆったりとした口調で本性を曝け出した。


「……あんた、騎士団の人間じゃないな?」

「ああ、違うよ。オレは悪党だ」


 嘯いた男の両脇に、静かに悪魔が降り立つ。

 角と爪。口から生え出る牙。濃い魔力の気配に、背筋が凍る。

 それが、上級悪魔と呼ばれる存在であることは明らかだった。

 おれとレオは、動けない。こいつがその気になれば、一瞬で殺される。けれど、男は身構えたおれを嘲笑うかのように、軽薄に口元を歪めた。


「だから、そう固くなるなよ。勇者志望くん。お前らをここで殺すのは簡単だが、こっちも予定が詰まってるんでね。騎士団長サマの足止めにも戦力を割いてるから、今日の仕事はテキパキ終わらせねぇと」

「……なにが狙いだ?」

「将来、勇者になる可能性がある女の命を摘み取りに来た」


 おれとレオには目もくれずに、上級悪魔たちがダンジョンの中に入って行く。


「お前じゃないから、安心しな」


 最後までおれをバカにしきった笑いを漏らしながら、その悪党も闇の中に消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る