勇者の騎士学校生活。イチャイチャデート編

 恥ずかしいので、アリアはしらばっくれることにした。


「そう、かな?」

「うん。最初はもっと鋭利な横顔してた」

「鋭利な横顔ってなに? 褒めてないでしょ」

「褒めてる褒めてる。美人ってことだよ。でもとんがってた、みたいな」

「……あたし、そんなに人を寄せ付けない雰囲気してた?」

「そこそこ。入学式をサボって、屋上から空を見上げてるくらいには……」

「あーあーあー! 言わないで! お願いだからそれ以上は言わないで! それ、すごい恥ずかしい過去だから!」

「まだ一年経ってないんだが……?」

「う……」


 まだ目の前の少年と出会ってから、一年も経っていないことに、今さらながらに気付かされる。

 彼は、続けて畳み掛けてきた。


「アリアって多分、人間が好きだと思うんだけど」

「まって。なにその大きい前提条件」

「いや、人間が好きか嫌いかで言ったら、アリアは絶対に好きだと思うんだよ。誰かと話してる時は楽しそうだし、はじめて行った店の人ともすぐ仲良くなるし、みんなの名前も最初からちゃんと覚えてたし」

「うんうん。そうだねゼンラくん」

「おれの名前もそろそろ覚えましょうか?」


 冗談で誤魔化しながら、嬉しさを覚える。

 一年も経っていないのに、少年はアリアのことを、随分深く見ているようだった。

 また言葉を探して、彼の視線が少し泳ぐ。


「だから、なんというか。あの時と違って今はもう友達も増えたと思うし、おれがこれを聞くのはお節介かもしれない。だから、答えたくなかったら答えてくれなくて、構わない。でも、教えてくれるなら教えてほしい。入学した頃……今も、かもしれないけど。アリアが悩んでいるのは、家のこと?」


 言い当てられて、口をつぐんだ。

 グレアムに言われたことを、アリアは思い出した。


 ────簡単だよ。己を知ることだ


 自分は本当に、自分のことを理解できているのだろうか?


「うん。そうだよ」


 恐る恐る、肯定する。

 でも、口に出して相手に伝えることで、なんとなく自分のことを客観的に見詰められる気がした。


「きみが言う通り、あたしは、多分、人と喋るのが好き」


 自分がほしい時に、ほしい言葉をくれたらうれしいから。


「人に頼られるのも、多分、好き」


 自分を求めてほしい時に、求めてくれたらうれしいから。

 そういう人がくれる甘さを、きっとほしがりで浅ましい自分は、無意識のうちに望んでいて。


「あと、名前。名前を、呼んでもらうのが好き」


 こんなことを言ったら、また重い女って言われそうだな、と。

 内心の苦笑を胸の内に留めて、アリアは言った。


「あたしのお母さん、正式な妃じゃないの。簡単に言っちゃうと妾の子ってやつ、かな」


 彼の顔が、わかりやすく歪む。

 でも、これはべつにめずらしい話ではない。王族が跡継ぎの問題を鑑みて、正妻以外との間に子どもを作るのはよくあること話だ。

 ただ、アリアの母親は元々王宮内の小間使いであり、特に身分が低かった。そして、アリアは男児ではなく、上にはすでに腹違いの姉が二人いた。


「お母さんはあたしが生まれたあと、病気で死んじゃって……家にあんまり居場所がなくて。姫様、とか。お前、とか。そういう呼ばれ方に慣れちゃったんだ」


 自分という存在は、ちょっとした間違いが元で生まれて、けれどちょっとだけ特別な才能を持っていたから捨てられずに済んだ。あの家にとっては、捨てられるものなら捨てたいが、しかし捨てるには少し惜しい。そういう便利なゴミ程度の存在でしかない。

 当たらず触らず。腫れ物を扱うようにアリア・リナージュ・アイアラスは育てられてきた。


「でも、だから……この学校で、いろんな人と仲良くなって、いろんな人に名前を呼んでもらえるのが、あたしは、うれしかったんだと思う」


 姫という立場を抜きにして。

 目の前にいる彼や、騎士学校で出会った友人や先輩たちは、アリアに対して遠慮も容赦なく、当たって触れてぶつかってきた。

 アリアにとって、それははじめての経験だった。だから、彼が言うように、少しだけ変わることができたのかもしれない。


「ごめんね。せっかく遊びに来てるのに、暗い話しちゃった」


 軽く拝んで、軽い口調で空気を戻そうとする。

 けれど少年は黙ったまま、本当に難しい顔のまま、腕を組んだ。


「……アリア」

「なに?」

「アリア」

「え」

「アーリーアー」

「ちょっと……」

「ありあー」

「なに!?」


 普通に。伸ばして。緩く。歌うように。

 自分の名前を連呼されて、アリアは戸惑った。すごく戸惑った。


「良い名前だよな、アリアって。すごくきれいな響きで、何回でも呼びたくなる」

「あのさぁ……からかってる?」

「違うって。本当にそう思ってるよ」


 だからさ、と。

 カフェオレのカップを置いて、アリアの瞳を正面から見て、少年は言った。


「名前を呼ぶよ」


 当たり前の……けれどアリアにとっては当たり前ではないことを、彼は言った。


「おれが、アリアの名前を呼ぶ。困った時は叫んで呼ぶかもしれないし、ケンカした時は怒りながら呼ぶかもしれない。でも、それでも……おれはアリアの名前をたくさん呼ぶよ」


 ああ、だめだ。

 それは、ずるい。


「家のこととか、生まれのこととか。そういう悩みでは力になれないかもしれないけど、名前を呼ぶことくらいなら、おれもたくさんできるから」


 ほしい時に、ほしい言葉をくれたら。

 求めてほしい時に、求めてくれたら。

 そんなやさしい甘さを差し出されたら、自分は溺れてしまいそうになる。


「……うん。わかった」


 アリアは、パフェの残りにスプーンを差し入れた。底の方に残っていたアイスとフルーツとクリームと、甘いものをすべてかき集める。

 そして今度は、彼の口に向けて突っ込んだ。


「んぼっ!?」

「それ、お返しね」


 今は、これが精一杯。

 口元に突っ込まれたスプーンに、彼は目を白黒させたけれど。

 アリアは、そんな反応はお構いなしに、笑った。



「全部あげる」



 魔法の名前を知るために必要なのは、己を知ること。

 グレアムはアリアに対してそう言った。

 自分のことを。

 そして、彼のことを。


 もっともっと、たくさん知りたい


 心の内側からじんわりと湧き上がってくるこの熱の名前を、まだ知らないから。




◇◇◇




「不審者が三人いる、と聞いたから来てみれば……なにをやっているんですかあなた達は」


 王都の治安維持を司る憲兵は、不審者三名を見下ろしてため息を吐いた。


「くっ……離せ! 俺は騎士団長だぞ! 俺は無実だ! ただ教え子のデートを草葉の陰から見守っていただけで……」

「騎士団長が教え子のデートを盗み見してたらそれはもうアウトなんですよ。連れて行け」

「やめろ! これからきっと買い物とか行くんだぞ!? 最後まで見守らせてくれ! おい!?」


 筋肉達磨が、ずるずると引きずられていく。


「くっ……はーなーしーてー! ワタシは生徒会長なんです! 後輩たちの恋愛をこっそり見守って思い出のメモリーに刻んでおく義務があるんですー!」

「生徒会長が後輩のデートを盗み見して隠し撮りしてたら、それはもうただのパワハラなんだよ。連れて行け」


 黒髪の残念美少女が、するすると引きずられていく。


「……きみは抵抗しないのか?」

「フッ……ボクは彼の親友ですからね。引き際は弁えています」

「そうか。よし連れて行け」


 最後に、自称親友のイケメンが、颯爽と引きずられていった。

 どうしてこんなバカ三人の面倒を見なきゃならんのだ、と。ため息を吐きながらも、


「さて、上手くいくといいが……」


 喫茶店から出てきた少年と少女の背中が見えなくなるまで、憲兵も二人の後ろ姿を見守っていた。

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