自爆する不死

 人間一人を潰して有り余るほどの槌と地面に挟まれて、リリアミラ・ギルデンスターンの声はかき消えた。

 四秒が経過する。しかし、リリアミラは再生できない。厳密に言えば再生はしているのだろうが、地面とハンマーにサンドイッチされた女の身体は、再生した瞬間からすり潰される。

 再生、あるいは蘇生が限界を迎えるのであれば、それで良し。たとえ殺しきれなくても、破城槌の重力を自力でどうにかするのは不可能に近い。


「さて、とりあえずはなんとかなったか」


 あとは残りのモンスターを駆逐し、学生達の救援に向かおう、と。

 次を見据えて歩き出した、グレアムの背後。

 地面に深々と突き刺さった破城槌が吹き飛んだのは、次の瞬間だった。


「……!?」


 地面が揺らぐ。視界が揺れる。

 それは明らかに、何かの爆発だった。

 まるで大地そのものが激しく揺さぶられたかのような衝撃に、周囲で戦闘を行っていたモンスターも、騎士たちも、誰もが攻撃の手を止めて、その振動に注意を奪われた。


「……危なかったですわ。死ぬかと思いました」


 振り返った視界の中に、解答があった。

 まるでクレーターのように落ち窪んだ地面の底から、女の声が這い上がる。

 土煙の中から、生まれたままの姿の美女が、可憐な顔を覗かせる。

 苦虫を噛み潰したかのような顔で、グレアムは問いかけた。


「どういうことだ?」

「あら? どういうことだと聞かれましても、ご覧の通り……しただけですが」


 嘲笑う声音が深い。

 リリアミラの身体には、先ほどまでと明確に違う箇所が、一点。

 白い肌。美しいラインを描く臍の上。そこに、妖しく輝く、赤色の魔導陣が刻まれていた。


「炎熱系の暴走魔導陣です。わたくしが短時間に、連続して死亡した場合、自動的に起動するように身体に刻み込んであります」


 自身の裸体の上を愛おしそうに撫でる、その指の所作は、いやになるほど艶やかだった。


「捕縛されたり、拷問されたり、封印されたり、あるいはさっきみたいに、連続して殺されたり……そういう死にたくても死ねない状況になったら困るので、炎熱系の魔術に詳しい同僚に調整していただきましたの。不幸中の幸いと言うべきでしょうか。わたくしの魔術適正は、元々そちらに寄っていたそうなので、それなりの威力があります」


 城壁を砕く破城槌を丸ごと吹き飛ばし、大地を激しく揺さぶり、地面に風穴を空ける威力の爆発を、リリアミラは「それなりの威力」という一言で流した。


「ですが、難点もありまして、これ、一度起動してしまうと、わたくしが死ぬたびに自動で起爆してしまうのです」


 グレアムの背中を、いやな汗が伝う。


「だから次からわたくしを殺す時は、くれぐれも気をつけてくださいね?」


 たった今。

 この瞬間から、リリアミラ・ギルデンスターンは歩く人間爆弾と化した。

 これが、魔王軍四天王。人類の生前圏を脅かす、魔の使徒の頂点の一人。

 時間稼ぎ、などではない。目の前の敵に、全力で集中しなければ、やられるのはこちらだ。


「団長」

「……ああ。あちらに駆けつけるには、まだまだ時間がかかりそうだ」


 ダンジョンのある方向を見て、グレアムは言った。


「信じるしかないようだな。おれのバカな教え子たちを」





「ネバネバがとれねえ!」


 おれは、ネバネバしていた。

 より具体的に説明すると、突然襲撃してきた知らないおっさんにせっかく作った雪だるまを壊された挙げ句、勇者になるという夢を鼻で笑われ、おまけによくわからない白いネバネバで完全に動きを封じられていた。ちくしょう。


「ネバネバではないよ、親友。これはトリモチってやつだ。狩りとかで使われることもあるね。ボクも昔、父と一緒に出かけた狩りで使ったことがあるよ」

「じゃあ取り方もわかるんじゃないか?」

「そうだね。とりあえず引っ張ってみよう。ある程度腕の自由さえ効くようになれば、ボクの槍で切断できるかもしれない」


 レオの魔術は迅風系である。単純な切断性能に限って言えば、すべての魔術の中でも随一。このネバネバも切り裂けるかもしれない。

 互いに、ネバネバを伸ばす。なんとか体の自由な稼働部位を得ようと、力を込めて引き伸ばす。

 結果、なんかもっとくっついた。


「おい」

「フッ……これは予想外だね」


 これは予想外だね、じゃねーんだよ。マジで殴るぞこいつ。ネバネバしてるから殴れないけど。


「ふざけんな。もっとくっついたぞ」

「温かいね。きみのぬくもりを感じるよ」

「これで暖が取れたな……じゃない! 男同士で密着しても気持ち悪いだけだろうが!」


 なんというか、複雑な結び目を解こうとしてもっと絡まってしまった状態に近い。しかも、右に左に上下左右にと引っ張ったせいで、おれの体勢が妙な状態で固定されてしまった。具体的には中腰で頭がレオの股間に密着している。誰か助けてくれ。


「親友。ちょっといいかな」

「なんだよ」

「まず、共通認識として確認しておきたいんだけど、ここは寒いじゃないか」

「そりゃ、雪積もってるからな」

「寒いとほら、したくなるだろう」

「……レオ。ちょっとまってくれ」

「恥ずかしながら、ボクの尿意は今、危機的状況にある」


 おれの頭は今、レオの股関に密着している。

 誰か、助けてくれ。



 そもそも、助けは必要ない。


「まあ、上級悪魔を揃えて、学生騎士を襲撃だ!……みたいな。そういうノリはわかるんだけどさ」


 イト・ユリシーズは、既に完成された勇者である。

 己の魔法を理解し、その性質を把握し、使いこなす彼女は、単独で最上級悪魔を討伐するだけの力を備えており……


「ワタシを倒したいなら、その手駒じゃ足りないよ」


 膾切りにした上級悪魔を踏みつけにして、イトは静かに告げる。

 対峙する盗賊は、額に冷や汗を滲ませて嘯いた。


「あーあ、楽じゃない仕事は好きじゃねえな」

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