勇者の騎士学校生活。デート本番編

 要するに、トレーニングにオーバーワークの気があるから、休みを兼ねて息抜きをしてこい、ということらしい。


「なんだかなぁ」


 学校も訓練もない、完全オフの休日は何日ぶりだろうか。事前に待ち合わせの時間と場所をきちんと決めて、おれはアリアと出掛ける約束を取り付けた。

 訓練の効率を上げるために、適度な休息が大切なのは理解しているつもりだ。先生の気遣いはうれしい。しかしかといって、自分が師事してる人間に「へいボーイ、お前ちょっと女の子誘って遊んでこいよ。ちゃんとエスコートしろよ?」なんて言われるのは、なんとも微妙な気分になる。

 もちろん、アリアと出かけるのがいやだというわけではない。むしろ間違いなく楽しみだし、めちゃくちゃ気合いを入れて店も行く場所も考えてきた。しかし、こんな風に呑気に遊んでいてもいいのかという呟きが、おれの心の中には常に付きまとうわけで……


「ごめん。おまたせ」


 そんなどうでも良い思考が、一瞬で吹き飛んだ。

 ちょっとだけ、息が止まった。

 制服でもなく、訓練用の軽装鎧姿でもない。私服のアリアが、立っていた。

 かわいらしいが華美なデザインではないシンプルなブラウスに、少し大きめのオーバーサイズのカーディガンは薄い桃色。ロングスカートに控えめなヒールが添えられていて、女の子であることを強く意識させられる。よく見ると、髪も軽く巻いているようだった。頭の上にちょこんとのった帽子が、またかわいらしい。

 おれの目の前に立っている彼女は、とても魅力的で。説明しようと思えばいくらでも言葉を尽くして説明できてしまう気がしたが……シンプルに、一言で言ってしまえば、とてもきれいだった。

 わざとらしく上目遣いに調整された視線が、こちらを見る。薄く笑う唇にも、やわらかい紅色が引かれていることに、そこでようやく気がついた。


「どうかな、とか。聞いてみても良い?」

「聞くまでもないと思いますよ、お姫様」

「……そういう言い方しちゃうんだ。ふーん」


 どうやら返答を間違えてしまったらしい。機嫌よく弧を描いていた唇が、ツンと尖る。

 背中がくるりと振り返って、ロングスカートとカーディガンの裾が揺れる。そのまま、リズミカルにおれから数歩分離れていったアリアは、またくるりと振り返った。


「ごめん。お待たせ」


 さっきのセリフを、そのままもう一度。


「え?」

「やり直しだよ」


 さっきと違うのは、控えめな笑みがいたずらっぽくなったこと。傾げた首に合わせて、軽く巻かれた金髪がくるんと揺れる。


「どうかな? ……今度は、ちゃんと答えてね」

「……はい。めちゃくちゃかわいいです」

「うむ。よろしい」


 王女らしい口調で。王女らしからぬニカッとした笑顔が眩しい。

 お礼を言われても、言われたこっちが困ってしまう。

 まいった。これは勝てない。

 わざわざやり直して、言わせるのは、ずるい。それはちょっと反則だ。


「じゃあ、行こうか」

「うん。今日はどこに連れて行ってくれるの?」

「とりあえず、甘い物から攻めますか」

「甘い物! いいね! 何食べるか迷うなぁ」


 やりとりは、いつも通り。学校での会話と、特に何か変わるわけでもない。自然なもの。

 だから、差し出された手のひらを、自然に握る。

 制服の裾を掴まれていた頃よりも。

 縮まった距離感に、自惚れても良いのだろうか、と。ふと、そんな風に思った。



◇◇◇



「カフェに入ってお茶を楽しむ、か。実に真っ当な学生デートではあるが……くそ、じれってぇな。ちょっとやらしい雰囲気にしてきていいか?」


 私服姿でも筋肉の厚みと暑苦しさを隠しきれていない髭面の男が、やきもきしながらそんなことを言う。

 グレアム・スターフォードは、王都の守護を司る第三騎士団の団長である。

 そして同時に、休日に青少年たちの色恋沙汰を静かに見守る後方保護者面厄介おじさんでもあった。


「だめだよ、おじさん。こういうのはこっそり見守って、甘酸っぱい空気感を楽しむのが良いんだよ。かーっ! みてみて! ゼンラくんがアリアちゃんのパフェちょっと食べたよ! そぉーれ! キッス! キッス! 間接キッス!」


 きれいめのワンピースに身を包んだ美少女が、その外見とは裏腹に品性の欠片もない言葉を重ねて、囃し立てる。

 イト・ユリシーズは、王国騎士学校最強の学生騎士である。

 そして同時に、後輩の色恋沙汰を興味津々で見守るお節介厄介ドジっ子先輩でもあった。


「フッ……入学した頃と比べて、かなり距離感が縮まってきたのを感じますね。ボクも二人の親友として実に鼻が高いですよ。これまでひっそりと見守ってきた甲斐がありました」


 ジャケットを羽織った美少年が、興奮を隠しきれない様子で言葉を紡ぐ。

 レオ・リーオナインは、王国切っての商家の御曹司である。

 そして同時に、友人の色恋沙汰を眺めて楽しむ残念イケメン自称親友でもあった。

 三人は植木の影から、各々遠見の魔術やら魔眼やら望遠鏡やらを用意し、少年と少女の甘酸っぱい時間をじっくりとウォッチングしていた。


「いいぞ。もっとだ。もっとくっつけ! そこだ! 押せ!」

「おじさん、ちょっとこっち寄らないで。加齢臭キツイ」

「あぁ!? 俺はまだお兄さんだが?」

「若人の輝きに目を焼かれそうだから、近くで臭うおじさんの香りが余計にキツイんだよね」

「お二人とも、静かにしていただけますか。そろそろアリアが我が親友にあーんをしそうな雰囲気です」

「「マジで!?」」


 三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。

 しかし、バカとドジとアホが三人が寄って集まったところで何も生まれないことは、現在進行形で完璧に証明されていた。

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