姫騎士さまは、未完成

 勇者になりたい少年を、しごき倒す一方で。


「きみの魔法は、まだ不完全だ」


 グレアム・スターフォードは、才能溢れる王女に対しても、手を緩めることなく指導した。

 具体的には、その魔法がまだ未完成であることを、まず端的に指摘した。

 アリア・リナージュ・アイアラスは、指導者の顔を見据えてむっとした。その反応を見て、グレアムは内心で苦笑する。この王女、わりと感情が表情に出やすい。


「未完成って……どういうことですか?」

「言葉通りの意味だよ。じゃあ聞かせてもらおうか、プリンセス。きみは、自分の魔法の特性を正しく説明することができるか?」

「はい。触れたものの温度を引き上げる。それがあたしの魔法特性です」

「そうだな。だが、きみの自分の魔法への理解は、そこで止まってしまっている。きみはまだ、己の魔法の名前を引き出すことができていない」


 魔法とは、心の在り方。魂の色合いを示すもの。魔法使いは、自分の魔法の名前を知ることで、はじめてその力を十全に行使できるようになる。組み立てた術式に魔力を通して発動させる魔術とは違う。理の外にある力であるからこそ、魔法の習熟は魔術以上に、センスや感覚に頼ったものになってしまう。その効果も十人十色であるが故に、これと決まった鍛え方は存在しない。

 しかし、魔法使いとして一人前かどうか。おおよその力量を測る目安は存在する。それは、自分の魔法の名前を理解しているかどうか、である。


「今のきみは、自分の武器が剣か槍か。あるいは斧かもわからないまま、適当に振り回している状態に等しい。なまじ得物がよく斬れてしまうものだから、そのまま振り回してもある程度結果を出してしまっている。しかし、さらに上を目指すためには自分の武器を理解しなければ、お話にならない」


 自分で自分の魔法の名前を理解していない内は、力の覚醒は不十分。その性能をすべて引き出しているとは言い難かった。


「……どうすれば、魔法の名前を知ることができますか?」

「簡単だよ。己を知ることだ」


 自身の魔法を理解していないということは、自分自身を理解していないということに他ならない。


「きみは、なんのために強くなりたい?」


 あの少年にぶつけたものと同じ問いを、グレアムはアリアに向けて投げた。


「勇者になりたいと言う、彼を守りたいからです」

「守るために強さが必要なのか? あいつは十分強いと思うし、これから先も強くなると思うが?」

「守りたい人がいるなら、その人よりも強く在らなければならない。これは騎士として、当然の考えだと思います」


 力強い言葉遣いだった。グレアムの予想よりも、この王女は勇者を志す少年のことを、ずっと熱く想っているようだった。


「あたしは彼と剣を交えて負けています。だから、今は彼よりも弱い。これでは、騎士を名乗れません」

「きみは彼の騎士になりたいのか?」

「はい」

「どうして?」

「どうしてって、それは……」


 言葉が詰まる。


「即答できないなら、つまりはそういうことだ」


 やんわりと、グレアムはアリアの答えが足らないことを指摘した。


「あいつに認められて、求められて、嬉しかったか? 自分の強さに、価値があると思えたか?」

「……どういう意味ですか?」

「きみがあいつに対して抱いているその感情は、依存に近い。それは、少し重いよ」


 端的に、突きつける。

 アリアの顔が、わかりやすく歪んだ。

 グレアムが突いたのは、きっとアリア自身ががわかっていても目を背けてきた部分だった。


「……」


 アリアは、地位のある王家に生まれた。

 生まれた時から、体には魔法が宿っていた。

 魔法が宿っていたから、心の隙間を埋めるために剣の鍛錬に励んだ。

 だから、アリア・リナージュ・アイアラスは、強い。

 けれど、その強さは空っぽで、意味がないもので。アリアはずっと、自分が強くなる意味を探している。

 勇者になりたいと語る少年は、アリアの強さにはじめて意味を与えてくれた。一緒に行こうと、手を差し伸べてくれた。

 しかし、故にこそ。グレアムはそこで止まってしまった少女に対して、問題を提起する。


「戦う理由。強くなりたいと思う理由。それらの理由を、他者にすべて求めてしまうのは、危険なことだ」


 世界を救いに行くから、一緒に来てほしい。

 なるほど。その誘いはたしかに魅力的で、劇的で、にとってはなによりも心惹かれるものだったのかもしれない。

 けれど、その誘いだけに囚われて、それだけしか考えられなくなってしまうほど視野が狭い精神状態は、少なくとも健全ではない。焦りに満ちたアリアの表情を見て、グレアムは殊更にそう思った。


「きみの出自について、少々調べさせてもらった」


 整った顔立ちが、はっと上げられる。

 指導するからには、当然身元についても詳しく調べる。もっとも、アリアの境遇については詳しく調べるまでもなく、おおよその察しはついていた。入学の段階で、噂にもなっている。

 隣国の第三王女。剣と魔法の才に恵まれた、生まれながらの騎士。信頼の証として……いやな言い方をすれば人質として、王国に預けるには、うってつけの立場だ。

 しかし、騎士とは誰かに仕える者。支配者ではなく、従僕である。それはつまり、アリア・リナージュ・アイアラスという個人が、王族として何の期待もかけられていないことを意味する。

 アリアが現在のアイアラスの国王……実の父から疎まれていることは、明白だった。


「自分の国はきらいか?」

「……好きじゃない、と言ったら。先生はあたしを軽蔑しますか?」

「いいや。きみが生まれの家で受けた仕打ちについて、俺は想像することしかできないし、それについて深く追求する気もない。この国に来てくれなかったら、俺はきみのお尻に触れる機会も得られなかったわけだしな」

「帰ります」

「冗談だ」


 ジョークを交えてみても、アリアの表情はまだ固い。


「……誰かのために、剣を手に取るのは騎士の本分だとは思いませんか?」

「思うよ。でも、それだけに縋るってのは、俺は好きじゃない。剣を握り、敵を斬るのは自分自身。だからこそ騎士は、常に剣を振るう意味を己の中にも見出すべきだ」


 そういう芯がない騎士は、どんなに強くても、いつか簡単に折れてしまう。

 渋い顔をしたまま黙り込む少女の頭を、グレアムは多少乱暴にゆすった。


「難しく考えすぎなんだよ。きみも、あいつも。だから、プリンセスにはリフレッシュも兼ねて、俺から課題を出そう」

「課題、ですか?」

「ああ」


 グレアムは言った。


「あいつとデートに行ってきなさい。ちゃんと、二人きりで」

「……え」


 ようやく学生らしい顔が見れたな、と。

 お節介な騎士団長は、少し嬉しくなった。

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