勇者の騎士学校生活。恋愛修行編
おれと先生の、個別訓練がはじまって、早くも数ヶ月の時間が経過した。
先生の指導は厳しかったが、その言葉通り、内容については極めてシンプルだった。基礎的な体力作りを繰り返して、体を作る。魔力を循環させる感覚を体に染み込ませる。
おおよそ二ヶ月間はただひたすらに基礎的なトレーニングを繰り返して、先生はようやくおれと一対一で立ち会ってくれるようになった。体が完成したら、次は実戦で感覚を身に着けろ、というわけだ。
今さら説明するまでもなく、当然のようにおれは先生に必ずといっていいほどボコボコにされたので、ボコボコにされたあとはボコボコにされた理由を考えるための反省会を行った。
「大体わかってきた。お前の剣技のセンスは、そこそこまあまあだ」
「そこそこまあまあ」
実にふわふわした言葉を復唱する。
そんな中の中みたいなニュアンスで例えられても困る。喜べばいいのか悲しめばいいのかわからない。
「才能あるってことですか?」
「うーん。こう、ないと言い切るほどではないが、あるとは言い切れないような……」
「指導者なんだからそこらへんはっきりしてくださいよ」
「筋はいいぞ、筋は」
「アリアとどっちが上ですか?」
「間違いなくプリンセスだな」
「イト先輩と比べるとどうですか?」
「トカゲとドラゴンを比べるようなものだな」
「先生の若い頃と比べると?」
「お前は山と小石比べろと言われて、具体的に比較することができるのか?」
「自己評価が高すぎる!」
しかし、なるほど。
おれの剣の才能がいまいちなのはよくわかった。
「武器を変えてみるか? リーオナイン少年のように槍を持ってみるという手もある」
「うーん。でもおれ、勇者になりたいんで。勇者といえば剣じゃないですか」
「拘る理由が雑すぎるだろ」
「憧れはモチベーションと直結しているものですよ、先生」
それに、せっかくこれだけ良い師匠に巡り会えたのだから、凡才であろうと磨き上げることができるラインまでは、なんとか磨き上げてみたい。ちょっと照れ臭いから面と向かっては言えないけど。泥団子だって、根気良く磨けばピカピカになるのものだ。
「ま、べつに勇者が剣聖になる必要はない。剣の腕があろうがなかろうが、どんな形であろうと魔王を倒せる力があるのなら、それだけで勇者だ。剣の腕で負けていても、べつの部分で勝てるようにすればいい」
「べつの部分?」
「例えば……そうだな。お前普段、何を考えて体を動かしている?」
「何を、考えて?」
先生の質問には、いつも意味がある。意味があるから、考えを巡らせて答えを出さなければならない。スタボロにされて地面に転がされた状態で、深く首を傾げる。
敵を斬る時。攻撃を避ける時。何かを考えているか、と聞かれたら。多分おれは、何も考えてはいない。
「考える前に、反射と直感で体を動かすのが戦いでは?」
「……ふむ。それはある意味、間違ってはいない。剣を振る。盾を構える。攻撃を避ける。これらのほとんどはすべて、経験や習慣に基づいた、反射的な行動だ。鍛錬を重ね、経験を積めば積むほど、それらの動きはよりスムーズになっていく。そういった動作がスムーズであればあるほど、単純に強い。が、そういった単純な強さで勝負しようとすると、結局のところセンスや才能のある人間には勝てない」
しかし、と先生は言葉を繋げて。また地面にかわいらしい絵を書いた。
ムキムキのマッチョとメガネをかけたインテリっぽい見た目のキャラクターが並んでいる。軽く手をはらって、先生はムキムキのマッチョの首を吹き飛ばした。そして、インテリのメガネの顔の側に、星を書いてキラーンと光らせる。
毎回思うんだけどこの絵ほんとに意味ある? 説明にいる?
「戦場では、何も考えずに前に出るヤツから死んでいく。だから、常に思考を回せ。自分よりも才能に優れた相手と対峙する時は、反射の勝負に持ち込む前に、まずは相手のことをよく観察しろ。頭を使って、分析しろ。筋肉だけで勝てると思うな。筋肉だけで勝てるほど世界は甘くないぞ」
「言ってることが違う!」
筋肉はすべてを解決するって教えてくれたのに!
基礎トレーニングによって苛め抜いた、おれの愛おしい腹筋や上腕二頭筋が涙している気がした。
しかし、先生の言っていることはたしかに納得できる。
相手が何を狙っているか、何を考えて自分の目の前に立っているか。たしかに、それを意識するとしないのとでは、動きの組み立てに雲泥の差がある。
相手のことをよく見て、自分の狙いを通す。効率良く敵を倒すために、それは間違いなく必要な心構えだった。
先生はそういった敵に対する思考だけでなく、おれ自身の立ち回りに関しても容赦なくダメ出しを行った。
「お前の魔法は防御力が高いから、どうしてもそれを守りの要にしている。体を硬くして、攻撃を受けてしまうきらいがある。だが、最初から魔法に頼ろうとするな。俺に言わせれば、いざという時に魔法ほど頼りにならんものもない」
鋼鉄の体のおれを剣の一振りで吹っ飛ばす先生がそれを言うと、説得力が半端なかった。
しかし、一応反論はしてみる。
「でも、近距離で戦うおれたちにとって、魔法ほど頼りになる力もないと思うんですけど……」
「じゃあお前、相手が『なんでも斬れる魔法』を持っていたらどうするつもりだ? 体が鋼だから、絶対に斬られることはない……そんな甘い考えで敵の攻撃を受けたら、最初の一太刀でお前は死ぬぞ。即死だ、即死」
ぐうの音も出ない。
「個人によって効果が違う魔法ってのは、どこまでいっても残酷な相性ゲーになりやすい。にも関わらず、多くの魔法使いは自身の魔法を信じ切って、それに頼った戦い方をする。俺からしてみれば、そういう魔法使いが一番殺しやすい」
簡潔な説明には、これ以上ないほどの実感が籠もっていた。
「能力を見せた相手を動揺させることができるなら……必ず倒すチャンスを作ることができるなら、もちろん魔法を使うべきだろう。しかし、考えなしに乱発はするな。必要以上に自分の能力を見せるな。手札を晒しながらテーブルについてしまったら、勝てる勝負も勝てなくなる」
先生はたくさんのことを教えてくれた。
何度も何度も繰り返し地面にキスをさせられたが、それでも何回も繰り返している内に、先生に対して粘れる時間は長くなっていった。騎士団長という立場上、先生との訓練の時間は早朝か夜に限られたが、それでもおれに対して随分と時間を割いてもらった。
そして、ある日。
「よし。トレーニングを次の段階に進めるぞ」
にこやかに、告げられた。
「お前、ちょっとデートしてこい」
「は?」
おれのアホ面を見て、先生はやはり嬉しそうだった。
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