姫騎士さんは、ちょっと重い
「……歪んでいるな」
学校に向かう少年の背を見送りながら、グレアム・スターフォードは誰にも聞こえない声で呟いた。
最初に一目見た時から、おもしろい少年だと思った。しかし、おもしろいだけの少年ではなかった。
明るさの中に、影がある。笑顔の中に、ぎこちなさがある。なによりも、その情熱の中に冷たさがあった。
やはり、一言でまとめるなら、あの少年は歪んでいた。
人間とは根本的に、何かの目的がなければ努力できない生き物だと、グレアムは考えている。
日々を生きるために、労働に勤しむ。
名声を得るために、怪物を討伐する。
金のため。名誉のため。生活のため。愛する者のため。
誰かのために、何かのために、あるいは最も利己的に、己自身のために。人間は努力し、それに見合った対価や満足感を得る。
あの少年の剣は我流だったが、決して研鑽を怠っているような剣筋ではなかった。短い立ち会いの中で、たしかに磨き上げてきたものを、グレアムは感じた。それは紛れもなく、少年が今まで積み重ねてきた努力の証だった。
例えば、イト・ユリシーズが勇者になりたいのは、魔王を倒して妹の仇を討つためだ。憎しみという動機は決して健全ではないが、理解はできる。
しかし、あの少年には何もなかった。彼はただ、勇者になることを望んでいた。
だからこそ、疑問に思う。だからこそ、わからない。
何故、彼はあんなにも、勇者という存在に拘るのだろうか?
疑問に思って、それを危惧する。
仮に、あの少年がこのまま強くなって。いつの日か本当に魔王を倒してしまったとして。もしも、本物の勇者になる日がやってきた時。
彼の手元には、何が残るのだろう?
「……やれやれ」
自分でも、らしくない想像だと思った。
そんなことは、本当にあの少年が、勇者を名乗るのに相応しい強さを得てから、考えれば良い。
「おい。さっきからそこにいるのはわかっているんだ。出てきなさい」
故にグレアムは、とりあえず背後で覗き見をしている不届き者に声をかけることした。がさごそ、と。一瞬躊躇うような間を置いてから、バツの悪そうな顔が草むらから出てきた。
美人になる素質がある子は、葉っぱと土に塗れていても気品があるな、と。グレアムは思った。
アリア・リナージュ・アイアラスが、そこにいた。
「これはこれはプリンセス。こんなところで道草と盗み見とは、感心しないな」
「ごめんなさい……でも、どうしても気になって」
そういえば、昨日あの少年が弟子入り申告をしてきた時、最も近くにいたのはこの子だった。近くにいたというか、少年はこの子をお姫様抱っこしたまま弟子入り申告をしてきたので、聞いていないはずがない。
面倒なことになりそうな流れである。グレアムはなんとなく、次の展開が予想できてしまった。
「グレアム・スターフォード卿。あたしも、貴方にお願いがあって参りました」
「……聞くだけ聞こうか」
「あたしのことも、彼と同じように鍛えてください。彼に置いていかれないように、強くしてください」
わかりやすく、溜め息を吐いた。
「プリンセス。きみが強くなりたいというのなら、そのために力を貸すのはやぶさかではないが……しかしおれは騎士団長という肩書と地位を持つ立場で、しかも今さっき、少年の指導を約束してしまった身の上だ。きみのためにこれ以上、時間を割くのは……」
「そうですか……残念です。それなら、仕方がありませんね」
しゅん、と。
白のブレザーに包まれた肩を下げたアリアは、懐から便箋を取り出した。
「あたしの指導を引き受けてくださらないのなら、昨日のスライム騒ぎを振り返るこの手紙を、国に送るしかありませんね。騎士団長に着替えを強要され、お尻を触られ、スライムに向かって投げ込まれたという事実を記したこの手紙を……」
それは圧倒的な脅迫であった。
「喜んで協力させてもらおう」
それは圧倒的な即断であった。
グレアムは地面に膝をついて、なるべく頭を低くして、少女の手を優しく取った。
実に単純でシンプルな理屈である。どんなに強い男でも、国家権力には勝てない。
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