勇者の騎士学校生活。スライム撃破編

 どこにものを考える頭があるのかは知らないが、自身の体の変化に驚愕したのだろう。ぎょっとしたように動きが硬直し、スライムの触腕はおれを襲うのをやめた。

 ならば、と。

 今度は逆に、おれの方からスライムの体に触れて『百錬清鋼スティクラーロ』を発動させる。


 イメージは、ゼリーを固める感覚に近い。


 瞬間、硬化した部位のスライムの動きが、明らかに鈍った。さらに困惑を重ねたように、痙攣を起こして麻痺したかのように、動きそのものが目に見えて止まった。


「おお、こりゃいいねえ!」

「ああ、これは助かる」


 溌剌とした声が、重なって響く。


「「────斬りやすくなった」」


 鋼の硬さ。それがどうした、と言わんばかりに。

 先輩とおじさんの斬撃が、硬化して動きが静止した箇所を、あっさりと切り分けた。先輩が斬った箇所は、切断面がそのまま張り付きそうなほどに、滑らかに。おじさんが斬った箇所は、切断したというよりも、ハンマーで無理やり砕いたかのように、粉々に破断される。

 あれ? 

 おれの魔法、ちゃんと発動してるよな? 

 これ、ちゃんと鋼の硬さになってるよな? 


「……スライムを硬くしたら、お二人の攻撃が通らなくなるかなと思ったんですけど、いらない心配でしたね」

「ん? ああ、そういう心配はまったくしなくていいぞ。基本的に、おれもイトもなんでも斬れるからな」


 なんでだよ。


「そうそう! 後輩くんはその調子でスライムを固めて、がんがん動きを鈍らせて! そしたらワタシたちが、じゃんじゃん斬って削っていくからさ!」


 やっぱりおかしいだろ。

 でも、それならたしかにいけるか? 

 と、安心したのも束の間。おじさんと先輩が斬ったスライムの塊が、どろりと液状に戻り、取り込んでいた人たちを吐き出した。そして、本体に戻ろうと怪しく蠢き出す。


「うおっと!?」


 連結、合体。再構築。

 完全にわかれて別個体になったスライムが、怒り狂って襲いかかってきた。おれが触れている部分から離れて、硬化の作用が効かなくなったからだろう。

 手を離して、一度後退する。


「む。やはり本体から完全に切り離しても、動いて元に戻ってしまうか」

「これ、細かく刻んでも意味がなさそうだね」


 言いながら、スライムを見るイト先輩の瞳の、片目の琥珀色が、濃い赤色に変化する。

 ……ちょっとまってくれ。

 ただでさえ魔法持ちでめちゃくちゃ強くて最強なのに、もしかしてこの先輩、特別な『魔眼』の類いまで持っていらっしゃる!? 


「イト。あと何人、中に残ってる?」

「さっき切り落とした部分に結構固まってたから、もう数人だよ。後輩くん! もっかいさっきのやれる!?」

「言われなくても、やりますよ!」


 先輩と、動きを合わせて、再び前に出る。とはいっても、おれはついていくので精一杯で、イト先輩の方が合わせてくれた形だ。

 硬化させて動きを止めてからの、再びの斬撃。

 今度は頭頂部に近い部分を掻っ捌いたイト先輩とおじさんは、そこから数人を引きずり出した。


「お、ジルくんみっけ!」

「うぅ……ヌメヌメする」

「サーちゃん! ジルくん抱えて連れてって!」

「承知しました。正直ヌメヌメで触りたくないですが」


 文句を言いながらもしっかり仕事をするサーシャ先輩が、生まれたての子鹿みたいになってるジル先輩をキャッチして離脱する。


「お、大丈夫かナイナ」

「ぐ、グレアム!? なんで貴様がここにいる!?」

「お前を助けに来たに決まっているだろ?」

「ふ、ふざけるな! 貴様はいつもそうやって……」

「ああ、すまない。お前の生徒をちょっと借りているぞ」

「ちょっとまて!? 私の生徒たちに危険なことはさせてないだろうな!?」

「ああ。お前を助ける手伝い程度しかさせてないよ」

「貴様ぁ!」


 一方で、おじさんはどうやらウッドヴィル先生とも顔見知りらしく、全身ヌメヌメになってる先生を抱きかかえながら、ラブコメに興じている。冷静に考えて担任の先生がおじさんとラブコメしてるところを見るのは、中々心にくるものがあるな……正直、あとにしてほしい。今、ウッドヴィル先生、全身ヌメヌメでえっちなことになってるし。


「スターフォード団長! 助け出した人たちは全員離れました!」

「よし。ご苦労、槍の少年。じゃあ、コイツも頼む」


 レオもしれっと救出した生徒たちを避難誘導していたらしく、報告を受けたおじさんはウッドヴィル先生をレオに向かってぽいっと放り投げた。めちゃくちゃ興味があるので、二人がどういう関係なのかはあとでじっくり聞くとしよう。

 スライムを中身まで透かすようにまじまじと見詰めながら、イト先輩がサムズアップした。


「うん、大丈夫そうだね。 おじさん! もう中に人はいないよ」

「準備完了だな」


 頷いたおじさんは、おもむろに振り返った。

 そこには、制服のブレザーも、シャツも、スカートも、すべて脱ぎ捨てて、水着に着替えたアリアがぷるぷる震えながら立っていた。靴とハイソックスは履いたままなのでちょっとなんかこう、うん……なんだろうな……これはこれで魅力的でとてもありだと思います。

 赤面したままのアリアに、おじさんが告げる。


「さて、プリンセス。俺は騎士で紳士だから、事前に確認しておくんだが……ケツを触ってもいいか?」

「え。いやです」

「よし。ありがとう」

「質問した意味は!?」


 おじさんは水着姿のアリアを抱えると、スライムに狙いを定めて両足を広げ、深く腰を下げてための姿勢を作った。


「いくぞ。女子をスライムに向けて全力投擲するのは、俺もはじめての経験だ。失敗したらごめんな」

「いや、ちょっとま」

「どっせい!」


 アリア・リナージュ・アイアラスが、飛ぶ。

 王国最強の騎士団長という砲身から、一国の王女が、一発の砲弾の如く。スライムという目標に向けて射出される。

 これ非常時で誰も見てる人がいないからいいけど、普通に国際問題になりそうだなとおれは思った。


「いやぁあああ──へぶっ!?」


 プリンセスキャノンは、狙い違わず、スライムの中心に着弾。あのヌメヌメを心底嫌っていたアリアの表情が、ここからでもわかるほど蒼白に染まり、そして歪む。

 水着の女子生徒を、切り札の砲弾代わりにして投擲した騎士団長は、すでに勝利を確信した表情になっていた。


「繰り返しになってしまうが、魔法というのはつまるところ、想像の力だ。自身が置かれた状況や心の在り方で、その威力や性質は、いくらでも変化する」


 アリアの魔法は、触れたものの温度を上昇させる。

 しかし、アリア本人がスライムに触れるのを嫌っていたが故に、触ることで発動する魔法の本質を活かすことができなかった。あるいはおれのように、スライムの一部に触れたとしても……その全体を強く熱っするイメージを、アリアは持つことができなかったかもしれない。

 だが、今。アリアは拒否権すらなくスライムの中央に投げ込まれ、そして体に張り付いた水着という薄布の上から、全身でスライムに触れている。その不快感と生理的な嫌悪から脱するために、魔法の出力は段違いに跳ね上がる。


「あのスライムはかなり厄介なモンスターだが、その本質はどこまでいっても取り込んだ水分にある」


 ぶくぶく、と。

 水が沸騰するような音がした。否、実際に巨大なスライムの全身が、余すところなく沸騰して、そして。


「プリンセスの魔法とは、相性最悪だ」


 ある種の破裂音にも似た、凄まじい轟音と共に、おれたちを苦しめたモンスターは水蒸気になって、粉々以下の塵になって、霧散した。


「はっはっは! 本当にすごい威力だ。あ、少年。ちゃんとお姫様を助けてあげろよ。多分ショックで受け身取れないから」

「え、あ……はっ!」


 言われてからその意味に気がついて、慌てて駆け出す。校舎並みの大きさだったスライムの中心からすべてを吹き飛ばしてそのまま落ちてきたアリアの体を、おれはスライディングでキャッチした。図らずも、お姫様だっこの形で。


「見事だよ、親友」

「お前近くにいたなら助けろよ」

「キミが間に合わなかったら、もちろんボクがキャッチしていたとも。しかしボクは空気が読める男だからね」


 バカが! 

 空気の読めるイケメンへのツッコミは後回しにして、腕の中のアリアを見る。身体のラインが出る水着姿だし、なんか全身はほんのりとあったかいし、腕の感触にも目のやり場にも正直困る。恥ずかしさから悲鳴の一つでもあげてもらうのが正常な反応だと思うのだが、それ以上に本人の端正で整った顔が、なんというか性も根も尽き果てて、茫然自失としていた。

 うん、大変だったな。本当に。


「ふぅ、う、ううう……もうやだ。スライムきらい。絶対一生関わらない……」

「……おつかれさま」


 アリアを抱えたままのおれに、おじさんが近づいてくる。


「よーし。なんとかなったな! みんな、ご苦労! しかし、良い経験になっただろう? あとはおれの部下たちが到着したら引き継がせるから、一息ついてくれ」


 はっはっは、と笑う巨乳好きの上裸おじさんに……否、


「グレアム団長。お願いがあります」

「ん?」


 戦闘の最中、一瞬でおれに魔法の使い方を叩き込んでくれた、王国最強の騎士に頭を下げる。


「おれに、戦い方を教えてくれませんか?」


 え、正気? という目で。

 お姫さま抱っこしたままのアリアの視線が、おれを見上げていた。

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