姫騎士さまとは、まだ手を繋げない
「それで? 一人で三枚も
「で、できません……」
まるで道場破りのように勢いよく生徒会室に押し入ってきたアリア・リナージュ・アイアラスは、その勢いが嘘のようにしょんぼりとしおれていた。その様子は、投げられた骨と一緒に余計なものまでひろってきた大型犬が飼い主に怒られている姿を連想させる。
「ジルくんとサーシャちゃんに……ちょっと待って、グランまでやられたの?」
「えっと、はい……やっちゃいました」
「三人は元気?」
「多分校舎裏で寝てます」
「そうか……いや、きみほんとに強いね?」
「あ、ありがとうございます!」
「褒めてはないよ」
アリアがまたしゅんとなる。
おれは含み笑いを押し殺した。犬っぽいお姫様の様子はおもしろかったし、先ほどまでちゃんと生きていけるか心配だったドジっ子のイト先輩がきちんと会長っぽくお説教してるのもおもしろい。
「なにを笑っているのかなぁ? ゼンラくん」
「なにかおかしなことあった? ゼンラくん」
「ちょっとまってくれ。どさくさに紛れておれの名前を全裸で定着させようとしないでくれ」
美人二人に睨まれると圧が強いとはいえ、そこは譲れない。
「失礼します! 生徒会長、ウッドヴィル先生から書類が……と。やはり親友とお話し中でしたか。これは失礼」
あー、ほらもう。またバカが一人増えたよもう。
開いた扉と入ってきた金髪……レオ・リーオナインを見て、イト先輩はゆったりと頷いた。
「ありがとう、レオくん。というかきみ、ゼンラくんに負けて肩幕取られたのに仲良いんだね?」
「それはもう! ボクと彼は裸で突き合った仲ですから!」
「やめろやめろ! お前の言い様だとほんとに誤解しか生まないんだよ!」
「なるほど」
「なるほどじゃないです先輩」
「ですが、彼の体はボクが思っていた以上に硬く、ボクの自慢の槍では突き通せませんでした」
「なあ、わざとやってる? わざと言ってるよな?」
「な、なるほど……!」
「なるほどじゃないです先輩」
ただでさえ天然の会長を前にしているところに近接パワー型プリセンスが乗り込んできて意味がわからないことになっているのに、ここに天性のバカを加えたら本当に収拾がつかなくなる。
と、そこで闖入者に目を丸くしていたアリアが、おずおずと手を上げた。
「えーと、リーオナインくん」
「これはこれはプリンセス。直接お話するのは、はじめてだね。レオ・リーオナインです。恥ずかしながら、彼の親友をやっています」
「本当に恥ずかしいから親友名乗らないでくれ」
「はっはっは。しかし、まさかプリンセスまでここにいるとは。これは、もしかしてアレかな? プリンセスも
「うん。さっき勝った」
「はっはっは……は? さっき勝った?」
「三枚あるけど、一枚いる?」
「三枚ある!? どういうことだ親友!? これじゃあまるで、三対一で彼女が勝ったみたいじゃないか!?」
「だから三対一で勝ったらしいぞ」
アリアは机の上に並べていた肩幕を適当に一枚手に取って、レオに手渡した。いつもは人を振り回してばかりで、余裕綽々の笑みばかり浮かべている男も、流石にこれには驚いたのか。表情が凍りつく。
「プ、プリンセス……これは一体?」
「それ、あたしのだから一枚あげる。たくさんあって困ってたの」
「たくさんあって困ってた!?」
がばぁ、とレオがこちらを振り向く。なんというか、顔がすごくうるさい。
「し、親友! これ貰ってもいいと思うかい!? 思うかい!?」
「ダメに決まってんだろ顔だけイケメン」
「フッ……入学と同時に七光騎士の称号を得るも、一日で不幸にもその座を追い落とされ、しかし一週間で不死鳥のように蘇る!」
「質問してきたくせに自己完結して自画自賛をはじめるのはやめろ」
レオの頭を叩こうとしたが、それはするりと避けられた。
「あ、リーオナインくん。あたし、あんまりお姫様扱いされるの好きじゃないから、なるべく普通に話してくれるとうれしいな」
「わかったよアリア。ボクのことも親しみを込めてレオと呼んでくれ」
「とんでもねえ距離感の詰め方するな」
「レオくん、何番の肩幕がほしい?」
「何番があるんだい?」
「選択肢を作るな」
「三番と五番と六番があるよ」
「ボクは謙虚だからね。三番はキミに譲るよアリア。五番を貰えれば十分さ。それでとりあえず、親友より上の順位でマウントが取れる」
どこが謙虚なんだよ。謙虚って言葉の意味辞書で引いてこいよ。
「そんなに遠慮せずに二枚持っていかない?」
「いいのかい!?」
「よくねえよ。やめろ」
「あたしも二枚あっても困るんだよね」
「ふむ。しかしボクは謙虚な男だからね。二枚貰うのは流石に気が引けるよ。それに隣国のお姫様に借りを作り過ぎるのはちょっと」
「む。またお姫様って言った。ならば、罰を与えよう。二枚持っていきなさい。将来、あたしが偉くなった時に返してくれればいいから」
「なんと!?」
校内順位の証を将来の政治取引に使うな。
「はいはい。そこまでそこまで。流石に、ワタシの目が黒いうちは肩幕の譲渡は見逃せないなぁ」
「あ、やっぱりダメなんですね」
あれだけはしゃいでいたレオは表情を元に戻して、肩幕を机の上に戻した。
「意外と素直だな」
「フッ……まあ、わかっていたさ。それに、こんな方法で七光騎士に返り咲いても、何の意味もないからね」
「本音は?」
「楽して生徒会に入りたかったッ!」
「レオくんっておもしろい人?」
「素直なバカだよ」
正直なところは褒められる美点だと思う。
とはいえ、決闘の勝敗によって争奪戦を行う、という大前提のルールがある以上……いくら余っているとはいってもほいほいと手渡して譲るようなことは認められないのだろう。
元を辿れば、やはり何も考えずに三対一の勝負を受けて、勝ってきてしまったこのお姫様が悪いんじゃないだろうか? しかし、おれが横目で見ても、アリアは首を傾げるだけだった。
「アリアちゃん。とりあえず、今日のところはこの三枚の肩幕は預かるよ。後日、きみの生徒会への参加について、また話し合おう」
「わ、わかりました」
「あれ? じゃあ、今日はもういいんですか?」
「うんうん。今日はもう下校してくれて構わないよ。だってお二人さんは、これからデートでしょ?」
イト先輩の言葉に、アリアの顔がほんのりと朱を帯びる。
とんでもない黒髪美人の顔が、とんでもなくニヤニヤと喜色に満たされた。
「いいねいいね。これこそ青春だね。きちんとエスコートしてあげたまえよ〜、後輩くん」
「からかおうとしても無駄ですよ」
「照れるなよ〜、親友」
「お前はどのポジションでもの言ってるんだよ」
やはりニヤニヤしてるバカイケメンの首根っこを掴み、一礼して外に出る。すると、レオはおれの手をさっと振り払って、すっと体勢を立て直し、
「さて、ではボクも行くよ」
「え。いや、べつに一緒に来ても……」
「ボクは、行くよ」
「あ、はい」
「では二人とも、また明日」
そそくさと、廊下を走らない程度のスピードで歩いて、ささっと消えてしまった。
なんで?
なんであいつ、こういう時だけ無駄に空気読めるの?
「……」
「……」
放課後。誰もいない廊下に。
ぽつん、と。おれとアリアだけが、取り残される。
「……行こっか?」
「ああ。うん」
助けてくれ。気まずい。こういう時、何を話せばいいんだ?
混乱しているおれを尻目に、アリアは自分から口を開いてくれた。正直、会話を回せる話題なら、なんでもありがた……
「さっき、生徒会長さんに顎を掴まれているように見えたけど、あれはなんだったの?」
「……」
前言撤回。まったくよくない。
「今日は良い天気だな」
「さっき、生徒会長さんにすごく近くに顔を寄せられて顎を掴まれているように見えたけど、あれはなんだったの?」
「すいませんちゃんと聞こえているので繰り返さないでください」
諦めて、おれはさっき言われたことをそのまま話した。べつに、イト先輩も誰にも話すなとか言ってないし、おれも隠す必要を感じないから、話してしまっても大丈夫だろう。
「ワタシの騎士に……って。将来の部下として勧誘されたってこと?」
「そういうことになるのか? よくわからん」
「七光騎士の第一位ともなれば、将来の騎士団長候補だからね」
「ほほう」
でも、イト先輩はおれみたいに勇者になりたいって言ってたしな。アリアが言う騎士団長とやらにはならない気がするけど、まあいい。おれから言えるのは一つだけだ。
「勘違いのないように言っておくけど、あそこでアリアが入ってこなくても、おれは先輩の誘いを断ってたよ」
「ほんとうに?」
「本当本当。だって、入学式の日に言ったじゃん。おれは勇者になるから、アリアにはおれの騎士になってほしいって」
さっきまでおれに口を開くことを促していたアリアは、そこで会話を止めて、おれの発言を反芻するように頷いた。
「そっか。そうか……」
「な、なに?」
「……あたし、戦って疲れたし、お腹空いたなぁ」
急にわがままなアピールきたな。
「おれのような平民がその役を全うできるか不安ですが、精一杯エスコートさせていただきますよ、お姫様」
なるべく、格好をつけて。
動揺を悟られないように、手のひらを差し出してみせる。
しかし、お姫様はじっとりとした目で何も書かれてないおれの手のひらを穴が空くほど見つめて、一人で歩き出した。
「あ! ちょっとアリアさん!?」
「さっきも言ったけど。お姫さま扱いは、ちょっとうれしくないなぁ」
「わかった! わかりましたから! どうすりゃいい!?」
ぴたっ。くるり。
振り向いたお姫様ではなく、おれのクラスメイトは、そこでようやく溜飲を下げたように、喉の奥を鳴らした。
「普通に」
「え?」
「普通に、一緒に遊びに行ってくれれば、それでいいよ」
今度は、アリアの方から手のひらが伸びて。
女の子にしては少しだけ皮が厚い、よく鍛錬していることがわかる指先が、おれの制服の裾を掴んだ。ぎゅっと、寄った皺が力の強さを物語る。
「それがいいな。だめ?」
……率直に言って。
この問いに、だめなどど言える男はいないだろう。
「はい。喜んでお供します」
「……なんか、まだお姫様扱いしてない?」
「してないしてない」
「じゃあ、お腹空いたから、どこかで何か食べたいな。お洒落な喫茶店とか行きたい」
「おーけー、わかった。でも、アリアさんアリアさん。わかったから、とりあえず手離さない?」
「え、やだ」
「なんで?」
「だって、手を離したらまたどこか行っちゃいそうだし。美人な先輩とかに絡まれそうだし」
「どこにも行かないし絡まれないって……」
「あ、そういえばお店知ってる?」
「全然知らん」
「だよね。誰かに聞けばわかるかな……」
服の裾を掴まれて、逆エスコートされたまま、おれはずるずると引ずられていく。
手を繋いだ方が早くない? と。提案するだけの度胸は、まだおれにはなかった。
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