最強の武闘家さんは戦うのが好き

「さて、じゃあ帰ってメシにしますか」

「お腹空きました〜」

「魔王さま、さっきお野菜食べていませんでした?」

「あれはオヤツです!」


 労働を終えると、やはり気持ちが良いものだ。

 騎士ちゃんも死霊術師さんのおかげで元気を取り戻したみたいだし、今日は本当によく働いた。村に帰り着く頃には、すっかり日が落ち始めていた。


「師匠、宿に帰ってるかな?」

「そういえば、今日は別行動でしたわね。あのクソババア、ちゃんと働いているのでしょうか」

「死霊術師さん、師匠の前でそれ絶対に言わないでね。死ぬのはいいけど、買ったばかりの服破かれたら、おれ泣くよ?」

「……あれ?」


 と、騎士ちゃんが何かに気がついたように声をあげる。


「なんか、人が村の中心に集まってない?」

「たしかに……?」

「お祭りか何かでしょうか? 辺境の土地ですから、何かしら土着の催しがあるのかもしれませんね」

「勇者さん! わたし、お祭り見たいです!」

「あいよ。でも買い食いはダメだからね」

「はい!」

「親子みたいなやりとりしますねこの人たち……」


 年齢がはっきりしている中では最も年下の賢者ちゃんにあきれた目で見られながら、赤髪ちゃんに手を引かれてずんずんと人混みの奥へ進んでいく。

 旅をしていた頃は本当にいろいろな地方に行ったものだが、地元の祭りというのはその土地独特の雰囲気が出ていて、とてもおもしろい。そこでしか手に入らない土産物や、そこでしか食べることができない料理は魅力的だし、なによりそういう土地の良さがわかる雰囲気がおれは好きだ。

 とはいえ今は残念ながら懐に余裕が微塵もないし、夕ご飯の前なので、赤髪ちゃんに出店での買い食いを許すわけにはいかない。されると稼いだお金が一瞬で吹き飛ぶので、先手を取って封じてたが……どうやら、そういう催しではないらしい。近くにいたおじさんの肩を叩いて、聞いてみる。


「すいません、これ、何やってるんですか?」

「おや、兄さん。この村に来たばっかりだね? 観ていくと良い。今、ちょうどいいところだ。賭けるなら、オレは断然あのちびっこをオススメするね」


 ……賭ける? ちびっこ? 


『さぁさぁさぁ! 盛り上がりに盛り上がった、白熱の極みを迎えた、今宵の『殴り祭り』も、いよいよ佳境だぁぁ!』


 拡声魔術を通して、やたらデカい司会らしき声が響き渡る。


「……殴り祭り?」

「おお! この村の名物でな! 月に一度、腕っ節自慢の冒険者たちが、武器なしで殴り合うのよ!」


 なんだろう。

 めちゃくちゃ物騒な気配がする。


『青コーナーからは、前回のチャンピオン! 『骨拾い』の異名を持つ凄腕冒険者! バロウ・ジャケネッタ!』


 歓声と共に飛び出してきたのは、見るからに筋骨隆々の大男。


「あの人……」

「知っているのか、騎士ちゃん!?」

「うん。この前火傷させた」


 なに? 火傷させた?

 どういうこと? どんな関係?


『そして赤コーナーからは……正体不明! 飛び入りでの参加で、並み居る強豪たちを薙ぎ倒してきた、謎の美少女!』


 大袈裟なリングコールと月の光を背に、空中で華麗に身を捻らせながら、が安っぽいリングに着地する。



『ゴールデン・サウンザンド・マスクッ!!』


 なんて?


「ゴールデンっ!」

「いいぞ、ゴールデンっ!」

「やっちまえサウザンド!」

「今月の稼ぎはあんたに全賭けしたんだ!」

「よろしく頼むぜぇ! ゴールデン・サウザンド・マスク!」


 おれは絶句した。


 ────なにやってんだよ師匠。


「ゆ、勇者さん! 勇者さん、あれ!」

「ああ、うん。わかってるよ、赤髪ちゃん。あれはどう見ても……」

「あのかっこいい仮面を付けた方は、何者なんでしょう!?」

「うそだろ!?」


 師匠だよ。

 どこからどう見ても、あれは師匠だよ。あんな趣味の悪い仮面付けて荒くれ者どもと嬉々として殴り合うようなバカは師匠しかいないだろ。


「なにをやっているんですかね、あの人は……」

「ああ、よかった賢者ちゃん。そうだよな、さすがにわかるよな。あんなよくわからんデザインの仮面をつけて……」

「あの仮面めちゃくちゃかっこいいですね」

「うそだろ!?」


 ダサいよ。

 どこからどう見てもダサいよ。なんであんな金ピカで羽根のついた悪趣味な仮面をつけてドヤ顔できるのか、おれは理解に苦しむ。


「まさかこんな大会があったなんて……」

「ああ、そうだよな騎士ちゃん。早く止めないと……」

「これ、今からエントリーしても間に合うかな?」

「違うだろ!?」


 そうじゃないよ。

 おれたちはたしかに現在進行系でお金に苦しんでるけど、そうじゃないよ。頼むから騎士ちゃんもそんなに目を輝かせて、やる気満々でリングの方を見ないでほしい。お願いだから。


「まさか、昼間に言っていた仕事が、こんな野蛮な催しに参加することだったとは……あの趣味の悪い金ピカの仮面も合わせて、理解に苦しみますわ」

「死霊術師さん!」


 さすがだよ。

 やっぱりまともな感性でまともな意見を述べてくれるのは、死霊術師さんしかいないよ。


「しかし、どうします? あの見た目だけ若作りロリの強さは本物です。そう簡単に止めることはできないと思いますが……」

「仕方ない」


 とても小さな体格とは裏腹に、その余裕に満ちた態度からは、強者の風格を漂わせているゴールデン・サウザンド・マスクを見て、おれは言った。


「ちょっと止めてくる」

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