最悪の死霊術師さんのちょっとやさしいところ
便利に使われるのは、嫌いではない。
誰かの役に立つのはうれしいし、誰かに必要とされていると、安心できる。きっと自分という女は、尽くされるよりも、尽くす方が好きなのだろう。
死霊術師、リリアミラ・ギルデンスターンには、そういう自覚があった。
なので、自分と同じように。彼の役に立とうとがんばろうとして、空回りしてしまった彼女の気持ちも、とてもよくわかる。
「ほらほら、いつまでしょげてらっしゃるんです?」
「……しょげてないし」
未だに騎士甲冑を身に着けたまま体育座りをしているアリアは、しかしその重厚な甲冑の上からでも、意気消沈しているのが丸わかりであった。でかい騎士が負のオーラを放っていると、なんというかもう、単純に邪魔くさい。
黒焦げに変わってしまったすべての野菜の再生……もとい蘇生が完了し、畑を荒らしていたスライムも完膚なきまでに灰燼に帰した、ということで。本日の依頼は、とりあえず達成したことになった。少し離れた場所では、勇者とシャナが農場主と顔を突き合わせて今日の支払いについて話しており、赤髪の少女がお土産にもらったトマトをさっそく齧っている。
「ほらほら、顔を上げてくださいな」
「うぅ……みないでぇ……今、ひどい顔してるから」
「それはいいですわね。ぜひ拝見したいです」
「……いじわる」
「はいはい」
かしゃん、と。嫌がっているアリアの頭兜のフェイスガードをあげると、目元と鼻先が赤くなった金髪の美人が出てきた。元から涙もろいこともあってか、しばらくこっそりと頭兜の下で泣いていたらしく、目元が腫れかけている。
「うふふ、ひどい顔ですねぇ。美人が台無しですわ」
「……いいよね。死霊術師さんは、どうせ美人だもんね」
「ええ、もちろんわたくしは、常に美しいです。当然ですわ」
言いながら、リリアミラはアリアの目元に濡らしたハンカチを当てた。擦って腫れてしまわないように、軽くあてがって、目元の熱を取ってやる。
言葉にしなくても気遣いに満ちているその手つきに、されるがままになるしかないアリアは、ますますいじけた表情になった。
「……さっきは、あたしのことバカにしてたくせに」
「ええ、ええ。失敗した人をイジってバカにするのは、とても楽しいですからね」
「さ、最低」
「よく言われます。それは褒め言葉として受け取っておきますわ。でも、美人が台無しになるのを見過ごすのは、流石に趣味がわるいですからね。これで、ちゃんと冷やしてください」
言われなくても、自分の性格が悪い自覚はある。
アリアの言葉を軽く流しながら、リリアミラは指先で乱れた前髪をちょいちょいと整えた。このパーティーのメンバーは、みんな彼のことを大切に思っていて……それでいて感情の向け方が少々ねじ曲がっている。
失敗しちゃったごめんなさい! と開き直っていつもの様に笑えばいいのに、それをしないあたり、アリア・リナージュ・アイアラスという騎士は、ちょっとめんどくさいところがあった。ある意味、こういうところはお姫様らしいとも言える。そして、アリアのそういう部分が、リリアミラは意外と嫌いではなかったりするのだ。
「素直に甘えればよろしいのに」
「うるさいなぁ……放っておいてよもう」
「このままあなたを放っておいたら、日が暮れてしまいますわ。それとも、今すぐ戻って、幼子のように腫らした目元を勇者さまに見られたいのですか?」
「やだ」
「ふふ。だと思いました」
ぶんぶん、と。重い頭兜ごと首を振る反応は、まるで年相応の少女のようで愛らしい。
リリアミラは、くすくすと笑った。決して、バカにした風にではなく、共感を示すやわらかな笑みを浮かべて。
「あちらにお手洗いがありました。鏡もあったので、お化粧も直せます。お顔が落ち着いたら、鎧を解いて戻ってきてくださいね」
「リリアミラさん」
「はいはい。まだ何か?」
「ありがと」
彼の前では、互いの名前を呼ばないことに決めている。彼には自分たちの名前が聞こえないから、自然とそうなった。
「ええ。どういたしまして」
だから、死霊術師という名前ではなく。リリアミラ、という自分の名前を呼ばれるのはひさしぶりで。そう呼ばれると、少し嬉しくなる。
ガシャガシャ、と。トイレの方に歩いていく後ろ姿を見送っていると、後ろからすっと近づいてくる気配があった。
「騎士ちゃんの様子はどう?」
「それはもう、びちゃびちゃでぐちゃぐちゃのひどいお顔でしたわ」
やれやれ、と。リリアミラはタイミングを見計って近づいてきた勇者に向けて、これ見よがしに肩を竦めてみせた。
「わかっているなら、勇者さまが慰めて差し上げればよかったのに。そちらの方が騎士さまも喜びますよ?」
「いやいや、それはだめだよ。騎士ちゃん、おれに泣いてるところ見られるの、大っきらいだもん。こういう時にフォローしてくれるのは、やっぱり死霊術師さんじゃないと」
慰めは、時に善意の押し付けになる。想い人から気遣われるのは嬉しいものだが、それでも素直になれない時があるのが、人間というものだ。女心は難しい。フォロー役をリリアミラに任せた勇者の選択は、ある意味アリアのことを最も繊細に気遣っていた。
人たらしだな、とリリアミラは思う。
「まったく、便利に使ってくれますわね」
「頼りにしているってことだよ」
「それは光栄です。でもまぁ、あまりわたくしを信頼していると、後ろからぶすりと刺されるかもしれませんから、気をつけてくださいね?」
呑気にキュウリを齧っている赤髪の少女にちらりと視線をやって、リリアミラは皮肉を言った。しかし、勇者は特に表情を変えることなく、あっけらかんとした口調で答える。
「んー? まあ、あの時はあの時で懲りたけど、それはそれ、これはこれでしょ。死霊術師さん、やさしいし」
「あらあら、勇者さまはわたくしのことを『やさしい』と思っているのですか?」
「やさしいでしょ」
視界一杯に広がる野菜畑を眺めながら、彼は笑う。
「人間も、動物も、草も、花も、木も、野菜も。みんな同じように生きてるって考えてる人は、絶対にやさしい人だと思うよ」
「……」
本当に。
こういうところが、彼が勇者である所以であり……ずるいところだと、リリアミラは思う。
だから、なんだかんだと文句と皮肉を言いながら、自分は彼と、彼がいるこのパーティーが好きになってしまったのだ。
「……さてさて、わたくしにも何かご褒美がほしいですわね! これだけ便利に使い倒されたわけですし!」
「服買ってあげたじゃん」
「服を着ることは人として最低限の権利ですが!?」
「死霊術師さん!」
言い争っていると、元気の良い声がぐっと近づいてきていた。
「あら、どうしました? 魔王さま」
「……あのさぁ。死霊術師さん、赤髪ちゃんのこと魔王さまって呼ぶのやめなよ」
「べつに良いではありませんか。わたくしがみなさんのことをどう呼ぼうと、わたくしの自由ですわ」
「あはは、わたしはべつにどっちでもいいですよ?」
「ほら、ご本人もこう仰っています」
「だめだめ。だめですよ。勇者として許しません」
「死霊術師さん、これよかったらどうぞ」
「赤髪ちゃん、これ結構大事な問題だからスルーしないで?」
「あら、美味しそうなトマトですわね」
赤髪の少女は苦笑いしながら、熟れたトマトをリリアミラに差し出して。
「……いただきます」
がぶり、と豪快に齧りついた。
少し甘酸っぱいその風味が、今は心地良かった。
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